第90話 実技試験 2
「いい気になってんじゃねぇぞ? 過去最速の昇格記録だかなんだか知らねぇがな」
ゼオンという名のこの青年こそが、セナの実技試験を担当する冒険者らしい。
どうやらカナリアとのやり取りを聞いていたらしく、かなり苛立っている。
「ぜ、ゼオンさん……すいません、その……」
しどろもどろになるカナリア。
一方、怖いもの知らずのシーファは、逆に「ちょうどよかった」とばかりに、本人と直接交渉することにしたらしく、
「聞いていたなら話が早い。Cランク冒険者では、セナの相手をするのに荷が重い。悪いけれど、試験官のことはなかったことにして」
「ちょっと……」
シーファの方がランクは上なのだが、先輩冒険者に対してあまりにも不躾な物言いに、横で聞いていたアニィは思わず天を仰いだ。
案の定、油に水を注いでしまうこととなった。
「てめぇ、俺より先にBランクに昇格したからって、調子に乗ってんじゃねぇぞ?」
「……? 別に乗っていない」
「っ……と、とにかく、俺は絶対に降りねぇぞ。予定通り、こいつの相手は俺がしてやる」
シーファの意図は裏腹に、かえって頑なになってしまったゼオンはそう宣言すると、成り行きをぼーっと見守っていたセナを睨みつけた。
「ほえ?」
「本気でかかってくるがいい。この俺が先輩冒険者として、舐め腐ったクソガキに洗礼を浴びせてやるから覚悟してやがれ」
セナは首を傾げた。
「…………おにーさん、誰?」
「今までの話、聞いてなかったのかよ!?」
実技試験の日がやってきた。
試験が行われるのは、冒険者ギルドの地下に設けられた訓練場だ。
最近この街の冒険者界隈を賑わせているパーティの一人であり、しかも過去にして最年少記録の昇格がかかっていることもあって、会場には多くの冒険者が訪れていた。
その実力を一目見ようというのだろう。
「あんな小娘が?」
「まだ十五になったばかりだとよ。それでCランクとはすげぇな」
「いや、まだ分からねぇぞ。試験の相手をするのはゼオン、Cランクの中でも上位の実力者だ。勝ち負けは無関係とはいえ、あまりに劣勢じゃあ印象が悪くなっちまう。不合格ってことも十分あり得るぜ」
そんなふうに冒険者たちが予想する中、ゼオンが先に訓練場の真ん中へと進み出た。
「ゼオン、小娘に舐められんじゃねーぞ」
「お前の力を見せてやれ」
「うるせぇ、言われなくてもやってやる」
仲間内からからかい混じりの声援を受けて、ゼオンが腹立たし気に吐き捨てる。
一方、セナはまだパーティメンバーたちと話をしていた。
「おい、とっとと出てこい」
急かすゼオン。
「セナ、手加減。殺さないよう気を付けて」
「だいじょーぶだいじょーぶ」
「まずは相手の力を見極めてからよ? いきなり全力を出しちゃダメだからね?」
「ほーい」
シーファとアニィが必死に言い聞かせるが、セナの返事は暢気なものだ。
「……舐めやがって」
彼女たちのやり取りが聞こえてきて、ゼオンはますます苛立ちを募らせる。
「あの、すいません……この剣、物凄い魔力が感じるんですけど……?」
そう指摘したのはサラッサだ。
シーファたちはまだ知らないが、セナが手にするミスリルの剣は、ミランダが常識外れの魔法付与を施したせいぜい国宝級の代物となっていた。
「別の剣に代えた方がいいかも?」
「その方が良いわね。このミスリルの剣じゃ危険すぎるわ」
「えー、これ使っちゃだめなの?」
たとえ魔法付与がなくても、並外れた切れ味を持つ名剣であることは間違いない。
念のためと、シーファたちはミスリルの剣を没収し、ほとんど刃毀れしているボロボロの剣をセナに手渡すのだった。
――この判断が、ゼオンの明暗を分けることになった。
「てめぇら……」
しかしそんなことなど知る由もないゼオンは、もはやガチギレ寸前である。
「お待たせー」
ようやく出てきたセナの能天気な言葉にさらに神経を逆撫でされたゼオンは、額に青筋を立てて彼女を睨みつけた。
「そ、それでは、セナさんのCランクへの昇格試験を始めたいと思います!」
空気を察したギルド職員が、すぐさま試験の開始を宣言する。
「どっからでもかかってきやが――」
頭に血がのぼっていても、そこは先輩冒険者としてのプライドか、ゼオンは相手の先手を譲るように叫ぶ。
だがそのときにはもう、セナの姿が掻き消えていた。
「――え?」
ほとんど目で追うことができなかった。
気づいた時にはすでに彼女がすぐ目の前にいて、反応する間もなく脇を通り過ぎていく。
と同時に、左の脇腹に凄まじい衝撃が襲いかかってきた。
次の瞬間には、回転しながら宙を舞っていた。
四散する赤い雨。
「ぶっ!?」
そしてゼオンは地面に思い切り叩きつけられる。
見ると、身に着けていたはずの鎧ごと、脇腹がごっそりと抉り取られていた。
「……は?」
しばらく何が起こったのか分からずに呆然とするゼオン。
だがそこへ遅れて激痛が押し寄せてきた。
「があああああっ!?」
大きな悲鳴を上げるゼオンを後目に、セナは半ばから真っ二つになった剣を見つめ、
「あー、折れちゃった」
衝撃に耐え切れず、途中でぽっきりいってしまったのだ。
……もしあのミスリルの剣を使っていたら、今頃ゼオンの身体の方が真っ二つになっていたかもしれない。
「えっと……トドメを刺した方がいいの?」
「ひぃっ」
セナが近づいていくと、痛みよりも恐怖が勝ったのか、ゼオンは背を向けて逃げようとする。
慌てて職員が声を上げた。
「す、ストップ! 試験終了です!」
「ほえ? 終わり?」
「終わりです! もう十分です! それより急いで治療を!」
控えていた医療班が急いでゼオンに駆け寄り、ポーションや回復魔法を使っての治療を開始する。
「な、何だったんだ、今の……」
「見えたか?」
「いや、見えなかった……」
「何なんだよ、あの子は……?」
こうして史上最速にして最年少でのCランク昇格を決めたセナの名は、瞬く間に冒険者たちの間で戦慄とともに知れ渡ることとなるのだった。
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