きつね⚓
あんび
HEY FOX、君について教えて
あのイマイチ気に食わない所のある教授と、ろくでもない国からのろくでもない依頼についてあれこれ相談して。半日出勤だったから、昼飯を学食で食べた後は即帰路に着いた。
大学院を出たあと、俺は縁のあった教授の下で働く事になった。街に出入りする人間の監視も兼業として続けている。だって割がいいし。そんな生活が続いて気付けば十年以上経ってしまった。
ともかく。今日もお勤め頑張ったな、俺。
途中駅前の郵便局に立ち寄って荷物を受け取る。通販サイトで買った折り畳み式の座椅子。ベッドしか腰掛けられるもののない部屋は少々不便だとずっと思っていたのだ。間違って二個セットを注文した件については忘れる事とする。
明日は土曜だ。仕事は非番、研究もキリのいいところまで進んだ。呼び出しさえ食らわなければ一日中ゴロゴロ出来る。それを思えば嵩張るダンボールも苦にならない。……ある程度は。
ここを抜ければ近道だろうと公園に入る。そこは駅前にはあるものの通行人は少ない。立地が悪いんだろうか。
ふと遠目に、ベンチに腰掛けるカップルが目に入った。山吹色の花柄の入った白の浴衣を着た女と、黒い作務衣を着た筋肉質な大男。
(……地区の夏祭りでもあるのか?)
まあなんでもいいやと視線を戻そうとした瞬間。女が弾かれたように立ち上がった。そのままの勢いでこちらに駆け出す。その姿が、一瞬で白と赤のでかい毛玉に変わる。
「お久しぶりです、碧人さん!」
毛玉狸は俺の目の前で急ブレーキをかけるときらきら笑った。
「改めて聞くが、そいつの名前は……」
「ヘイスァさんです!」
「『黒色』で『ヘイスァ』。ヘイ、って呼んでくれ」
よろしく、と大男が片手を差し出してくる。おずおず握り返すと、思ったよりフニフニとした手触りだった。
買いたての座椅子を早速二人に提供する。
俺の部屋。学生時代から住み続けているアパートは相も変わらず狭い。そこに客人を入れれば狭さにも拍車がかかる。
化け狸……真朱は、昔俺に助けられた事に恩義を感じているのか、度々この街に来ては面倒事の処理を手伝っていた。確か前回は一年程前、大掛かりな捕物の応援に駆けつけていたはずだ。
街の研究系組織が真朱を囲んで被検体にしようという向きは現状は無い。彼女は、仕事仲間からもなんだかんだ好かれて上手くやっているらしい。
まあそんな事はどうでもいい。目下の大問題は。
「……狐って、マジかよ」
「そう。俺は狐。厳密には、人間から化け狐とか妖狐とか呼ばれるもの」
軽い破裂音。次いで、男の姿は黒い狐――人間が乗れそうなサイズのうえ、顔立ちがワイルド過ぎて狼じみているが、それでも間違いなく狐――になった。
頭が、痛い。
「真朱、お前、この街で〝狐〟が見つかったらどうなるか知ってるだろ」
「知ってます。知ってはいるんですが……ヘイさんがどうしてもって言うので、こっそり来ちゃいました」
真朱は難しい顔で頭を抱えている。そんな彼女の横でヘイは尻尾をぶんぶん振った。
「俺、昔々に海渡って来てから他の狐に会った事が無いから。この国の狐にも会いたい」
狐姿のヘイは大きな身体をきっちり畳みつつ淡々と喋る。そんな理由で炎に飛び込む真似をするのはいかがなものなんだ。その横に座っていた真朱がぽつりと零す。
「でも、ヘイさんは多分大丈夫です。この街で対峙した狐とは違うので」
「どういう事だ?」
「うーん、具体的に説明するのは難しいんですけど、なんとなくそういう感じがして……」
少々引っかかるが、まあとにかく対応はしなくてはならない。休みが潰れる予感を感じつつも、しぶしぶスマホを取り上げ教授の番号を呼び出した。
「ヘイのRCC値が0?」
「ああ」
真朱とヘイは隣部屋で妙に賢いヘビと遊んでいる。彼らに聞こえないよう、声のトーンを落とす。
「教授言ってましたよね。『狐には必ずRCC値がある』って」
「ああ。つまり、ヘイスァは人だ」
いや。いやいやいや。
「……好き勝手な姿に変化出来て、100年単位の寿命を持ってる、なのに、狐じゃなくて、人?」
「その特徴で狐だと断定できるなら真朱も狐になるぞ」
言葉に詰まる。そう言えば真朱のRCC値も0だった。
「結局は、この国やこの街の定めた定義の問題だね。〝老婆〟は日本語では年老いた女性を指すが、中国語では妻という意味になる。それとおんなじ。だから彼女は〝狐〟だけど〝狐〟じゃない」
「……彼女?」
教授が首を捻り、目を瞬かせる。
「ヘイスァは女性だろう? 検査の際に気付いた。ムキムキだし男前だけどね」
「え、あれで女!?」
思わず声を荒らげてしまった。ややあって、部屋の扉が勢いよく開き二人がこちらを睨みつけてくる。
「碧人さんったらもー!」
「碧人、シツレイ! 俺、胸無いの気にしてるのに!」
「胸の話は言ってねえ!」
二つのじっとりとした目線。ヘイの肩に頭を預けた蛇まで、呆れたような目でこちらを見ているように感じた。
「ヘイスァ。あなたの想像している〝狐〟と、この街で言われている〝狐〟は違うんだけど」
「それでもいい。会いたい。これも社会勉強」
ヘイが教授を真っ直ぐ見据える。しばらく両者は無言だった。
「分かった。知り合いに〝良い狐〟がいるから連絡取ってみるよ」
その言葉にヘイと真朱は大きな音を立ててハイタッチした。とりあえずこれで一段落だろうと思ったのもつかの間。
「それまでしばらく真朱と一緒に碧人のとこ泊めさせてもらいな。明日からしばらく雨の予報だしね」
なに言いだすんだこの人。
「? いいのか碧人、あの部屋狭いぞ」
「あの、断ってくださって大丈夫です。私とヘイさん、外でもやってけますし」
気遣いなのかもしれないが失礼な事を言うヘイと、わたわたと手を振りながら遠慮する真朱。どこかにやにやしている教授。
結局、道は一つしかない。
「……風邪、ひかれたら面倒だからな。置いてやるから、代わりに買い出しとか手伝え」
二人の顔が分かりやすく輝く。俺の数倍長く生きているうえ色んな悪意に晒されてきているらしいのに、どうやったらこういう純粋さを残しておけるんだろう。
「じゃあ帰りは乗せてやる! 車より早いぞ!」
「いや遠慮する」
「あのお雑炊また作ってくれますか?」
「……もっといいもんねだればいいだろうに」
ヘイが蛇を教授に渡す。その冷たそうな頭を撫でてから彼女は手を打った。
「ついでだ。一週間くらい休みをとったらどうだ」
「……何企んでるんですか」
この人の考えは、この街の意思は読みきれない。
「なんだかんだ真面目過ぎる君が有給消化しないせいで、上からやんわり指導受けてるんだよ。だから休め、私のために」
そう言われても胡散臭さは拭いきれないが。
久々のお泊まりだとはしゃぐ真朱を横目に見てから、俺は差し出された休暇申請書を受け取った。
きつね⚓ あんび @ambystoma
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