第6話 尊い


 朝目が覚めると、同じように横になっているハナと目があった。

 その微笑みは、今抱えている悩みを全て忘れさせてくれる。

 

「おはよ、ナツ」


「……おはよう、ハナ」


 昨夜の出来事を思い出してしまい、顔が熱くなる。

 それはハナも同じらしい。


「私の事、キライになってない……?」


「えっ?」


「その……私……昨日……」


 大きな瞳から涙が溜まる。

 溢れるのは時間の問題だ。


「……嬉しかったよ? ありがとう、ハナ」


 この甘い雰囲気に流されるように、優しく抱きしめて背中を擦る。


「うん……よかった」


「なんか照れくさいね」


「ふふっ、そうだね」


 女の子同士の距離感が掴めない。

 こんなに近いものなのかな?

 でも、この甘ったるい感じは嫌いじゃない。


「駅前の喫茶店でモーニングやってるの。一緒に行こ?」


「行きたいけど……その、お金とか持ってないし……」


「私出すよ?」


「でも……」


 JCにお金を借りるとかどうなの?

 倫理とかそれ以前の問題だよね。


【お主も又JC】


 神よ、しかし……


【つまらんプライドは捨てよ! タカれるものはタカれよ!】


 相変わらず屑だな。


【それ即ちヒモの極意なり】


 そんなつもりないからな。


【素直になるのだ】


 ……


「じゃあ……今度返すから今日は……いいかな?」


「うん♪ 着替えて行こ。私の服着ていいからね」


 ハナに服を借り金を借り。

 プライドもヘチマも無いや。


 ◇  ◇  ◇


「へぇ、飲み物頼むとパンと卵がついてくるんだ」


「私アイスティー。ナツは?」


「うーん……ブラックのアイスかな」


 朝のブラックは、俺の日課だった。

 あの酒屋で毎日夏ちゃんと……


 っ!!?


 胸が裂かれる程の痛みが襲う。

 まるで、心と身体が乖離していくような感覚。


「はぁ美味し……ナツ!? 大丈夫!!?」


「う、うん……ちょっと……ヤバいかな……」


 なにコレ?死ぬの?


【早くコーヒーでも飲んで落ち着くのだ。お主はお主、ろくでもない会社員であり可憐なJC。どちらもお主だ】


 震える手でコーヒーを啜る。

 なんだか懐かしい香りだな……

 胸の痛みは消え去り、ハナの暖かい手の感覚だけが背中に残っている。


「もう大丈夫だよ。ありがと、ハナ」


「本当に……? 帰ったほうが……」


「せっかく来たんだし、もうちょっと一緒に楽しみたいな。ね?」


「うん……」


 まだこの身体に心が馴染んでないからか……

 毎回こんな痛みに耐えなきゃならんの?


【お主にはJC成分が足りんのだ。心まで可愛くなりなさい】


 そうすれば平気なの?


【知らん】


 このクソ神め……

  

 ◇  ◇  ◇


「美味しかったね。ハナ、ご馳走さま」


「うん、ナツと来れて良かった。ナツ大丈夫?」


 しきりに心配してくれる。

 優しいな、ハナは。

 ……ん?なんだコイツら。

 目の前にはチャラチャラした男二人組。


「お姉さん達何してるの? 俺達ちょうど暇なんだよね、一緒に遊ばない?」


 ナンパかい。

 ハナは……俯いて俺の服の端を掴んで怯えている。


「……私達暇じゃないから。悪いけど他当たってもらえる?」


「いいじゃん遊ぼうよ、ね?」


 馴れ馴れしく肩を組もうとしてきた。

 うっとおしいのでそのまま腕固めをキメる。


「痛っ!!? 離せよ!! なにすんだ!!」


「……しつこいからでしょ? 帰ってよ」


「チッ、この女……いい気になるなよっ!!」


「うるせー!!」


 キン○マを思い切り蹴り上げる。


【Oh, Jesus!!】 

 

 お前も神だろ。


「もう近づかないでね。いくよ、ハナ」


「は、はい……」


 ◇  ◇  ◇


「あー怖かった、ハナ大丈夫?」


「……」


「ハナ?」


 俯きながらも、ハナが抱きついてきた。

 相変わらずいい匂いがするし、鼓動が速くなる。

 でもそれは俺だけじゃないみたい。


「ナツ、凄くカッコよかった」


「あ、ありがと……」


 目が合うとハナは目を閉じた。

 これって……


【行け!! 行くのだ!!】


 倫理もクソもないな。


【女の子にここまでさせておいて何もしないのはけしからん!!】


 俺も一応女の子なんだけど。


【尊いじゃん!? JC同士のKissとか……尊いじゃん!!】


 なんでこんな奴が頭の中に住み着いてるんだろう……


【お主を待っておるぞ? 軽くでいいからしてやれ】


 軽く唇に触れようとした時、しびれを切らしたのか、ハナが目を開けた。


 勢い余ってそのままキスをしてしまう。


 驚きと、恍惚と。

 真っ赤に染まっていく顔を見て──


【Oh……Jesus……】


 うん、尊いよ。

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