第8話 がむしゃらな俺
「はい、今週分のファンレター」
仕事前に事務所に寄って、手渡された1通の封筒。
SNSを始めてからは
ライブやイベント、出演作への感想は
コメントでもらえるコトが増えたので
以前と比べると、手紙は減ってはきている。
けれども
この前初めて手紙をくれたあのヒトからは
まだ時々、こうして届くようになっていた。
本人
SNSも見てはいるけれど
若いファンに遠慮して
コメントなんてとてもじゃないが出来ないらしい。
いいね!だけ、ぽちっているらしいのだが
コメント数の数百倍のいいね!が(なぜか)つく中から
そのヒトを探してみようとする気は、起らなかった。
(そもそも、俺、ヒトに対してあまり興味がないし)
そうそう
こういうドライなヤツだよ、俺は。
今回の手紙は
青い羽根モチーフのキレイめな
本人
少ない枚数にまとめたらしい。
(反省って、まぁ、確かに多かったけど)
案外、読んでしまえばあっという間だったし
全然気にしてはいなかった。
(ちゃんとしてるんだな、きっと)
先の見えない不安の中で
キモチがひどく沈んでいたところに
偶然、動画サイトで観た過去のライブ映像で
俺のコトを知ったらしい。
そこから
関連する作品やドラマCDとかで、声や芝居を知ってくれたり
ライブでのパフォーマンスも、さかのぼって何度も観てくれたりして
いろんな思いが癒され、救われ、たくさんの元気を頂きました
と、
感謝の言葉をたくさんたくさん
手紙に書き綴ってくれていた。
そんな風に言ってもらえると
なんだか、胸の奥のほうが
ぎゅっ、となった。
(こんな俺でも、ちょっと感動してる・・・照れくさいけど)
☆
『たくさんのヒトをシアワセに出来る仕事なんだよ』
たしかに、そう思う。
そうして、たくさんの(素敵な)夢を
この仕事に
何より、俺自身にも
見い出そうとしていた。
でも
そうすれば、するほど
泥を舐めるようなキモチも
たくさんたくさん
味わってきた。
(いつだって、先の見えない不安でいっぱいだよ)
そんな俺の思いは
どうやったら
癒され、救われていくんだろう。
(成功すれば解決するのか?)
「成功って、なに?」
たくさんのファンが応援してくれている、とか
有名になっていろんなメディアにも引っ張りだこ、とか
お金持ちになって死ぬまで贅沢三昧できる、とか
(発想が乏しいな)
それもアリだろうけど
たぶん、そうじゃない。
(たぶん)
仕事も、俺の人生も
いつだって
『答えのない現実』ばかり。
なにが正しくて、なにが間違い?
どれも間違いじゃないのかもしれない。
どれも正しくないのかもしれない。
それでも
今、
考えて、考えて、考え抜いて
挑み続けていかないと
生きてはいけない。
才能のあるヤツはごまんといる。
そう
『特別』で『選ばれたヒト』だ。
俺はまだ、どちらでもない。
(もしかしたら、どちらにもなれないのかもしれないけれど)
今、この世界で生きている俺は
『特別』でもなんでもない。
『選ばれたヒト』でもない。
あくまでも
大多数の声優の中での
ほんのいち声優でしかない。
(モブ、とまでは言わないけど)
どんな大人気コンテンツに入っていようが
毎週放送されているアニメの主要キャストであろうが
終わりは必ずやって来る。
よっぽどの成果を上げて、直々にオファーがくるようになればまだしも
10年もがき続けて、やっと今の立ち位置にいさせてもらっている俺は
(まだまだ・・・なんだ)
☆
これからの『夢』として
『やってみたいコト』って何だろう。
まだよくわからない。
『出来る
『与えられた
ただただ
がむしゃらにやっているだけだけれど
きっと俺には
今はまだ、これで充分なんだ。
(これはこれで、楽しんでやってる)
次回につながるチャンスなんて
俺が求めたからといって、舞い込んでくるようなモノでもないし
運やタイミング的なコトだって、正直あると思う。
(じゃあ、それを掴むためには、どうすればいいか)
・・・
よくわからない。
だから
がむしゃらに
いくつもいくつも
もぎ取っていくしかないんだ。
もしかしたら、そのどれかなのかもしれないし
もしかしたら、そのどれもなのかもしれない。
(もしかしたら、まだどれでもないかもしれないけれど・・・)
ためらうな。
『出来る
もっともっと増やしていけば
いつかは
これからの『夢』として
『やってみたいコト』が見つかるかもしれない。
たどり着けるかもしれない。
そしていつか
『特別』で『選ばれたヒト』に近づくために
なるために・・・
「なりふり構っていられないんだ」
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