第86話 領主様に呆れられた

 僕は領主様を連れて第二家庭菜園へと転移した。

 目の前の光景がガラリと変わる。


「……へ?」


 領主様の口から意外と可愛らしい声が漏れた。


「……今、何をしたんだ?」

「家庭菜園から家庭菜園に移動しました。菜園間なら一瞬で移動できるんです」

「そ、そんなことが可能なのか……。つまり、ここは元々沼地だったあの場所ということか?」

「はい、そうです」

「街の入り口から歩いて三十分はかかる距離が一瞬か……」


 そこでなぜか急に押し黙ったかと思うと、領主様は菜園の一か所をじっと見つめ始めた。


「……我の目がおかしくなったのだろうか? 木に肉がぶら下がっているように見えるのだが……」

「あ、はい。肉も栽培できるんです。あの辺は牛肉ですね。その奥で豚肉や鶏肉も栽培しています」

「なるほど、おかしいのは我の目ではなく、お主の方ということだな……」


 あれ、今ちょっと失礼なこと言われた気が……?


「ともかく、リルカリリアよ。ここで穫れた作物が、いつも我に売ってくれているものでよいのだな?」

「そうですー」

「え?」


 リルカリリアさん、領主様に売ってたんだ……。


「うむ、いつも美味しく戴いておる。まさかお主が作っていたとは思っていなかったがな。しかしこれだけの規模だ。一体どうやって収穫しているんだ? もちろん従業員などいないだろう?」

「あ、それなら心配要らないです」


 僕は目の前で収穫作業をしてみせた。

 作物が勝手に動き出し、カゴの中へと集まってくる。


「……こ、今度こそ我の目がおかしくなったのだろうか?」


 目をパチクリさせる領主様。

 確かに最初は僕も面食らったけど、もう見慣れたものだ。


「いえいえー、領主様の目は至って正常ですよー」

「やはりおかしいのはお主の方か……」


 また言われた。

 というか、その言い方だと僕自体がおかしいみたいじゃないですか。

 おかしいのはあくまでギフトの方ですから。


 それから領主様はなぜかキョロキョロと何かを探すように周囲を見回した。


「ゴーレムはどこにいるんだ?」

「……それもご存じなんですか?」


 僕は二メートル級のゴーレムを作り出した。


「いや、もっと大きなゴーレムがいただろう?」


 そう指摘されて、五メートル級のメガゴーレムを作り出す。


「うむ、こやつだ」


 どうやら僕の知らないうちに、領主様は防壁を越えて第二家庭菜園に侵入したらしい。

 菜園隠蔽を使っていても、見えないのは外にいるときだけで、防壁を乗り越えられると見えるようになっちゃうからね。

 うーん、どうにか対策できないかな……。


「勝手に入ってしまったことは謝ろう。領内に怪しいものがあれば、領主として放っておくわけにはいかぬからな」

「それは……はい、 でも、大丈夫でしたか? 侵入者に襲いかかるように設定してあるんですけど……」

「う、うむ、ギリギリな……」


 襲われたらしい。

 でも無事でよかった。

 もし領主様を僕のゴーレムが害していたらと思うと、ぞっとしてしまう。


 だけど普段、菜園内を巡回させているのはメガゴーレムだけだ。

 ギガゴーレムの方は大き過ぎるので使っていない。


 もしギガゴーレムを使っていたら、あのスタンピードのときのこともバレちゃうところだったね、危ない危ない。

 と胸を撫でおろしていたら、


「アトラスを倒したあの巨大なゴーレムも、お主が生み出したのか?」


 って、そりゃそうだよね!

 当然ゴーレム繋がりで連想しちゃうよね!


「な、何の話ですか……? 確かにゴーレムを作り出せますけど、あんな大きなゴーレムはさすがに無理ですよ、あはは……」

「はて、おかしいの? お主はちゃんと避難していなかったのか? あんな大きなゴーレムということは、どこかで見ておったということかのう?」

「……」


 うん、無理だ。

 誤魔化しようがない。


 そもそもここの菜園を取り囲んでいる防壁を見れば、同一のものだということは一目瞭然だった。


「やはりお主か……あの日、スタンピードから我が街を救ってくれたのは」

「っ? りょ、領主様……っ?」


 突然、領主様に頭を下げられ、僕は軽くパニックになってしまう。


「ありがとう」

「いやいや、頭を上げてくださいっ!」


 僕は慌てながら言う。


「ここは僕が生まれ育った街ですから、街のためにできることをしただけです。その結果、少しでも貢献できたというなら嬉しいです」

「少しどころではない。もしお主がいなければ、街は魔物に蹂躙されておっただろう。お主はまさしく救世主だった」

「でも、僕だけの力じゃないですよ。領兵さんたちが頑張って魔物を押し留めてくれていなければ、たぶん間に合わなかったでしょうし……」


 かなり魔物の数も減らしてくれていたしね。


「確かに、お主だけの力ではなかったな。領兵たちも必死に戦ってくれたが、あれだけ戦線を維持できたのは、あの武具のお陰でもある。そう考えれば、リルカリリア、お主にも改めて感謝せねばならぬな」

「その領兵さんたちの武具に使われた大量のミスリルですけれどー、どうやって調達してきたか分かりますかー?」


 リルカリリアさんが迂遠な言い回しをしたのは、ギフトに関する情報を話してはならないとの誓約を結んでいるからだ。

 だけど領主様はそれで察したらしく、


「まさか……」

「……あ、はい。……僕の菜園で栽培しました」

「ところでー、マーリンさんのところの回復ポーション、素晴らしい性能ですよねー。材料となったエイム草の質が非常に良いかららしいですねー」

「それもお主の菜園で栽培したものなのか!?」

「は、はい」


 領主様は驚きと呆れの混じった顔で言った。


「……前言撤回。ほぼすべてお主の力ではないか……」

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