第103話 ランダールの街

「思ったんだけど……」


 キャロの歩くペースに合わせて家庭菜園を移動させていた僕は、恐る恐る言った。


「そもそも馬車で移動しているフリをする必要ないよね?」


 え? という顔でみんながこっちを見てくる。


「菜園隠蔽を使って、全部隠しちゃえばいいわけだし」


 そうすれば外からは完全に見えなくなるし、菜園が移動していても驚かれることはない。

 しかも今は菜園結界という新しいスキルを覚えたので、これを使えば中から外を見通すことも容易だ。


 これまでの塀や壁だと中から向こう側が見づらかったけれど、結界は透明だからね。

 前方に何かいてもすぐに気がつくため、誤って人にぶつけてしまう心配もない。


「もっと早く言いなさいよ……」


 アニィが呆れた顔で言う。


「それじゃ、馬がいる必要なかったじゃない。わざわざ買ったのに」

「ひひんっ!?」


 キャロが慌て出した。

 売られては堪らないと思ったのか、アニィに必死に縋りつく。


 たぶん売られたら僕のニンジンが食べられないからだろう。


「ちょっ、大丈夫だからっ……売らないから……っ!」


 それから僕のアイデアが上手くいくか、実際に試してみることにした。

 キャロも菜園内に入ってもらって、全体を結界で包む。


「よし、出発」


 これなら街道上を進む必要はない。

 僕は菜園を少し街道から逸れた場所を走らせた。


 ……本当は空を飛んでいくのが一番なんだけど。

 高所が苦手な人がいるし仕方ないよね。


 この菜園移動なら道の荒れ具合なんて関係ないし、何より街道上と違って人の行き来もない。

 お陰で速度を上げても大丈夫そうだ。


 僕はどんどんスピードを上げていった。


「わーい! 楽しい!」

「うん、気持ちいい」

「ちょっ、ちょっとさすがに速すぎでしょっ!?」

「わ、私もこの速度は怖いです……」


 セナとシーファさんは喜んでいるけど、サラッサさんは顔を引き攣らせ、アニィに至っては青い顔で必死に馬車にしがみついている。


「お兄ちゃん、もっともっと!」

「私はそろそろ限界なので、これ以上は……」


 セナとサラッサさんの意見が真っ二つに割れて、僕はシーファさんとアニィを見やる。


「私は大丈夫」

「わたしはもう無理っ! むしろもっと速度落としなさいっ!」

「よし、もう少し上げよう」

「何でよおおおおおおおおおっ!?」


 何でって、アニィとシーファさんなら、シーファさんを優先させるに決まってるよね?


 とはいえ、さすがに涙と鼻水を撒き散らしながら叫ぶアニィを無視することはできない。

 僕は少し速度を落とすことに。


「ひぃん……」


 一方、キャロは自分の出番が完全になくなったことで、悲しげに肩を落としていた。


「元気出せ……ニンジンあげるから」







 ひとまず僕たちが目的地に定めたのは、この国の王都だ。

 だけどアーセルからは距離があるため、途中で幾つかの街に立ち寄り、そこで依頼をこなしつつ、王都まで向かう予定である。


 僕らの場合は宿が必要ないため、普通の冒険者なら必ず寄るだろう小さな宿場町や村は完全にスルー。

 移動速度も相まって、一般的な旅人より遥かにハイペースで進んでいった。


 やがて僕たちが辿り着いたのは、ランダールという街だ。

 アーセルよりも少し大きな都市で、シーファさんたちはここでいったん冒険者ギルドに寄るという。


 せっかくだし僕も一緒に付いていく。

 キャロと馬車は第一家庭菜園に移動させておいた。


「ほえ? これー?」

「ええ、そうみたいね」

「思ってたより小さいねー」


 セナが言う通り、ランダールの冒険者ギルドは、アーセルのそれより幾らか小さかった。

 街の大きさを考えると変な感じだけど、


「近くにダンジョンがないからです」

「あ、そうか」


 サラッサさんに言われて、僕は納得する。

 アーセルには国内でも五本の指に入るという、立派なダンジョンがあった。

 そのため各地から冒険者が集まってくるのだ。


 そんなことを話しながら、僕たちはギルドの建物へと入った。


 シーファさんたちは真っ直ぐ受付へと向かうと、受付嬢に訊ねる。


「依頼を探している。何か良いのがあれば教えて」


 シーファさんがいつもの淡々とした口調で告げながらギルド証を見せると、受付嬢はあっと驚き、


「Bランク!?」

「そう。Bランク二人にCランク二人の四人パーティ」

「しょ、少々お待ちくださいっ」


 そう言い残して、慌てて奥に走っていった。

 しばらく待っていると、


「お待たせしましたっ。実はちょうど良い依頼がありまして! よろしければご案内させていただいてもよろしいでしょうか?」


 こちらが頷くと、なぜか僕たちはギルド内のとある部屋へと連れて行かれた。

 そこには冒険者と思われる人たちが集まっており、どうやら会議をしていたらしい。


「これは?」

「良いところに来てくれましたね。あなたがシーファさんですか?」


 最初に声をかけてきたのは、三十歳ぐらいの男性だ。

 物腰が柔らかい人らしく、年下のシーファさんにも丁寧な口調である。


「実はとある魔物を討伐するため、複数のパーティでレイドを組む必要がありまして。ですが、なかなか相応しい実力のパーティが見つからずに苦労していたのです」

「なるほど」


 今まさにそのための作戦会議を行っているところで、そこへタイミングよくシーファさんが現れたらしい。

 そして渡りに船とばかりに、そのまま会議へと呼んだみたいだった。


 ……けれど、それを良しと思わない人もいたようで。


「ちょっと、待ちなさいよっ!」


 いきなり声を荒らげたのは、二十歳くらいの女性冒険者だった。


「パーティは最大で三つまでのはずでしょっ!? これじゃ、四パーティになるじゃない! ……まさか」

「うん、悪いけれど、君たちのパーティには作戦を外れてもらいます」


 ……なんだかいきなり揉め始めたんだけど。

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