2回目の人生はJCでスタートする

@pu8

第1話 最高の味


 朝、目が覚めると気付く異変。

 視界には見慣れぬ天井。なんとなく……いい匂いがする。どこかで嗅いだことのある……どこだろう。

 カチカチと鳴る秒針の音、寝ぼけていた脳が動き始める。

 

 前髪が視界に入ってくる。あれ?こんなに長かったっけ……っていうか何だか身体が軽いな…………


 華奢な指……可愛らしい服……


 鼓動が早くなる。

 

 俺じゃない。


 誰だよ、これ……


 ◇  ◇  ◆  ◆

 

 俺はしがない会社員。

 田舎とも都会とも言えぬ中堅都市に住んでいる。

 サービス残業は当たり前。前日の疲れを引き摺りながらも、毎朝の日課にやってきた。

 随分前に閉店してしまった酒屋の前にある自動販売機。ここで珈琲を買うのがその日課だ。それからもう一つ──


「おはようございまーす!」

「おう、おはよ」

「今日は暑いですねー、真夏日になるってニュースで言ってましたよ?」


 この誰が見ても可愛い子と会話することが、一番の目当てである。

 彼女の名前は ‘’‘葉月夏はづきなつ‘’。

 この近くの中学校に通っているらしい。


「そっか、暑くなるのか。いよいよ夏が来るんだな」

「ふふっ、私の季節到来ですね」


 天真爛漫な彼女の笑顔に、出社前のこのやるせない気持ちが何度救われただろう。


「じゃ、俺そろそろ行くよ。はい、スポーツドリンク。熱中症に気をつけてね」

「わー……ふふっ、大切にとっておかなきゃ」

「飲まなきゃ意味ないだろ?」


 ◆  ◆  ◇  ◇


 なんて冗談を言い合った所までは覚えている。その後確か会社に…………あれ?行った……のかな?


 その辺りから記憶が曖昧になっているけれど……兎に角、そんなことどうでもいい程の出来事がこれだ。

 鏡に映るのは、俺の姿ではなく……夏ちゃんだということ。


 相変わらず目茶苦茶可愛いけど……なんだこれ……夢か?

 取り敢えず……俺に電話してみるか……


『おかけになった番号は、現在使われて──』


 嘘だろ……自分の番号、打ち間違えるなんて有り得ない。何度試しても、結果は同じだった。


 その後いつもの酒屋に行ったけれど、当然俺はいなかった。アパートにも行ってみたが、空き部屋だった。

 不可解な事が多すぎて……何でもいいから手がかりが欲しかった俺は、夏ちゃんの通う中学校までやってきた。


 あの部屋に置いてあった生徒手帳を見て確認してきた。

 一年二組、二年二組。誕生日は八月八日、O型。

 好きな食べ物はオムライス。


 何故か分からないが、三年生は空欄になっていた。

 でも確か三年生だって夏ちゃん言ってたから……そう思い三年生の下駄箱を探し、葉月夏と書かれた場所を見付けた。が、そこにはあるはずの上靴が入っていなかった。

 どういうことだろう……

 取り敢えず今は情報収集だ。遅刻してしまったが、穏便に……夏ちゃんに成り切るしかない。

 

 三年二組の教室は既に授業中。

 大丈夫、中身26のアラサーだけど見た目は美少女だ。文字に起こすと訳わからんな。ええい、行ったれ。


「遅れてすみませーん」


 教室に入ると、その場の視線が一斉にこちらを向いた。担任も含め、皆驚愕の表情をしている。

 静まり返る室内。窓に反射している姿は夏ちゃんだし、バレてる訳でなさそうだ。

 空いている机が一つあったのであそこが夏ちゃんの机だろう。 

 

 席に座り気が付ついた。鞄も教科書もあの部屋に置きっぱなしで、ベッドの横にあったスマホ一つでここまで来てしまった。仕方ない……


「ごめん、教科書一緒に見せてくれない? 忘れちゃってさ」

「えっ!? あ、は、はい……」


 なんだろう……余所余所しさが半端ないな。

 教師も生徒も皆余所余所しく、気がつけばお昼休みになった。

 ここの中学校は学食か弁当らしい。

 金も持ってないし……腹減ったな。


 手がかりはないが、気がかりはある。

 夏ちゃんに対する皆の態度だ。

 

 夏ちゃん明るいし可愛いし……クラスでも人気者な筈だよな……

 取り敢えず食堂へ行くが、金もないのでぼっちで水を飲む。他にぼっちな生徒を探して聞き出すか……

 やや、ぼっちレーダーに反応あり。

 前方にぼっち発見。

 

 ぼっち飯女子の隣に座ってみるが、特に会話は無い。このバッチの色は夏ちゃんと同じ……三年生か?よし、何か話してみるか。


「今日は暑いよ……っ!?」

 

 手作りの綺麗な弁当。滅茶苦茶美味しそうだな……


 で、響き渡る腹の音。

 

「あっ、これはその……あははっ、朝から無食だったから……」

「……」


 何も言わずに弁当と箸をこちらに向けてくる。

 指を掛ける輪っかが付いているエジソン箸……

 疑問に思い顔を上げると、その理由が分かった。


 赤毛の三つ編み。

 色白い肌。

 青い瞳。


 あまりにも美しすぎて見惚れていたら、無言で弁当を差し出してきた。


 こんな事をしている場合ではないのだが……腹が減ってはなんとやら。ありがたくいただこう。


「いただきま──」

 

 あ、そういえば赤毛って……唯一の持ち物スマホで……


「ちょっと待ってて……ふんふん……直接は無いのか……よし」

「……?」


Tack såありが mycket!とう!


 合ってるのかな?よく分かんないな……

 眉間にシワを寄せ困っていると、彼女が優しく微笑みながら──


「Var så god」


 ……どんな意味なんだろう。

 でも……悪い意味じゃなさそうだな。


「日本語で大丈夫……私、ハナ。溝口ハナ」

「俺……じゃなかった。私は、葉月夏」  


 なんのイタズラなのか、受け入れ難い事実は確かにここに存在する。

 ただ、この出来事は間違いなく……

 いや、この弁当は間違いなく──


「美味い!」 

 

 最高の味だ。

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