第20話 その野菜、危険につき

 卵から魔物の赤ちゃんが生まれてきた。

 しかしどう見ても猫だ。


 白いふわふわの体毛に覆われていて、お尻から長い尻尾が伸びている。

 甘えるように僕の身体に何度も顔を擦りつけてくる。


「ニィー」

「可愛いなぁ」

「ニィニィー」


 うん、猫だったらペットとして飼えそうだね。


「そうだ、ミルクを上げよう」


 僕は赤ちゃん猫を抱えたまま、菜園でミルク――牛乳を収穫する。

 ちなみに牛乳はヤシの実のような形で栽培され、実を割ると中から出てくるのだ。


「ほら、飲めるか?」

「ニィー」


 赤ちゃん猫はペロペロと小さな舌で牛乳を舐めていく。


「ニィニィー」

「そうか、美味しいか。たくさん飲んで大きくなるんだぞ」

「ニィー」

「あ、そうだ、名前を付けないとな」

「ニィ?」


 何がいいだろうか。

 身体が白いし、何かそこから連想できるものは……雪……氷……白髪……。


 と、そこで牛乳が目に入る。


「よし、今日からお前の名前はミルクだ」

「ニィニィ」


 気に入ってくれたようだ。

 まぁさっきからずっと牛乳を飲むのに夢中で、一切こっちを向かないけど。


 こうして我が家にはミルクという新しい家族が増えたのだった。







「ただいまー」


 その日の夜、妹が帰ってきた。


「おかえり」

「うー、疲れたよー」


 初めての泊りでの冒険だ。

 セナはぐったりした様子でリビングのソファに寝っ転がった。


「ニィニィ」

「それで、どうだったんだ?」

「お兄ちゃんの氷冷ポーションのお陰で順調に探索できましたー」


 セナは不貞腐れたように言う。


「ニィニィ」

「よかったじゃないか。火山エリアってなかなか探索が難しいところなんだろ?」

「うー、よくないよー。って、さっきから何か鳴いてない?」


 そこでようやく僕の腕の中にいるミルクに気づいた。


「お兄ちゃん、何その子!? かわいい! 子猫!?」

「ああ。飼うことにしたんだ」

「拾ったの!?」

「まぁそんなところだ」

「ふえー、よしよーし」

「シャーッ」

「痛っ……噛まれた!?」

「無遠慮に頭を触ろうとするからだ」


 いきなり手を伸ばしてこられて、びっくりしたのだろう。

 涙目になるセナを余所に、僕はミルクの身体を撫でて宥めてやる。


「うえーん、お兄ちゃんがあたしよりペットの方を大事にしてるーっ!」

「はいはい。それより晩御飯できてるから食べるぞ。ミルクもミルク飲もうなー?」

「ニィニィー」


 よしよし、お前は誰かさんと違って素直で可愛いな。

 セナが冒険者になってからは家で一人になることが多かったのだが、ミルクがいれば寂しく感じることもないだろう。


「完全にお兄ちゃんを取られた……」

「ニィ?」

「くっ、自分こそが妹? 違うもんっ、お兄ちゃんの妹はあたしだけだよ!」

「なに訳の分からないこと言ってるんだ」


 そもそもミルクは雄だぞ。


「今日の晩御飯はー?」

「こら、ナイフとフォークを振り回さない。行儀が悪いな」


 今日は茹でたジャガイモをソーセージや玉ネギと一緒に痛めた料理だ。

 ジャガイモや玉ネギはせっかくなので菜園で収穫した高品質のものを使ってみた。


「わーっ、美味しそう! いっただっきまーす」


 セナは僕の注意など右から左で、パクリ。








「おーい、セナ。帰ってこい。おーい!」

「はっ!? お、お兄ちゃん?」

「やっと戻ってきた……」


 セナの目の焦点があったことに、僕は安堵する。


「え? 何があったの?」

「ご飯の途中に意識が飛んでいたんだ」

「えー、なに言ってんの、お兄ちゃん? ご飯食べながら寝ちゃうとか、子供じゃないんだしさー」

「いや、寝てたってわけじゃないんだが……」

「あれ? 何であたしナイフとフォーク持ってんの? うわ、これ美味しそう! って、なんかついさっき同じこと言ったような……?」


 ようやくセナは状況を思い出したらしい。


「なにこの料理!? 意識が飛んじゃうくらい美味しいとか、どういうこと!?」

「実はな、高品質の野菜を作れるようになって……まぁ食べるたびにこれじゃ、普段は使わない方がよさそうだな」

「もぐもぐもぐ! 美味しいぃぃぃぃぃっ!」

「聞いちゃいねぇ」

「おかわりおかわりおかわり!」

「どんだけおかわりする気だよ!? あと目が怖い!」

「やめられない! とまらない! 永遠に食べていたい!」


 リルカリリアさんが言っていた通りかもしれない。

 やっぱりこの野菜、危険だ……。




    ◇ ◇ ◇




「なんやねんこの野菜は!? もうとっくにお腹いっぱいやのに、やめられへん! 中毒性ヤバいやろ!?」


 ジオが高品質野菜の危険性を実感していたちょうど頃、リルカリリアもまた爆食いしていた。

 もちろんジオから貰った野菜たちだ。


 最初は一口だけのつもりだった。

 だが満足できずに二口、三口といったときにはもう沼にはまり込んでしまっていた。


 気づけばたくさんあったはずの野菜が、あと少ししか残っていない。


「うちの思うた通りや! こんなん売り出したら、ほんまに戦争が起きるわ! そこまで行かへんでも、裏組織が目をつけて破産者が大量に出るで! 麻薬と一緒や!」


 ちなみにこれが彼女の素の喋り方である。


「はっ……も、もうないやん……」


 やがてあっという間にすべて食べ尽くしてしまった。


「いやいや、また貰いに行けば……きっと彼なら快く譲ってくれるはず……って、あかんあかん、さすがにこれ以上は……」


 商売人として培ってきた忍耐力で、どうにか欲望を振り払う。


「それにしても……ほんまにとんでもない取引先を見つけてもうたで……。もしあのギフトの存在が知れ渡ったりなんかしたら……うん、考えとうないわ……」

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