第2話 誰の為


「ご馳走さまでした……」 


 結局全部食べてしまった。

 美味すぎる、悪魔的だ……


「美味しかった?」


「うん、滅茶苦茶美味しかった。それに色合いとかも凄い綺麗だったよ。ありがとう。えーっと……ハナさん?」


「ハナでいいよ。明日も食べる……?」


「マジ? いいの── 」


 待て待て。

 明日になれば全てが元通りなるかもしれない。

 出来ない約束はしちゃいかんぞ?


「あ、あのさ── 」


 お昼終了の鐘が鳴る。


「じゃあ明日作ってくるからね」


 ……明日元に戻っても、今日食べた味は忘れないよ。


 ◇  ◇  ◇


「ナツ、作ってきたよ」


 どんなに辛くても、明日は待ってくれないのさ。

 えぇ、元に戻れませんでしたよ。


 ……とりあえず頂こう。


「わぁ……凄いな」


 キャラクター弁当。

 彩りは鮮やかで、野菜を中心に栄養面も考えられている。

 

「これ食べていいの? でも勿体ないよな……」


「うん、どうぞ」


「いただきまーす…………美味い!! なにコレ? メッチャ美味いんだけど」


「ふふっ、よく噛んでね?」


 嬉しそうに微笑む彼女が、とても印象的だった。


 …………もう、戻れないのかな。

 いやいや、そんな事ないぞ。

 諦めるな、なにかキッカケがあるはずだ。

 入り口があるなら出口だって……


 ふとハナを見ると、寂しげな顔をしていた。


「ハナ、どうしたの? 何か嫌な事でもあったのか?」


「……一人でお弁当を食べてても、美味しく感じなくって。でもナツといると、なんだか美味しいの……この国に来てから、寂しい気持ちになる事が多いんだ」


「ハナ……」


 ハナは日本に来てからの事を語りだした。

 差別された事、日本の文化を押し付けられた事、友達が出来ない事。

 俺はただ、その話を聞いてあげた。

 それしか出来ない事を、俺は知っているから。


 話している途中で、ハナは不思議そうな顔をしてきた。


「ナツ、何にも言わないの?」


「え? 何を?」


「私の話を聞いて、何も言わないのは何で?」


「何でって……俺……私はハナじゃないからハナの気持ちは分からないし、気軽にそうだよねとか言えないよ。ただ……話を聞くことは出来るから。辛い時は、一緒にいてあげる事が一番だって思う。寂しかったかもしれないけど、今この時は私が傍にいるから。ね?」


 そう言い終わると、ハナはポロポロと涙を流し始めた。


「私が辛い時……優しい声をかけてくる男の人はいっぱいいた。話すと、その気持ち分かるよとか言ってくるけど、上辺だけだってすぐに分かった。みんなそうだった。私の話をちゃんと聞いてくれなかった。だから、私は人から段々遠ざかっていった。この国の人達が嫌いになった。でも……ナツは違う。私の話をちゃんと聞いてくれた。誰かといるっていう感覚は、凄く久しぶり。ナツ、ありがとう」


「うん、どういたしまして」


 どちらともなく微笑んでしまう。

 なんだか不思議な感覚だな……

 

 現実に戻すかの様に、お昼終了の鐘が鳴る。


「あ、昼休み終わっちゃう。ハナ、ご馳走さま」


「……ナツ、放課後ちょっとお話したいんだけど……駄目かな……?」 


 そんな目で見ないで下さい。

 堪らんです。


「うん、じゃあ教室で待ってるよ」


「ふふっ、ありがとうナツ」 


 あー早く放課後になんないかな。


 ……俺は一体何をしている!?

 JCを満喫してんのか?

 いや、これはハナの為……


 ……ホント、何やってんだよ俺は。


 ◇  ◇  ◇


 帰りのホームルームが終わりポケーっとしていると、入り口でハナがキョロキョロしている。

 ドアに隠れるようにしているのだから、勇気を出してここに来たのだろう。


「ハナ、ここだよ」


「ナツ! 他のクラスなんて緊張しちゃって……でもナツに会いたかったから頑張ったよ」


 なにコレ、可愛過ぎでしょ。


「来てくれてありがと。私も会いたかったよ」


「ふふっ、ナツは日本での初めての友達だから。あれ? 友達……だよね?」


「友達だよ。私もハナが初めての友達だし」


「えっ? ナツもそうなの??」


 やべ、墓穴掘ったな……


「いや、それは、その……話すと長くなるっていうか空は青いっていうか……」


「……聞くよ?」


「でも……信じてくれるか分かんないし……っていうか自分自身信じられない事だし……」


「ナツの言う事なら、私信じれる。だから話して? 私もちゃんと、ナツの話聞くから」


 その真剣な眼差しに押されて、つい口が開いてしまう。


「その……朝起きたら記憶が無くて。鏡を見てもこれが私?って……あははっ、変だよね」


「……変じゃない。大丈夫だよ、私がいるから。大丈夫……」


 ハナは涙を流しながら、俺の手を優しく握ってくれる。

 温かいな……


 この身体で誰かに触れるのは初めて。

 少しだけ、心がほぐれて行く。


「ありがとう、ハナ」


「ううん。何か困った事があったら私に言うんだよ?」


「うん。そういえば、家に帰っても誰もいないんだよね。人の気配がないし……私がどんな生活をしてたのかも分からないし、困っちゃうよね。ホント」


 から笑いをすると、ハナが手を強く握り直してきた。

 お互い、柔らかい手だな……


「……もしよかったら私のお家に来る? 明日は休みだし、ママは出張でお家にいないから、その……私も寂しいし……」


 出張、寂しい……

 っていう事は二人暮しなのかな。


「じゃあ行ってみよっかな。迷惑じゃない?」


「わーい♪ 嬉しい!」


 どこか大人びた感じがしていたけど、年相応の無垢な笑顔。

 

「今日ロードショーで気になってた映画がやるんだよ! ナツも一緒に見よ?」


「うん、一緒にね」


 もし明日元通りになったら、万々歳。

 でも、それ以上に喪失感が生まれそうだ。

 神様がいるのなら……せめて月曜日まではこの体でいさせて下さい。

 なんて女々しい事を思う。

 ……今は女の子か。


「ナツ、帰りにコンビニ寄ろうよ。ポップコーンとジュース買うんだー♪」


 悪かないね、この生活。

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