第4話 2つで1つ


 信じられない事が雪崩のように押し寄せる日々。

 当然寝不足にもなる。

 気が付けばハナの部屋で寝てしまっていた。

 

 どこからかいい匂いが漂ってくる。

 

 寝ぼけながら階段を降りると、その匂いは一層濃くなっていく。


「あ、おはよナツ。今ね、ビーフシチュー作ってるの。一緒に食べようね」


 夢の続きは、この無垢な笑顔から始まった。


「寝ちゃってごめん……」


「気にしないで。知らない場所で不安な気持ちって……誰かに甘えたくなるよね」


 そっか……

 ハナも日本に来た時は不安だったんだろうな。

 それでもハナは一人で頑張ってきたのか……


「偉いね、ハナは」


「ふふっ。きっと……この日の為に私は一人ぼっちだったんだよ」


「えっ……?」


「じゃなきゃナツと出会えなかったと思う。なんだか不思議だよね」


 そう言って笑うハナが輝いて見える。

 この身体に馴染んでいないせいか、胸の奥が痛む。


「せっかくだし味見する?」


「えっ!? いいの? ビーフシチュー大好きなんだよね」


「ふふっ。はい、どうぞ」


 小皿に盛られたソレは、今まで食べたビーフシチューの中で1番美味しかった。

 こんな状況でも、少しだけ安心感が生まれてくる。


「ナツって何でも美味しそうに食べてくれるね。作り甲斐があるよ」


「そうかな? ハナが隣にいるからだよ。なんてね」


 笑いながら冗談まじりで言うと、ハナの顔は赤らんでいた。

 色白なのでよく分かる。


「ハナ大丈夫? 熱でもあるんじゃない?」


「だ、大丈夫だよ!! そうだ、来るときに汗かいちゃってたから一緒にお風呂入ろうよ!!」


「えっ?」


「うちのお風呂大っきいんだよ? 私が背中洗ってあげるね♪」


 ……いいのか?

 倫理観が問われる。

 

 俺の中にある倫理の塔。

 俺が歩んできた人生全てが詰まっている。

 紆余曲折した人生だが、それでも崩れる事の無かったご自慢の塔だ。

 そしてこれからも崩れる事はないだろう。

 その塔が出す答は唯一。

 断るのだ、俺よ。


「ほら、ナツ行こ♪」


「うん!!」


 倫理の塔、崩壊。


 ◇  ◇  ◇


「ナツ、なんで隠してるの?」


「いや、なんだか恥ずかしくて……ごめん……」


 確かに大きい。

 ……お風呂の話だよな。


 割り切れ。

 今だけは、今だけは俺は女。


 二人で体を洗う余裕があるほど広い浴室。

 お互いの背中を洗う。


「……ハナってホント色白だな。滅茶苦茶綺麗だよ」


「ナツは白い方が好きなの?」


「うーん……あんまり関係ないのかな。例えば好きになった人が色白だったとしても、それはその人がたまたま白かったってだけで……ただ、ハナの肌の色は凄く好きだな」


「ナツ……照れちゃうよ」


「ご、ごめん……」


「……でも嬉しいな。ありがと、ナツ」


 そう言って、ハナは背中ごしに抱きついてきた。

 神様、ありがとう。


 女の子同士って、こんなに仲がいいのかな?

 野郎同士だったらあり得ない事だ。

 

 でもこのピンクな感じは嫌いじゃない。

 ……心の中の雄が侵食されてきているのかもしれないな。


 ◇  ◇  ◇


 風呂を出ると、ハナは化粧水やらよく分からんクリームを顔に塗っている。

 

「そんなに塗らなきゃいけないの?」 


「えっ? ナツはやってないの!?」


「よ、よく分かんない……」


「……私が教えてあげるね。顔貸して」


 ハナに身を委ねる事にした。

 この姿勢だと、目の前に撓が2つ。


「鼻とか目の下とか、この辺はシミになりやすいからちゃんと塗らないと……うん、いい感じ。ほら、モチモチでしょ?」


 えちえちです……


「ナツも明日から…………」


「……? ハナ、どうしたの?」


「明日の事を考えたら寂しくなっちゃって。ごめんね、大丈夫だよ」


「……」


 俺からハナを抱きしめる。

 何が正解か分からないけど、こうしなきゃいけない気がした。

 慣れない行動に、鼓動が速くなる。


「ハナ……明日って土曜日だよね? その……ハナが良ければなんだけど……えっと……」


「ナツ……ここに居てくれるの?」


「うん、私も帰ったら一人になっちゃうから。なんだかニコイチだね」


「ニコイチ?」


「2つで1つ、っていう意味」


「ニコイチ……良い言葉。ナツと私はニコイチだね♪」


 その笑顔は、とてもキラキラしていた。

 透き通るほど純粋に。


 たとえこの人生がどんな結末になろうとも、この子だけは泣かせたくない。


 只々、神様に願うばかりである。


 ビーフシチューが楽しみだ。

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