第54話 飛べない鳥らしい

「名前を付けてやらないとね」

「にゃあ!」

「ミルクも一緒に考えてくれるのか?」

「にゃ!」


 任せてくれとばかりに頷くミルク。


「そうだな……じゃあ、ヒヨーコとかはどうかな?」

「にゃ……」


 ミルクは力なく鳴いた。


「あまりお気に召さないか。それなら、ピヨピヨは?」

「……にゃん!」


 さっきよりは悪くない反応だけど……。


「もう一声ってところかな。えっと、だったらピッピはどう?」

「にゃにゃにゃん!」


 どうやらお眼鏡にかなったようだ。

 大きな身体でぐるぐる走り回っている。


「じゃあ、ピッピにしよう。と言っても、本人が気に入ってくれるか分からないけど。……あれ? どこ行っちゃった?」


 いつの間にか見える範囲からいなくなってしまっていた。

 以前は隣家だった菜園の奥に行ってみると、ミミズを探して懸命に地面に嘴を突き刺す姿があった。


「どう?」

「ぴぃぴぃ!」


 今度は幼虫らしきものを嘴で咥えていた。

 生まれたばかりなのによく食べるなぁ。


「今日からお前はピッピだよ。いいね?」

「ぴぃ?」


 なんだかよく分かってなさそうだけど、反論はないので大丈夫だろう。

 ともかく、こうしてまた新しい家族が増えたのだった。







 二泊三日の指名依頼を終えて妹が帰ってきた。


「ぴぃぴぃ!」

「わっ!? 何この黄色い毛玉っ?」

「毛玉じゃないって。鳥だよ、鳥」

「ぴぃぴぃ!」

「えっ、これ鳥なのっ? あっ、ほんとだ! 目と嘴がある! あとよく見たら足も!」


 セナが言う通り、ピッピは鳥には見えないくらい丸々していた。

 生まれた直後は毛が濡れていたせいか、もうちょっと細身だったのだが、乾いたことで今はほとんど球形だ。

 ふわふわの毛に目や嘴が埋もれてしまいそうなほどである。


 鳥のはずだけど、たぶん空を飛ぶことはできないんじゃないかな。

 まぁピッピとよく似たヒヨコだって飛べないしね。


「お兄ちゃん、またペット飼うの?」

「そうだ。ピッピっていうから、これからよろしくな」

「ぴぃぴぃ!」

「かわいい! ふっわふわ!」


 ピッピは人懐っこい性格なのか、セナに抱きかかえられても嫌がったりはしなかった。


「それにしても大きいね! もしかしてこの子も魔物さん?」

「たぶん」

「じゃあミルクみたいにおっきくなるのかなー」

「そうかも」

「ぴぃ?」


 ……セナの予想した通り、ピッピは日に日に巨大化していった。


 とにかくよく食べるのだ。

 最初は菜園にいた虫を中心に食べていたけれど、それでは物足りなくなったようで、今では収穫された肉や魚を特に好んで食べていた。


 一週間も経つと、背の高さは僕のお腹の辺りを超えてしまった。

 横幅も大きくて、遠くから見たら丸い毛玉のようだ。


「にゃあ!」

「ぴぃぴぃ!」


 ミルクとピッピが第二家庭菜園で追いかけっこをしている。

 逃げるミルクを、ピッピが頑張って追っているけれど、なかなか距離が縮まらない。


 ていうか、二匹とも速っ!

 僕なんて、目で追うだけでも精いっぱいだ。


 やがてミルクがスピードを落として、どうにかピッピが追いついた。


「ぴぃぴぃぴぃ!」


 追いつけたことが嬉しかったのか、ピッピはドヤ顔で飛び跳ねながら僕のところへ駆けてくる。

 たぶんミルクはワザと追いつかれてあげたのだろう。


「ミルク、良いお兄ちゃんしてるよね」


 魔物と魔物だから少し心配だったんだ。

 ……猫と鳥だし、下手したら食べちゃわないかって。

 でもこの様子なら大丈夫そうだ。


 ちなみにピッピもミルクと同じ雄だ。

 たまたま雄が続いただけなのか、魔物の卵からは雄しか生まれてこないのか、分からないけど。


 カアカアカア……。


 そのとき空を黒い影が横切った。

 カラスだ。


 かつて僕を苦しめたこの憎き鳥は、ゴーレムに何度も撃退されたことで学習し、もう第一家庭菜園には来なくなった。

 だけどここ第二家庭菜園はまだ新しいこともあって、時々現れるのだ。


 そもそも菜園隠蔽で見えないようにしているんだけれど、空を飛んでいると、たまたま菜園の上空に入ってしまうことがあるらしい。


 もちろんゴーレムたちがすぐに駆けつけて追い払ってくれる。


「――――」

「ッ……カアカアッ!」


 期待通り、優秀な警備ゴーレムがやってきて、カラスは慌てて空へと逃げていった。


「ぴぃ……」

「ん? ピッピ、どうしたの? あの黒い鳥が気になったの? あれはカラスっていうんだよ」


 ピッピが逃げていくカラスをずっと目で追っていたので、教えてあげる。

 同じ鳥なので気になったのかもしれない。


「…………」

「ピッピ?」


 心なしか身体を前に傾け、なぜか真剣な顔をするピッピ。

 その様子を訝しんでいると、


「ぴぃぃぃぃぃっ!」

「わっ?」


 突然、大きな声で鳴きながら走り出したのでびっくりしてしまった。


 どうやら助走だったらしく、走りながら翼を広げたピッピが、地面を蹴って力強く飛び上がった。


「ぴぴぴぴぃっ!」


 バサバサバサッ!

 と激しく翼をはためかせ、ピッピは宙を舞う。


「おおっ! すごい! ピッピ、飛べるんだ!」


 と思ったのも束の間、どんどん高度が落ちていく。


「ぴぃっ!?」


 ピッピは必死に飛び続けようとしたけど、その頑張りも空しく、地面に着地してしまった。


 けれど一度の失敗では諦めなかった。

 ピッピは何度も何度も、空を飛ぶ練習を繰り返す。


 もしかしたらカラスが空を飛んでいるのを見て、自分も飛びたくなったのかもしれない。


「ぴぃ……」


 しかし結局、何度やっても上手くいくことはなかった。


「にゃあ」

「……ぴぃ」


 ミルクが慰めてあげている。


 飛べないのはたぶん、身体が丸くて大きいのに、翼が小さいせいだ。


 うーん……ピッピって、そもそも飛べない種族なんじゃ……?

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