第36話 スキンヘッドの末路

「……あのガキ……絶対に許さねぇからな……」


 ハゼアは憎悪に満ちた目でその家を見つめていた。


 ギャングの幹部から降格させられた後、彼を待っていたのは地獄だった。


 それまで自分に付き従っていた配下たちに反逆されて追放された挙句、幾度となく命を狙われた。

 元幹部として組織の情報の多く知る彼の存在を消そうと、ボスが送り出した暗殺者たちだろう。


 お陰でハゼアは数日前と比べると、見る影もないほど落ちぶれた姿となっていた。

 自分の正体を隠すためにあえてボロ服に身を包んでいる部分もあるが、金の大半を失い、そもそも身なりを整えることができないのだ。


「それもこれも、あのガキのせいだ……」


 あの商人にやられただけならまだよかっただろう。

 配下に反逆される決定打となったのは、一人の少年を拉致するために自ら襲撃しておきながら、返り討ちに遭ってすごすごと逃げ帰ってしまったことにあった。


 しかも自分は気を失い、部下たちに抱えられての逃走だ。

 そのあまりに情けない姿に、それまで彼を慕っていた者たちの多くが幻滅したのである。


 今でも散々馬鹿にされていることだろう。


「あの馬鹿でかいゴーレムを見てねぇから言えるんだよ……ッ!」


 それにしてもあれは一体何だったのかと、ハゼアは考える。

 決して幻ではなかった。

 自分は確かにあの巨体に持ち上げられ、そして地面に叩きつけられたのだ。


「ちっ……あの家に入るのは危険だな……」


 茹るような怒りの感情を抱きながらも、頭は冷静だった。

 一見すると何の変哲もない一軒家だが、恐らく何か秘密があるとハゼアは警戒していた。


「狙うのは外に出てきたとき……くそっ、一体いつになったら出てくるんだよッ!」


 ずっと見張っているのだが、今のところまったく外出してはいない。

 どうやって生活しているのだろうかと訝しんでいると、


「っ……女?」


 家から出てきたのは十代半ばと思われる少女だった。


「そう言えば、妹と二人暮らしだと言ってやがったな……」


 配下の報告をハゼアは思い出す。

 妹は駆け出しの冒険者のようで、家を空けることが多いと聞いていた。


「……駆け出しの冒険者か」


 ハゼアはニヤリと口の端を吊り上げる。


 彼は自分の剣の腕に自信を持っていた。

 恐らく冒険者になれば、Bランクぐらいには簡単に届くだろう。


「まずはあの妹だ……それであのガキを呼び出して……」


 ハゼアはそう画策しながら、女の後をつけていった。


「……よし、今だ」


 やがて彼女が人気のない路地へと入っていくや、ハゼアは足を速めて一気に距離を詰めて少女の後ろを取った。


「おい嬢ちゃん、死にたくなかったら静かにしな」


 すると少女は悲鳴も上げることなく、ゆっくりとこちらを振り返った。


「人相の悪いスキンヘッド。ということは、おじちゃんがお兄ちゃんを襲った人かなー?」

「っ……」


 こんな状況だというのに明るい笑みを浮かべている少女に、ハゼアは一瞬、背筋に嫌なものが走った気がした。

 だがこんな子供に臆するなど彼のプライドが許さない。


「ほう、兄からオレのことを聞いていたか」

「うん」

「じゃあ話は早いな。今から大人しくオレの言うことをすべて聞け。そうすれば命は取らねぇ」


 ハゼアは嫌な予感を胸の奥に押し込めつつ、少女に命じる。


「えー、嫌だけど」

「……てめぇ? 状況、分かってんのか?」


 ハゼアは剣を抜いた。

 彼の腕ならば一瞬で斬り捨てられる間合いだ。


 だが少女は相変わらず人を食ったような態度のまま、


「うーん、おじちゃんの方こそ、自分の状況を理解した方がいいと思うよー?」

「ああ? このガキ、いい加減に――――ん?」


 そこでハゼアは気づいた。

 剣を手にしていたはずの右腕が、いつの間にか消えていたのだ。


 カラン、という音が足元で鳴った。


 見ると、剣が転がっていた。

 自分の右手は柄を掴んだままだ。


「……は?」


 恐る恐る視線を上げると、少女がニコニコと笑顔を浮かべていた。

 ただしその目はまったく笑っていない。


 少女の手には、血の付いた剣。

 それは恐らくハゼアの血液だ。


「お兄ちゃんは優しいからね、きっと見逃してくれると思うんだー。でも、あたしはそうじゃないんだよねー」

「ひぃっ!」


 ハゼアは自分でも気づかないうちにその場に尻餅を突いていた。

 自分よりずっと若いはずの少女から放たれた殺気が、彼から頭と身体のコントロールを完全に奪っていた。


 本能が悟る。

 この少女には、絶対に手を出してはいけなかったのだ、と。


「じゃあねー、おじちゃん。生まれ変わったら、もうちょっと真っ当な人生を送ってねー」

「ま、待ってく――」


 ハゼアの意識はそこで途絶えた。








「少し緊張する」

「領主様ってどんな人だろうねー」


 シーファ、アニィ、セナの冒険者パーティと薬師のマーリンは領主の城へとやってきていた。


「なぜ……わたしまで……ただの薬師なのに……帰りたい……帰ってデニスちゃんの匂いを嗅ぎたい……」

「ほら、マーリン、いつまでぶつぶつ言ってんの。領主様を待たせたらいけないし、早く行くわよ」

「ま、待って……せめてデニスちゃんと一緒に……」

「デニスくんは招待されてないでしょうが」


 先ほどからずっと城の前でグダグダしているマーリンの手を、アニィは無理やり引っ張った。

 このままでは埒が明かないので強硬手段だ。

 観念したのか、ずるずると引きずられていくマーリン。


「シーファ様、アニィ様、セナ様、それからマーリン様でございますね?」


 物腰の柔らかな執事に出迎えられて、彼らは生まれて初めて領主の城へと立ち入った。

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