第92話 居候が増えた

「永遠に馬車馬のごとく働かされるだと……っ? こいつ、なんて恐ろしいことを考えやがるんだ……」


 ミランダさんはわなわなと唇を震わせる。


「いや、そっち? 普通、眷属にされることを嫌がるものじゃない?」

「バカ言え。眷属になって養ってくれるってんならむしろ幸せだろう。だが、永遠に働かされ続けるなんて地獄でしかない……死んだ方がマシだ……」


 どうやらこの吸血鬼の眷属にされること自体に抵抗はないらしい。

 相変わらずブレないな、この人……。


「ククク、そうか、そんなに恐ろしいか! ならば、わらわと全力で戦うのじゃ!」

「そいつはそいつでめちゃくちゃめんどくさい……だが、眷属にされるのも御免だ……くっ、どうすれば……っ?」


 頭を悩ませるミランダさんに、吸血鬼の幼女は勝ち誇る。


「クックックック! どうじゃ! わらわの完璧な作戦に手も足も出まい! さあ、考えている暇はないぞ!」


 次の瞬間、吸血鬼の髪の毛が逆立った。

 濃密な魔力が吹き荒れる。


 って、ここで戦う気!?

 二人の戦いがどれだけ激しいものになるか分からないけど、何となくヤバい気がする。


「ミランダさん! 戦うなら街の外に行ってください! ここじゃ家が壊れそうなんで!」

「家よりオレの心配をしてくれよ!」

「え? 何でですか?」


 素で聞き返してしまった。

 だって家の方がよっぽど大事なんだけど?


「ちょっ、さすがに酷くねぇか……? 仮にも同居人だぜ……?」

「ただの居候ですよね? 同居人なんて、対等さを匂わせる言い方やめてもらえませんか?」

「……と、とにかく。ブラーディア、そんなわけだから、ひとまず街の外に――」

「その手には乗らぬぞ? 大方、隙を見て逃げる気じゃろう。人間の家や街などどうなろうと知らぬ。巻き添えを食っても運が悪かったと諦めることじゃな」


 うわ、ダメだ、この吸血鬼……本気でここで戦いを始める気だ。


「ちっ、このままじゃこの家どころか、街ごとぶっ壊されるぞ」

「街ごとって、そんなに!?」


 ということは今の状況、実はこの間のスタンピードに匹敵する危機なんじゃ……?

 しかもあの時と違って、誰もそれを認識していない。


 ていうか、そんな相手に勝負を挑まれてるミランダさんって、本当に何者……?


「ええーっ!」


 突然、そんな大声が響いた。

 何事かと視線を転じると、さっきまでこんな状況ながらぼけっとしていたセナが、いつになく怒っていた。


「家が壊されたら困るんだけど!」

「家どころか、街ごとヤバいみたいだけど……」

「どこで寝ればいいの!?」

「それ以前の問題だと思う……」


 セナの憤慨するポイントは若干ズレている気はするけど、ともかく吸血鬼を敵認定したらしい。

 剣を抜いて構えている。


 いやいや、相手は街ごと破壊するような化け物なんだ。

 どう考えてもセナの出る幕じゃない。


 だけどどういうわけか、セナを見て吸血鬼が瞠目した。


「こ、こやつ……っ!? 小娘のくせに、なんという殺気じゃ……っ!? それにその剣……っ!」


 あれ? 動揺してる?

 そんな吸血鬼の異変に、ミランダさんがなぜか笑い出した。


「はははっ! そうだ、こっちにはセナ、てめぇがいたな! この家を守りたけりゃ、加勢しろ!」

「うん、師匠!」

「き、貴様……卑怯じゃぞ! わらわとサシで勝負するのじゃ!」

「はっ、卑怯もなにも、ここで暴れようって奴を前に、住人が大人しくしてるわけねぇだろ!」

「ぐぬぬぬ……」

「形勢逆転ってところだな? 尻尾を巻いて今すぐ逃げることをお勧めするぜ?」

「お、覚えているがよい! わらわは必ず、貴様との決着を付けてやるのじゃ!」

「残念だが、オレはず~っとここにいるからな。何度来たところで無駄だぜ」


 ずっといるな! 出ていけよ!


 吸血鬼は悔しそうに顔を歪めながら、立ち去ろうとして、


「っ!? こ、これは……?」


 何かに気づいた。


「トマト……?」


 菜園で定期的に栽培しているトマトだ。

 少し前に栽培を始めたやつで、どうやらちょうど実ができ始めたらしい。


「わ、わらわには分かる……。このトマト……間違いなく、最高品質……ごくり……」


 ふらふらと吸い寄せられるように、実りたてのトマトへと近づいていく。


「えっと……食べてもらってもいいですけど?」

「ほ、本当かっ?」

「は、はい」

「では遠慮なく、いただくのじゃ!」


 そう言うと吸血鬼はトマトをもぎ取ると、小さな口で豪快に齧りついた。


「~~~~~~~~~~~~~~っ!?」


 その瞬間、吸血鬼はかっと赤目を見開いた。


「う、うまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!? なんて美味しさじゃ! 噛むと溢れ出てくるとろっとろっの果肉! それになんじゃ、この甘みは!? それでいて酸味もしっかり感じられる! こんなトマト、今まで食ったことがないのじゃ!」


 なんかめちゃくちゃ気に入ってくれたみたいだ。


「このトマト、貴様が作っておるのか……?」

「あ、はい。そうです」

「こんな美味いトマトをどうやって!?」

「ぎ、ギフトの力で……」


 物凄い剣幕で聞かれ、ついギフトと言ってしまった。


「ギフトか! くっ、ならば、わらわが同じことをやってもこのトマトは作れぬということか……っ!」


 吸血鬼は残念そうに首を振ると、何を思ったのか、いきなりその場で土下座してきた。


「ちょっ?」

「頼むのじゃ! このトマト、もっとわらわに食べさせてくれ!」








 そして数日後。


「ぷはーっ! やっぱこいつの菜園で穫れる酒はうめぇなぁ!」

「もぐもぐもぐ! ククク、やはりこやつの菜園のトマトは最高なのじゃ!」


 我が家のリビングで、それぞれ酒とトマトを飲み食いする二人。


「仕方がない、しばらく貴様とは休戦してやるのじゃ。こんなトマトを作れる菜園を破壊してしまうわけにはいかぬからのう」

「はっ、こりゃ、オレもますますこの家から離れられねぇな!」


 街の危機は去ったけれど、我が家にまた厄介そうな居候が増えたのだった。

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