第29話 同士、同志


「でね、ナツったら── 」


「ハッハッハ、それでどうなったんだい?」


 おじいちゃんの家で近況報告。

 ここに来ると、なんだか心が和らいで……

 まるで本当の実家にいる感覚がする。

 

 いや、実家だよな?ん?あれ?


 そういえば……普段は人がたくさんいるけど、今日は何故か人影が見えない。


「おじいちゃん、どうして今日は人がいないの?」


「ナッチ気づいた? 今日から夏休みなんだよ」


「えっ? 極道にも夏休みってあるの!?」


「働き方改革ってやつよ。なんでもメリハリが大事だからね」


 ブラックなのかホワイトなのか。


【やってる事は真っ黒だよね】


 やめーや。


「それにしても……ナッチ、イイ顔になってきたね」


「えっ?」


「なにかキッカケがあったのかな?」


「キッカケっていうのかな……この前── 」


 ◇  ◇  ◇


「そうか、思い出してしまったかい……」

 

 目を閉じると広がる記憶。

 いつまでもこびりつく血の匂い。

 声にならない叫び声。


 自然と手足が震えてくる。


 それを抑えるように、ハナが優しく手を握る。

 早まる鼓動は、少しずつ落ちついてきた。


「……ナッチ、人ってのはね、どうやったって一人じゃ生きていけないものなんだ。いつしか限界がくる。ハナちゃん、ナッチと仲良くね」


「はーい♪」


 軽く聞こえる返事だけど、誰よりも私の事を考えてくれている。

 ……なんか違和感があるな。


「ハッハッハ、いいなぁ青春で。なぁ、フジ」


「……」


「フジ、どうした?」


「すみません。少々考え事をしていまして……」


 フジさんはどこか上の空。

 らしくないっていうか……

 いつもは獲物を狩る野獣みたいな雰囲気だけど……


「ナッチ、蒼一達の事も思い出したのかい?」


「蒼一?」


「そうか、まだか。いつか思い出すだろうが……ナッチの両親。父は蒼一、母は若葉。明日はお盆、二人の墓に行ってきたらどうかな? 勿論無理はして欲しくないが」


 両親、二人の墓。

 やっぱりこの世にはいないのか……


 その事実に、胸が締め付けられる。

 蒼一……若葉……


「フジ、二人を家まで送ってやってくれ。二人とも、明日フジが迎えに行くからね」


「うん分かった。おじいちゃん、暑いから体調管理しっかりしてね。また来るから」


「ナッチ……おじいちゃん感激」


 涙を流して喜ぶおじいちゃん。

 唯一の家族、少しは孝行出来てるかな?


「あははっ、大げさなんだから」


「ハッハッハ…………フジ、ネズミが4匹彷徨いてる。二度と近づかないようにしておけ。二人に何かあったら……分かってるな?」


「大丈夫です。三度目はありませんから」


「だろうな、頼むぞ」


 何やら物騒な予感。

 何事もなければいいんだけど……


 ◇  ◇  ◇


 今時のヤクザは、ワンボックスカーが主流らしい。

 窓から見える景色は歪んで見える。

 これって防弾ガラス……?

  

 ……明日のお墓参り。

 お線香とお花を買っていかないとな。


 狭い路地に入ると、前方に車が横向きで道を塞ぐように止まっている。

 

「……お嬢様、車の中で待っていて下さい。ネズミ駆除をしてきます」


「フジさん……」


「大丈夫ですよ。お嬢様の笑顔は私が守りますから」


「わー……ナツ、まるで映画みたいだね♪」


 呑気なハナ。

 肝が座っているというか。


 後方からも車が来た。

 俺たちの車は挟み撃ち。

 二人ずつ乗っているみたいだから、合わせて四人。

 四対一か……

 どうすればいい?

 下手に動けばフジさんも危険に……


「ハナ、万が一弾が飛んでくると困るから頭を伏せてよう」


「フジさんを見てようよ」


「でも……」

 

「あの人、ナツの事好きだよ」


「えっ!?」


「ナツはそういうの鈍いもんね。私は分かるよ。私だってナツが好きなんだから」


「そ、そうなのかな……?」


 何やら言い争っている。

 辛うじてフジさんの声が聞き取れた。


「貴様ら、誰を相手にしてるか分かっとんのか!!!」


 凄い……

 あれがフジさんの裏の顔……


 でも……みんな銃を持ってる。

 フジさんは見たところ素手だ。


「こんな所でドンパチしてたら警察来ちゃうよね」


「……銃の先にサプレッサーっていう音を抑えるやつがついてる。何発もやらなきゃ通報されないんじゃないかな」


「ナツよく知ってるね……あっ、フジさん危ない!」


 壁を背に四人に囲まれている。

 フジさんは素早く一人を殴り倒し、引き金を引く前にしゃがみ込む。

 そのまま低空で回し蹴りをかまし、二人目を倒す。

 倒れ込んだ相手の頭を踏み潰し叫んでいる。

 怖ぇ……


 一人を相手にしている隙きに、もう一人がこちらに向かって走ってきた。


「やばい! ハナ、しゃがんでて!!」


 車のドアをこじ開けようとしている。

 大丈夫……だよな?これ……


「ナツ……怖い……」


「……大丈夫、私が守ってあげるから」


 ハナを覆うように抱きしめる。

 撃たれてもハナだけは助けたい。


 もし何かの拍子にドアが開いてしまったらどうしよう……

 こうなったら……


 ドアを思い切り開け、男にぶつける。

 急いで外に出てキン○マを蹴り上げる。


「コンニャロー!! ハナに手を出してみろ!! 許さねぇぞ!!!」


 何回も何回も玉を蹴る。

 倒れた所をさらに踏みつけた。

 嫌な感触が靴裏から伝わってくる。

 

【もうヤメて……見てるこっちが……】


「ハァハァ……」


 そのままへたり込むと、足がガクガクと震えだした。

 腰が抜けて立てないや……


「ナツ!!」


「ハナ……あはは、怖かったー」


「もう……カッコ良かったよ。無事で良かった……」


「お嬢様!! 大丈夫ですか!!?」


「うん、バッチリ。フジさんも守ってくれてありがとね」


「っ……いえ……その、仕事ですから」


 いつもの仏頂面とは程遠い、人間味のある照れた表情のフジさん。


 この人が私の事を……?


「仕事じゃなかったら?」


 なんて、からかってみる。

 我ながら悪い女になってきたな。


「……お守りしますよ。私はお嬢様の心が壊れる様子を二回見ています。ご学友、御両親……死ぬ程後悔しました。死のうとした所を組長に何度も止められました。仕事などではなく、私個人として……私は……」


 その時気絶していた男が後ろから発砲してきた。

 振り向かずに頭を振り弾丸を避けるフジさん。

 落ちていた銃で背を向けたまま撃ち抜く。

 

「お嬢様が取り戻した笑顔、今度こそお守りします。この命尽きるまで」


 夕焼けを背に、少しはにかみながら笑うフジさん。

 こんなの男だって惚れるだろ。


 これ程までに想われているのなら……

 少しはサービスしないとバチが当たりそうだ。


「ありがとう、フジさん。カッコ良かったよ♪」


 そう言って抱きしめると、なんだか懐かしい匂いがした。


「なっ!!? お、お嬢様……」


 鼻血を垂らして困惑している。

 案外ウブなのかな。

 顔に似合わず可愛いものだ。


「フジさん、ナツは私の恋人なんだからね! 程々にしてよ?」


「いえ……その……お二人の睦まじい姿を見るのも胸が温まるといいますか、心がざわつくといいますか……女の子同士というのも趣があって……その……良いですね」


 さらっと凄いこと言ってるよ。


【嗚呼!! 同志よ!!!(´;ω;`)】

 

 俺は女の子だから……

 誰かに慕われ守られるのも、悪くないよね。


 見せびらかすようにハナがキスをしてきて……

 照れ笑いをすると、フジさんは優しく微笑んでくれた。

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