第6話 冷めても美味しい焼き芋
セナが兄と暮らしているのは、アーセルという地方都市だ。
この辺り一帯を治めている領主は子爵位であり、貴族としての権力はそれほど高いわけではない。
しかし経済的には周辺の領主たちよりも潤っていた。
というのも、ここアーセルからほど近い場所にダンジョンがあるためだ。
ダンジョンは魔物が巣くう危険な迷宮だ。
だが貴重な素材を入手することが可能で、それゆえダンジョンを管理している領主は、そこから大きな収益を得ることができる。
そのダンジョン探索を積極的に行っているのが、冒険者たちだ。
冒険者ギルドに所属している彼らは、大きな危険と引き換えに、一攫千金を目指してダンジョンに挑んでいた。
セナが属するパーティもその一つ。
シーファがリーダーを務めており、女ばかりという珍しいパーティである。
セナが加入したことでメンバーは四人となったが、一人事情により離脱中なので、現在は三人で冒険中だ。
朝からダンジョンに潜っていた彼女たちは、比較的見通しがよくて安全な場所に陣取り、しばしの休息を取っていた。
各々、栄養補給のために携行食を口にする。
大抵は持ち運びやすくて腐りにくいビスケットだ。
ただ、硬くてあまり美味しくない。
シーファが大人しくもそもそと食べる一方で、アニィは口に放り込みながら「ほんとこれ不味いわよね」と愚痴を垂れていた。
【狩人の嗅覚】を持つアニィはパーティのレンジャーなので、一応周囲を警戒しながらの食事だ。
「ん~っ! 美味しい~っ!」
そんな中、広々とした洞窟にセナの声が響いた。
彼女の手にあったのは、見たことのない黄金色の食べ物だ。
シーファが訊く。
「何を食べているの?」
「なんかサツマイモっていうらしいよー」
黄金色の周囲は紫色の皮で覆われていた。
セナの返答に、シーファは首を傾げる。
「サツマイモ?」
「あたしもよく分かんない。でも美味しいよー」
セナが「食べてみる?」というふうにシーファの口元へ差し出す。
うん、と頷いたシーファは、黄金色のイモに小さく噛りついた。
「っ!」
その目が見開かれる。
「お、美味しい……」
「でしょでしょ? 本当はあつあつだともっと美味しいんだけど、冷めてても十分美味しいよね!」
「うん。本当にイモ? 果物みたいに甘い……」
そこへアニィが割り込んでくる。
「わ、わたしも食べたい!」
「いいよー」
差し出されたサツマイモを、アニィは遠慮することなく、あむっ、と食いついた。
「~~~~っ! な、何これ!? すっごい美味しい!」
「でしょでしょー」
「サツマイモだっけ? 初めて食べたんだけど、何でこんなに美味しいのっ?」
「ふっふっふー」
「ちょっと、教えてくれたっていいでしょ!?」
セナは勿体ぶるように笑う。
結局アニィの質問には答えずに、カバンの中から別のものを取り出した。
「じゃーん、リンゴ!」
「そんなの持ち歩いてたの!?」
驚くアニィを他所に、セナはリンゴに噛り付く。
しゃりっ、といい音が鳴った。
「ん~、甘くて美味しいっ!」
リンゴは見ただけで瑞々しくて新鮮だと分かった。
それもそのはず、今朝、家を出る直前に収穫したばかりなのだ。
「「ごくり」」
シーファとアニィの喉が鳴った。
「食べるー?」
「「食べる!」」
即答だった。
「美味しい……こんな美味しいリンゴ、初めて食べた……」
「何このリンゴ!? すっごい甘い! 蜂蜜かけてるみたい……。ねぇこれ、どこで手に入れたのっ?」
リンゴは市場で買うことができるが、収穫から時間が経っている場合が多く、鮮度には期待できない。
それでも高くてなかなか買えないのだ。
セナは二人の反応に満足そうに頷くと、胸を張って言った。
「実はねー、さっきのサツマイモもこのリンゴも、お兄ちゃんの菜園で収穫したんだー」
「ジオの?」
「どういうことっ?」
◇ ◇ ◇
「お兄ちゃん、ただいまー」
「おお、お帰り、セナ。って、シーファさん!?」
ここ最近では当たり前になったセナの帰宅。
いつもの調子で玄関で出迎えると、不意打ちのように僕の想い人であるシーファさんが一緒にいた。
「突然ごめんね。お邪魔していい?」
「も、もちろんです! シーファさんならいつでも歓迎します!」
「ちょっと? わたしもいるんですけど?」
アニィが僕を睨みつけていた。
「ごめん、気づかなかった」
「ぶっ殺していいかしら?」
僕はリビングへとシーファさんを迎え入れる。
ついでにアニィも。
「えっと、それで何の用ですか?」
「セナに聞いた。ジオのギフト、【家庭菜園】……すごいって。天下取れるって」
「い、いえ、そこまでは……」
セナのやつ、やっぱり大袈裟に言い過ぎだ。
【家庭菜園】で天下とか、意味が分からない。
「リンゴとなんとかイモを食べさせてもらった。すごく美味しかった」
「ほ、ほんとですかっ? ありがとうございます!」
まさかシーファさんにそう言ってもらえるなんて。
僕は天にも昇る思いになった。
感動に浸っていると、アニィが肘で僕の腰を突いてきた。
「ちょっと俄かには信じられなかったから見に来てやったの。ほら、とっとと見せな」
「え? 何を?」
「あんたの家庭菜園に決まってるでしょ。えっと、こっちが庭だったっけ」
アニィはそう言いながら、勝手に庭の方へ。
「……は?」
そして庭に広がる光景を前に、呆然としたように立ち尽くした。
「ね、ねぇ……これは幻覚?」
「アニィ? どうしたんだ?」
「木に肉がなってるように見えるんだけど……?」
「ああ、もうすぐ収穫できそうだな」
「収穫!? いや、肉ってそんなふうにできるものじゃないでしょ!?」
「あれ? そうなのか?」
「え?」
「……え?」
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