第15話 もっと薬草を売ろう

「な、なに……これは……?」


 マーリンは前髪の奥で目を見開いていた。

 彼女が凝視しているのは、たった今、調合したばかりの回復ポーションだった。


 回復ポーションはその品質や性能により、並、上、特上といったふうに評価される。

 もちろん実際に使ってみればその効果はすぐに分かるのだが、【薬師の目利き】というギフトを持つマーリンには、見ただけで品質を判別することが可能だった。


「上級……ううん、違う……これは間違いなく、特上……」


 特上の回復ポーションなど、ほとんど市場に出回ることはない。

 当然マーリンでも作れたことはなく、過去に一度だけ実物を見たことがあるだけだ。


「まさか普通に作っただけで……特上の回復ポーションができるなんて……。あのエイム草……本当にどこで採取してきたの……?」


 ともかく、こんなものを店に置いていたら大変なことになってしまう。

 ここは個人経営のしがない薬屋なのだ。


「薄めたやつを売るようにしよう……」


 せめて上級くらいの回復ポーションになるように調整することにしたのだった。



    ◇ ◇ ◇



「お兄ちゃん、聞いたよ!」


 妹がドタドタと騒がしく家に帰ってきた。


「マーリンさんのところに薬草たくさん売ってくれたんだって!」

「ああ。栽培できるようになったからな」

「お陰でいっぱい回復ポーションが手に入ったよ! しかも安く!」

「それはよかった」

「全然よくないけどねー。だって、その分、長時間の冒険ができるようになっちゃうもん」


 妹は不満そうだ。

 余計なことをしてくれたと言わんばかりである。


「でもシーファお姉ちゃんは喜んでいたよ! 今度、何かお礼をしたいって」

「ほ、本当かっ?」


 やったぜ。作戦通りだ。


 シーファさん、どんなお礼をしてくれるのかな……?

 ま、まさか、デートとか!?


「どうしたのお兄ちゃん? ニヤニヤして」

「べ、別に」

「いつもより気持ち悪いー」

「うるさい」


 と、そこで窓の外に向けられたセナの目が、大きく見開かれる。


「ちょっ、お兄ちゃん!? なんか庭が広くなってない!?」

「広くなったぞ」

「隣にあった家が無くなって、繋がってる! どういうこと!?」

「そこもうちの土地になったんだ。だから菜園を広げておいた」

「ふえー。ゴーレムも増えてない?」

「ああ、一体だけだと心許ないからな」


 菜園が広がった分、守るべき範囲も増えたので、新たに二体を増やしておいたのだ。


「なんだかもう、何でもありだよねー」

「そうでもないぞ。菜園にできるのは所有している土地だけで、その辺の道路を菜園にするのは不可能だ」

「ふーん。じゃあ、誰のものでもない土地なら幾らでも作れるってこと?」

「幾らでもは無理だ。最大面積が決まっているからな」


 もっとレベルが上がればそれも増えていくだろう。

 まぁでも、実際にそこまで拡張することはないよな。






 翌日、僕は新たに栽培した薬草を持ってマーリンさんの薬屋を訪ねた。


「いらっしゃいませー。あ、この間の」

「こんにちは、デニスちゃん――じゃなかった、デニスくん」

「うぅ……どうせボクは女の子にしか見えませんよ……」


 ちょっと間違えちゃっただけだから、そんな可愛い顔しないで。

 余計、女の子に見えてきてしまうし。


「……いらっしゃい……」


 マーリンさんが相変わらずアンデットっぽく店の奥から現れる。


「エイム草……持ってきてくれた……?」

「はい。これです」

「……すごい……こんなに……」


 マーリンさんは目を見開いて、


「本当に……どこで採ってきているの……? あり得ないくらい品質がいい……すごく魔力に満ちているし……この近くだと、ダンジョンの奥にでもあるかないか……」

「え、ええと……それは企業秘密ということで」

「……」


 マーリンさんは懐疑的な視線を向けてきつつも、それ以上は追及してこなかった。

 さらに僕は一緒に栽培しておいた他の植物をカウンターの上に置く。


「これは……?」

「何か使えそうなものとかありますか?」


 マーリンさんは一つずつ確認していく。


「……このビーラ草は……毒草……剣に塗ったりすれば……大型の魔物にも効く……。……シイ草は逆に毒消し草……。デエフ草は別名痺れ草……食べると身体が痺れる……麻酔薬として使われることもある……。ジィーチ草は眠り草……睡眠薬になる……」


 さすが薬師、知識豊富だ。


「っ……これは……ファイ草……? 別名、火吹き草……投げると爆発するファイアポーションの原料になる……」


 そんなポーションがあるのか。

 ポーションって飲むものばかりと思っていたけど。


「これも珍しい……ヒヤリ草……図鑑で見たことあるだけ……実物は初めて……こっちのエアー草も……。ピカピカ草は暗いところでも光る草……松明代わりに使われる……。マガリ草は魔物避けポーションの原料……」


 マーリンさんがカウンターから身を乗り出してくる。

 前髪の奥で瞳が爛々と輝いていた。怖い。


「これ……全部、売ってくれるの……?」

「いいですよ」

「やった……薬師としての……腕が鳴る……」


 マーリンさんは嬉しそうだった。

 変わり者ではあるけど、やっぱり優秀な薬師なのだろう。


「ぐふふふ……痺れ草で……デニスちゃんを……」


 ……もしかして渡してはいけなかったかもしれない。

 ごめん、デニスくん……僕には何もできないけど、陰ながら応援してる。頑張って。

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