第1話 入学準備
風で葉が揺れる音が心地良い。木漏れ日がチロチロと瞼を直撃して、目が覚める。
「ふぁ〜あ、寝ちゃってたんだ。」
本を広げたまま机で眠っていたようだ。身体が痛い。鉄錆色(昔、近所の子に言われてショックだった)の髪が絡まってしまった。さて、と重い腰を上げて階段を降りる。すると、なんだか香ばしい匂いがしてきて足取りも軽くなっていく。
「ふふ、顔にあとがついてるわ。こんなんで寮生活大丈夫かしら?パンケーキが焼けてるから手を洗ってらっしゃい。」
「はーい。」
私、ユリカ・ウィンスレットは来月からこの実家を出て、北の王都にあるソレイユ魔法学校へ入学が決まっている。現在12歳で、6年間学んだ後、留年などしなければ18歳で卒業となる。まぁ今は最後の実家暮らしを満喫しているというわけだ。
洗面所へ行き、ふよふよと浮いている水の塊の下へ"手を洗いたい"と魔力をこめつつ手を出す。するとちょうど良い量の水が出てくる。
そう、この世界は魔法で溢れかえっていた。小さな頃から日常的に使う魔法は親や周りから教えられ、使うことが多いものは訓練し大体10歳くらいまでには無詠唱で使えるようになる。私は今使えるほとんどの魔法を母カトリーナに習った。
手洗いと目覚ましついでに顔を洗ってから食卓へ向かうと、4歳下の弟グレンがパンケーキを美味しそうに頬張っている。
「お姉ちゃん、子供部屋は僕の部屋になるんだって!」
「そうよね、はやく片付けるわ。ちょっと手伝ってくれる?」
「うん!」
優しくて、素直で、綺麗な栗毛色の髪を持ったとても将来が楽しみな弟である。これから反抗期に入ってグレたりするのかな。ぜひ見た目も性格もイケメンに育って欲しいとひっそり願う。
ちなみに私には前世の記憶があったりして、地球の日本という国で病院薬剤師として働いていた。ただ、20代半ばまでの記憶しかなく、恐らく突然倒れて死んだようだが詳しくは分からない。特に病気もなくピンピンしていたので、記憶というより夢を見ていた感覚に近い。
そんな記憶もあるからか、科学的に説明できないことを起こせる魔法が好きだ。とっても便利だしね。ただPCやスマホ、ゲーム、漫画、テレビ…欲を出したらキリがないが、便利さを知ってるが故に今世にもあったらなぁとつい思ってしまうことも多いにある。
自分もパンケーキを食べ、寮生活に向けて部屋の整理と荷造りを、弟をこき使いながら進めていった。
*
入学式の2日前、陽も登りきらない早朝。
荷物をまとめ終えた私は、学園からの迎えを待っていた。
学園の生徒になる者は、持っていく荷物をまとめたら送られてきた案内のもと指定の時間に……屋根の上に登るよう指示を受けていた。
「落ちないよう気をつけて!あぁ!危ない!」
うわっと。
母の心配もそのはず、我が家の屋根は綺麗なオレンジ色の洋瓦が敷き詰められた、切妻屋根である。その上に大きな荷物を抱えつつ立っているので、心配するのも無理はない。
「大丈夫!こう見えて私体幹鍛えてるから〜!っておっと危ない、へへへ。」
「もーヒヤヒヤするじゃない!油断しちゃダメよ!全く、なんで迎えの待機場所が屋根の上なのかしら…」
すると、突然目の前の空間が白く輝き始めた。
輝いていた中央部分が歪み、その中に列車のドアが出現する。
「お待たせ致しました。ユリカ・ウィンスレット様でお間違えないでしょうか?」
「すごーい!あ、はい、間違えありません!」
中から現れた車掌さんの格好をした猫に確認を受けると、ドアが開き中に入るよう誘導される。
「気をつけて行ってらっしゃい!休みはちゃんと帰ってくるのよー!」
「分かってるってば!それじゃあ行ってきます!」
一生の別れでもないのに少し涙ぐむ母を背に、私は勢いよく列車に乗り込んだ。
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