第51話 予想以上に噂になってた
「おはようございます、アリシアさん。これ、今日の分です」
「おはよう、ジオくん。それにしても悪いわね、いつもわざわざ持ってきてもらっちゃって」
「いえ、これくらいお安い御用ですよ。それにアリシアさん、お店のこと全部お一人でされてますし、大変でしょう?」
僕は毎朝アリシアさんのお店まで、その日の食材を配達している。
家から歩いてすぐの距離だし、大した労力じゃなかった。
……一人でお店を切り盛りしているアリシアさんと比べたら、僕なんて毎日遊んで暮らしているようなものだし。
「ジオくん……やっぱり素敵……」
アリシアさんがなぜか潤んだ瞳で見てくる。
「あなたみたいな弟が欲しかったわ……あんな生意気な妹(アニィ)じゃなくて」
そんなことを言いつつ、何だかんだで仲がいいのがこの姉妹だ。
「あ、ジオくん、もう朝食はとったかしら?」
「いえ、これからです。今日は妹もいないので」
セナはギルドの依頼のため、二泊三日の遠征に出ている。
何でもこの街の有力者からの指名依頼らしい。
指名依頼というのは、依頼主が特定の冒険者を指定して出してくる依頼のことだ。
冒険者は実績を上げて有名になると、こうした依頼が増えるらしい。
きっとダンジョンのエリア攻略が評価されたのだろう。
ちなみに指名依頼はかなり報酬がいいのだとか。
「だったらぜひうちで食べて行ってよ。もちろんお代は要らないから」
「そ、それは悪いですよ」
「気にしないで。いつも世話になってるお礼だから」
「それなら……お言葉に甘えて……」
せっかくの申し出なので、僕はありがたくアリシアさんの料理をいただくことにした。
僕もそれなりに料理ができる方だという自信があるけれど、アリシアさんには遠く及ばない。
このお店が再び活気を取り戻したのは、食材のお陰もあるだろうけど、やっぱり一番はアリシアさんの料理の腕の力だと思う。
「お待たせ」
そんなことを考えていると、あっという間に料理が運ばれてきた。
この手際の良さも僕には真似できない点だ。
「えっ? こんなにたくさん?」
朝食とは思えないボリュームに僕は目を丸くする。
肉汁たっぷりな分厚いベーコンに目玉焼き、トマトソースで煮込んだ豆、表面カリカリのハッシュドポテト、それにふわふわのパンケーキまで付いている。しかも三枚。
「育ち盛りなんだから、これくらい食べるでしょう?」
「それは……食べれますけど……。さすがにタダというわけには……」
「気にしなくていいってば。ほら、冷めないうちに食べて食べて」
「わ、分かりました。いただきます」
アリシアさん、アニィと違って本当にいい人だよなぁ。
彼女の厚意に感謝しながら、僕はできたてのパンケーキを一口。
「~~~~っ!?」
何これ、めちゃくちゃ美味しいんだけど!?
口の中であっという間に溶けちゃうし、どうやってこんなの作ってるの!?
「どうかしら?」
「すっごく美味しいです!」
「ふふ、よかったわ」
嬉しそうに微笑むアリシアさん。
うーん、こうして見ると、やっぱり美人だよなぁ。
味だけじゃなくて、アリシアさん自身を目当てにしているのお客さんも多い気がする。
「ご馳走様でした!」
最初はちょっと多いかなと思ってたけど、気づけばすべて平らげてしまっていた。
「おかわりいる?」
「い、いえっ! もうお腹いっぱいです!」
でもお腹に余裕があるなら、ぜひおかわりしたいぐらいだ。
それくらい美味しかった。
「正直、毎日食べたいくらいだよなぁ」
「っ! ……ジオくん、それって」
僕が思わず口にした一言で、なぜかアリシアさんが頬を赤く染め、もじもじし始めた。
「アリシアさん? どうしたんですか?」
「今の……もしかして、そういう意味かしら?」
「え?」
そういう意味って、どういう意味だろう?
何か勘違いさせちゃったのかな?
「ええと、単純にそう思えるくらい美味しかったってことです。もちろん毎日だなんて、そんな厚かましい真似はしませんよ」
「……」
あ、あれ?
アリシアさん、急にむすっとしちゃったんだけど……。
「ふん、ジオくんに期待した私がバカでしたよーだ」
「す、すいません?」
どうやら機嫌を損ねるようなことを言っちゃったらしい。
謎だけど……。
「そう言えば、この間は大変だったわね」
アリシアさんが話題を変えてくれた。
「大変……スタンピードのことですか?」
「もちろんよ。もう少しで魔物に西門を破壊させられるところだったみたいだし。もし街の中に入られていたら、この店も危なかったかもしれないわ」
ここは西門から近いため、その可能性は十分にあっただろう。
どうにか防ぐことができてよかった。
「これ、うちのお客さんたちから聞いた話なんだけど……。あの日、あり得ないことが起こったらしいのよ」
「あり得ないこと?」
「なんでも、巨大な壁がどこからともなく走ってきて、魔物の群れを吹っ飛ばしたんだって」
「へ、へえ」
……それ、僕がやりました。
「どうしたの?」
「いえ、何でもないです」
「あ、もしかして信じてないでしょ? まぁ私も半信半疑だったんだけど……。でも、本当に街中で噂になっているみたいなのよ」
一人や二人のお客さんじゃないらしい。
何人ものお客さんから同じ話を聞いたのだとか。
「しかもスタンピードの元凶と思われる巨人の魔物を、どこからともなく現れた謎のゴーレムが倒してくれたんだって」
……ごめんなさい、それも僕がやりました。
「その壁やゴーレムのことを『神の御使いに違いない!』なんて言う人もいたわね」
神聖視されちゃってる!?
「そ、そうなんですね……」
予想外に大きな話題になっていることを知り、僕は頬を引き攣らせるのだった。
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