第65話 長旅は家庭菜園で 3
「エリザベート閣下、こちらでございます」
「これは……」
報告に聞いていた通り、そこにはただの更地が広がるだけだった。
かつてあったはずの沼地の光景とは、すっかり様変わりしている。
アーセルの領主エリザベートは自ら宣言した通り、配下とともに調査に訪れていた。
「確かに少し前までは沼地だったのだな?」
「はい、間違いございません」
彼女がこの沼地に来たのはもう何年も昔のことだ。
もしかしたら知らない間に沼地の埋め立てが進められていたのではないかと思ったのだが、どうやらその線はなさそうだった。
万一それが正しかったとしても、誰が何の目的で密かに沼地を開拓したのかという疑問が残るだろう。
それでも僅か数日の間に沼地が消失したことよりは、幾らか現実的な話ではあった。
「む……そしてこれが見えない壁か……」
ある地点までやってくると、調査隊は謎の壁にぶつかってしまった。
不思議なことに前方にはちゃんと更地が続いているというのに、何かに阻まれてそこから先に進むことができないのだ。
しかもそれは途切れることなく、この一帯を取り囲むように続いているのである。
「もしかすると一定の高さで途切れているかもしれぬな」
「なるほど。確かめてみましょう」
連れてきた領兵の中で、腕自慢の男が石を放り投げた。
二メートルほどの高さから順番に上げて確かめていく。
すると高さ五メートルを超えたあたりで、石が虚空で消失してしまった。
「やはりな。どうやらせいぜい五メートルほどの高さらしい」
我が意を得たりとばかりに頷くと、エリザベートはさらに調査を続けるのだった。
◇ ◇ ◇
馬車を走らせること数時間。
正確には馬と家庭菜園を走らせて、僕たちは目的地に向けて順調に進んでいた。
途中で何度か魔物に遭遇したけれど、大抵は近づく前にサラッサさんの魔法か、アニィの弓による遠距離攻撃で倒すことができた。
「ブヒィッ!」
「右前方に魔物! オークよ!」
「あぁぁぁっ! 逞しい二の腕ぇぇぇっ!」
「興奮してる場合じゃないでしょ! あんたがやらないならわたしがやるわよ!」
「ま、待ってください……っ! せめて自分の手で……っ! ライトニングっ!」
「ブヒィィィィッ!?」
……一瞬、サラッサさんのキャラがおかしくなったような気がしたけど……きっと気のせいだよね、うん。
ちなみにサラッサさんが得意としている雷撃魔法は、数ある攻撃魔法の中でもトップクラスの威力なのだとか。
その分、消費魔力も多いそうなのだけれど、サラッサさんの場合、【魔力の源泉】という魔力の回復速度を大幅に早めてくれるギフトを持っているため、ほとんど消耗を気にせず雷撃魔法を使えるらしい。
さすがはシーファさんに並ぶBランク冒険者だ。
「それに引き換え、うちのぐうたら娘ときたら……」
「おにーちゃん……今日の晩ごはん何ぃ……むにゃむにゃ……」
出発してからずっとこの有様だ。
新人のくせに、魔物と戦うどころか見張りまで先輩に任せっきりで眠りこけている。
本当にこのパーティの一員で大丈夫なのかと心配になる。
「いい加減、起きろ」
セナの鼻と口を同時に摘んでやった。
「…………っ? ~~~~~~っ!?」
「やっと起きたか」
「ぶはぁっ!? ちょっ、何するのお兄ちゃん! お肉で喉を詰まらせて窒息しそうになる夢を見たんだけど!」
「随分と幸せな夢を見てたんだな……」
ともかくやっと目を覚ましたようだ。
ここまでずっと寝ていた分、頑張って働け――と言おうとしたら、ちょうどシーファさんがこちらを振り返って、
「目標の宿場町が見えてきた。今日のところはこの辺りでいい」
まだ太陽は高い位置にある。
夕方になるだろうという話だったのに、どうやら予定よりもずっと早く着いたみたいだ。
「わーい。じゃー、おうちに戻ろー」
宿場町と言っても、古い宿屋が数件あるくらいの寂れた集落だ。
古い宿なんかだと、大部屋に幾つもの寝台が並んでいて、その一台を数人が利用するようなところも多いらしい。
中には寝台すらなく、地面に雑魚寝するしかないケースもあるとか。
普通ならそれでも我慢して宿に泊まるのだろうけれど、僕たちにその必要はなかった。
いったん街道から逸れ、人目に付かない場所へ。
そこで菜園間転移を使う。
すると、馬車で何時間もの距離を移動したのが嘘のように、一瞬にして僕の家にある家庭菜園に戻ってきてしまった。
「あれだけ離れていてもちゃんと戻れたわね……」
「……これ、ほとんど転移魔法と変わらない気がするんですけど……」
うん、ちゃんと戻ってこれてよかった。
あの距離だとさすがに無理なんじゃないかっていう不安もあったけれど、杞憂だったみたいだ。
「ひひーん!?」
いきなり周囲の景色が変わったせいか馬が驚いている。
向こうに置いてくるわけにもいかないので、馬車ごと転移したのだ。
「にゃあ!」
「ぴぃ!」
そこへ僕たちが帰ってきたのを察し、ミルクとピッピが菜園の奥から飛んできた。
「ひひぃぃぃぃんっ!?」
それを見て自分が食べられるとでも思ったのか、馬が大きな悲鳴を上げて暴れ出した。
「どうどう、大丈夫だから。落ち着いて」
「ぶるぶるっ」
シーファさんが宥めて、どうにか大人しくなったけれど、怯えた目でミルクたちを見ている。
動物だから相手が魔物だということが分かるのかもしれない。
「こら、怖がらせちゃダメでしょ」
「にゃ……」
「ぴ?」
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