第5話 声優の俺

「はい、今週分のファンレター」


仕事前に事務所に寄って、手渡された1通の封筒。


(美文字とは言えないけど、大人のヒトかな)


入念に触ってみても紙しか入ってない様子なので


そのままカバンに入れて現場へと急ぐ。


大きなライブが終わったばかりで興奮が冷めやらない。


無観客でも、まだこんなにキモチが高ぶっているんだから


以前みたいにまた、大勢のファンの前でのライブが実現したら


もう燃え尽きて、当分は抜け殻になってしまうんじゃないかと思う。


(あれは本当に特別な体験なんだよな)


        ☆


キャラクターになりきって歌い踊るなんて


年相応が衣装負けして、んじゃないかと


この仕事を始めた時は、そんな複雑な申し訳ないキモチでいっぱいだった。


でも


いくつもオーディションを落ちる中で


その都度、全力を注いで


やっともぎ取ったこの仕事。


やるしかない。


やる演じるんだ!


やりぬいて演じきってやるんだ!!



右も左もわからないまま、言われるがまま


イベントやレコーディングにも参加した。


歌はむしろ好きで、やりたい仕事コトだった。


ただ、トークに至っては、なかなか難しくて


(俺はもともと、人前に出るコトよりも、大人しく本でも読んでいたいヒト)


まわりの後輩たちのノリや話題についていけなかったり


いざ話を振られても、的を得ない返ししかできなかったり


まるでいいトコなしの、冴えない先輩だった。


でも、適当にイジられて、笑われて終わるコトが多くても


不思議と腹がたたなかった。


むしろ


(なんか、楽しいな)


と思っていた。


そのうち、『イジっても優しく許してくれる先輩』として


なぜか好感を得て、まわりの反応が良くなってきた。


(こんな俺でも、受け入れてもらえたのかな・・・)


少しずつだけど


以前ほど、トークも嫌いじゃなくなってきた。


        ☆


初めてのライブは


くりかえしくりかえし、どれだけ練習に練習を重ねても


本番は、もういっぱいいっぱいで


立っているだけでやっとだった。


(としか記憶にない)



正気に戻って辺りを見回すと、とてつもなく大きな歓声と拍手が


大きな光の渦になって自分たちを取り巻いて、キラキラと輝いていた。


(あくまでも個人の感想)


「すっげぇ・・・」


なんだか訳のわからないモノが、いろいろとこみ上げてきて


人生で初めて


人前で、声を上げてぐしょぐしょに泣いた。


(キャラ、崩壊してんじゃないか)


しょうがないだろ、この状況じゃ。


        ☆


レギュラーの声撮りを終えて、次の現場へと向かう。


(まだちょっと時間あるな)


SNSへのネタも兼ねて、期間限定のドリンクを求めてシアトル系のカフェへ行く。


『ご当地ドリンクって、全国制覇したくならない?ww』


ぽちっと。


 →『昨日飲みました!たしかに、他も気になるのがたくさんあったー!』

 →『減量あけのホイップクリーム解禁!?おめでとうございます♪w』

 →『地方ですが、地元のドリンク貼っときます!ぜひ制覇にいらして下さいw』


・・・


(東京のご当地感ってなんなんだろ)


甘さがカラダに染み渡るというか、久々の糖類に血糖値が爆上がりしそうで震える。


(ほどほどにしとこう)



「あ」


そういえば1通だけ届いていたファンレターがあったな。


(切手、そんなに料金心配だった?)


84円で届くか不安だからか、追加で52円切手が貼ってあった。


中を開けてみると、シンプルな便箋がキレイに折りたたまれていて


その枚数は8枚。


(8枚!?ながっ!!)


その重さか厚さかで、料金が不安になったのかもしれない。


(ちゃんとしてるんだな、きっと)


1枚当たりの行数が少なめで、ワンポイントモチーフのシンプルな便箋。


初めてのファンレターだというこのヒトは


精一杯のキモチを丁寧に、失礼のないように気遣いながら


少し堅苦しい、で綴っていた。


(だからこそ「8枚」になってしまったのかな)


読み進めながら、最初の失礼な思いを反省しつつ


少し、嬉しくなっている自分がいた。



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