第89話 実技試験

「えいようたっぷりなのー」

「なのー」


 土の中に半身を埋め、まったりしているドリアードの双子。

 いや、双子かどうかは分からないんだけど、見分けがつかないくらい瓜二つだから一応、双子ということにしておくことにした。


 ドリアードは土から栄養を吸収し、エネルギーにしているらしい。

 もちろん木の精霊なので、樹木と同じく水も必要だ。


「菜園で収穫した水なら大丈夫かな?」


 とても綺麗な水だ。

 井戸水とは比較にもならいくらい美味しいので、最近は料理にも使っている。


 ちなみに硬水と軟水の二種類あるけど、どう違うのか未だに分からない。

 セナが言うには軟水の方が滑らかな感じがするらしい。

 僕にはまったく差が分からないけど。


「どっちがいいだろ」


 まぁ両方あげてみようか。


「「水なのー」」


 如雨露に入れて頭にかけてあげると、双子は嬉しそうに両腕をパタパタさせた。


「この水、すっごくおいしいのー」

「しみわたるのー」


 どうやら気に入ってくれたらしい。


 軟水でも硬水でも反応は特に変わらなかった。

 やっぱり違いなんてないのかもしれない。


「あ、そうだ。二人とも、名前はあるのかな?」

「「なまえー?」」


 首を傾げている。

 どうやら名前という概念そのものがないらしい。


「あの白い子はミルクで、黄色い方はピッピ。そして僕はジオだ。こんなふうに、誰かを識別……と言っても分からないか。……とにかく、名前があると色々と便利なんだ」

「みるくー」

「ぴっぴー」


 ミルクとピッピを指さしながら反芻している。


「ぬしさまはじおさまー?」

「うーん? どっちー?」

「ま、まぁ、僕はぬしさまでいいよ」

「「ぬしさまー」」

「うん、じゃあ、今から二人に名前を付けよう」


 とは言ったものの、どんなのがいいかな?

 ドリアードはずっとこの可愛らしい子供の姿のままらしいので、名前の方も可愛くて大丈夫だろう。


 よし、青い花の子はララ、ピンクの花の子はナナにしよう。


「君はララで」

「ららー?」

「君はナナね」

「ななー?」


 よく分かってなさそうだけど、呼び続けていたらそのうち定着していくだろう。



    ◇ ◇ ◇



「おめでとう。筆記試験は合格よ。……ギリギリだったけど」

「やった~」


 カナリアが合否を伝えると、よほど苦しい戦いだったのか、セナは飛び跳ねて喜びを表現した。


「そんなに難しい内容じゃないはずなんだけどね……」


 カナリアは不安になる。

 筆記の試験は、Cランクへの昇格試験だけでなく、今後も昇格の際には必ず突破しなければいけないものだからだ。


 当然、難易度はさらに上がる。

 冒険者と言えど、高位ランクともなれば相応の知性と知識が必要なのだ。


「とにかく、これで後は実技試験だけね。もし実技で落ちちゃうと、もう一回、筆記からやり直しになるから気を付けて」

「死ぬ気で実技がんばる」


 念のため忠告すると、セナの目が据わった。

 やり直しとなっても、今回合格したものと範囲も難易度も同じ試験なのだが、それでも絶対に嫌らしい。


「じ、実技試験の内容を改めて伝わるわね。えっと、セナちゃんの場合、剣士だからすごく単純。試験官と模擬戦をしてもらって、その戦いぶりでCランクに相応しい実力があるかどうかを判断されるの」

「なるほど! じゃー、その試験官を倒せばいいんだね!」

「いえ、倒さなくてもいいわ。試験官を務めるのはすでにCランクとして経験を積んでいる冒険者だから、相応の戦いができれば十分よ」


 むしろその相手に勝つようなことがあれば、昇格どころか、Cランクの中でも上位の力があるということになってしまう。


 すると何を思ったのか、それまで横でじっと話を聞いているだけだったシーファが口を挟んできた。


「カナリア、試験官がCランクだと危険かもしれない」

「危険? えっと、それはどういうことかしら、シーファちゃん?」

「セナの実力は確か。一方で、恐らく上手く手加減ができない。Cランクだと、下手したら死にかねない」


 なにせシーファの見立てでは、セナはすでにBランクか、それ以上の力を持っているのだ。

 その反面、人間を相手にした模擬戦の経験はほとんどなく、加減というものを知らない。


 しかも筆記試験への嫌悪感から、間違いなく全力で戦いに望むだろう。

 Cランク冒険者程度では、文字通り瞬殺されてしまう危険性があった。


「さ、さすがにそこまではないんじゃないかしら? セナちゃんだって、ちゃんと言っておけば、相手を見て力を抜いたりすることくらい、できると思うけど……」

「セナ、実技試験はいきなり全力を出さないこと。できる?」

「うん、全力でがんばる!」

「「……」」


 ……そもそも言葉が通じていない。


「ま、まぁ、わたしたちもちゃんと言い聞かせておくけど、可能なら考慮してもらえると嬉しいわ」


 アニィが苦笑気味に言う。

 カナリアは頬を引き攣らせて頷いた。


「わ、分かったわ。……ただ、生憎すでに担当試験官が決まってしまってるのよ。本人も了解済みだし、今さら変えるのは難しいかも……」


 歯切れが悪いカナリア。

 と、そのときだ。


「おい、小娘どもが随分と舐めたこと言ってくれるじゃねぇか」


 いきなり割り込んできたのは、体格のいい青年だった。


「っ……ゼオンさんっ」

「この俺が実力不足だと? はっ、いい気になってんじゃねぇぞ」


 どうやらこの青年こそがセナの実技試験を担当するCランク冒険者らしかった。

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