第52話 幻の霊草

「ジオさん、こんにちは」

「ごめんね、デニスくん。わざわざ来てもらっちゃって」

「いえいえ、ジオさんにはいつもお世話になってますから」

「とりあえず上がってよ」

「はい、お邪魔します」


 いつも可愛いデニスくんを、僕は初めて我が家に招いていた。

 だけど今日はなぜかメイド服じゃない。


「そ、外に行くのにあの格好は恥ずかしいので……」


 ということらしい。

 よく似合ってるし、別に恥ずかしくないと思うけどなぁ。


 ちなみにデニスくん、見た目から十歳ぐらいかと思っていたら、実はもう十三歳らしい。

 道理でしっかりしているわけだ。


「にゃあ」

「ひゃっ!?」


 リビングに案内すると、デニスくんはそこにいたミルクに驚いて可愛い悲鳴を上げた。


「ななな、何ですかこの生き物!?」

「うちのペットのミルクだよ」

「いやいや、ペットっていう大きさじゃないですよね!?」

「確かにちょっと大きいけど。でも猫みたいなものだって。おいで、ミルク」

「にゃあ!」


 ミルクが僕に抱き着いてくる。

 もうすっかり僕より大きくなってしまったので、頑張って踏ん張らないとひっくり返ってしまいそうだ。

 よしよしと全身を撫でてやる。


「懐いてはいるみたいですけど……だ、大丈夫なんですか?」

「心配しなくていいよ。ミルクは賢くて敵か味方かちゃんと判断できるから。デニスくんも撫でてみる?」

「や、やめておきますっ」


 デニスくんは怯えている。

 本当に怖くないんだけどなぁ。


「ミルク、菜園で遊んでて」

「にゃあ!」


 デニスくんが怖がっているので、ミルクにはしばらく庭で遊んでてもらうことにした。


「わあ、すごいですね。家庭菜園ですか?」

「うん」


 ここ第一家庭菜園は現在、普通の作物しか育てていない。

 なので一見するとただの家庭菜園にしか見えず、今日のように来客があっても心配ないのだ。


 マーリンさんやデニスくんには僕のギフトのことは話してないからね。

 どこから薬草を調達しているのか、不思議がられてはいるけれど。


「それで、今日はどのような御用ですか?」

「実はね、この草を見てもらいたいなって」


 僕はそう言って、聖霊草を机の上に置いた。


 うん、マーリンさんに直接見せるのは怖いから、その前にデニスくんで確かめておこうという魂胆だ。

 デニスくんは接客だけでなく、マーリンさんの調剤の助手もしているそうだし、もしかしたらこの草のことを知っているかもしれない。


「これは……?」

「この草、知ってる?」

「えっと……少なくとも見たことはないです。でも、もしかしたら図鑑に載ってたりしたかも……」


 どうやらデニスくんは、薬師の助手として相応しい知識を身に着けるべく、図鑑でお勉強しているらしい。


「大きくて美しい葉っぱ……それに、まるで発光しているかのような表皮の輝き……。なんだか、見ているだけで神聖な気分になってきますね……。あの……これ、なんていう草なんですか?」

「聖霊草っていうらしいんだけど」

「せ、聖霊草っ!?」


 デニスくんは目を丸々と見開いた。


「聖霊草って、あの聖霊草ですかっ!?」

「知ってるの?」

「はい! 実物は見たことないですけど、図鑑に載ってました! っ……そうですよ! 確かにこんな形状だった気がします!」


 もしかしてメジャーな草なんだろうか。


「いえいえ! すごく希少な植物ですよ! ほとんど手に入らなくて、もちろん市場にも滅多に出回りません!」

「へえ」

「へえ、って……。これ、どこで手に入れたんですか?」

「ちょ、ちょっと偶然……」

「偶然で手に入るようなものじゃないんですけど……。あのヒヤリ草やエアー草といい、ジオさんって一体、どこでどうやって入手してるんです? どれもこの辺りじゃまず生えてないですよ?」

「ま、まぁ、それは企業秘密ってことで……。それより、この聖霊草、どんな用途で使われるものなの?」

「そ、それはですね……」


 デニスくんはごくりとつばを飲み込んで、


「え、エリクサーが作れるそうです……!」

「……エリクサー?」


 初めて聞いた名前だ。


「ご存じないんですか?」

「うん」

「エリクサーというのはですね……えっと、万能薬とも言われている薬で……ポーションでは治せないような強力な状態異常に加えて、先天的な病気すらも治してしまえるとか……」

「え? それ、すごくない?」

「もちろんすごいですよ! しかも、飲み続けると不老不死にすらなれるとか言われてますし!」

「不老不死!?」


 それが本当ならエリクサーってヤバい。


「そしてこの草、そんなエリクサーを作れちゃうのか……」

「採取できるのは聖なる力の強い場所だけで……それでも、ごく稀にしか見つからないそうなんですけど」

「そ、そうなんだ……」


 ごめん、家庭菜園で幾らでも栽培できちゃうんだ。


「これ、マーリンさんのところに持っていこうと思ってたんだよね。でもまた怒られそうで……」

「うーん……そうですね……。もし聖霊草がこれだけしかないというのなら、ぎりぎり怒られない可能性もありますけど……」


 デニスくんの口ぶりは言外に「本当はもっと入手できるんでしょ?」と言っているみたいだった。その通りです。鋭いね。


「マーリンさんが怒ってるのは、ジオさんのせいで有名になり過ぎちゃったことなんですよ」

「それ、僕のせいかな?」


 完全に逆恨みだと思う。

 デニスくんは苦笑して、


「良い材料が手に入ると、薬師としての血が騒いで、どうしても作っちゃうみたいなんですよね……。でも、これが唯一の聖霊草となれば商品にはできませんし、売り物にはならないので大丈夫じゃないかな、と……」

「なるほど。じゃあこれ、あげるよ。様子を見てマーリンさんに渡して」

「えっ、そんな簡単にっ?」

「実は元からあげるつもりだったんだ。もちろん、お代は要らないよ。どうせ持ってても枯れちゃうだけだし」


 せっかく栽培したんだし、有効活用してもらいたい。

 デニスくんならきっと上手く渡してくれるだろう(丸投げ)。

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