第10話  デート①

 鈴奈から電話がきてから、俺は一時間後に最寄りの駅にいた。随分早く着いたかな、とあたりを眺めていると、改札口を抜けてくる彼女の姿が見えた。私服姿も似合うな。ミニスカートに、白のふんわりしたブラウスを着ている。いつも以上に胸のふくらみが強調されてふ~っくらしている。


 彼女と一緒にいられるだけでも、有頂天になってしまうなあ。


「礼人~~っ、待ったあ?」

「いいや、それほどでも」


 やったあ、大急ぎで綾羽を返して飛んできたかいがあった! 十分位は待っていたが、全く気にならない。


 特に当てもなかったが、ショッピングモールの方へ向かって歩き出した。見ているだけでも、気晴らしになるだろうからな。疲れたら近くのコーヒーショップで休憩もいい。並んで歩いていると彼女が言った。


「何か欲しいものあるの?」

「俺は別にない。鈴奈は? 買いたいものがあるんだったら付き合うよ」

「うれしいこと言ってくれるねえ。男子と買い物なんてしたことなかった」


 へえ、本当かな。ついつい疑ってしまうなあ。


「じゃあ、好きなところへ行って。どこへでもお供する」

「そう、じゃあ、いろいろ見て回ろうか!」


 俺の方は、ただ一緒に歩いているだけでも楽しいからな。


 歩いていると、日用雑貨の店、アクセサリーショップ、香りのよい石鹸などを売る店などがあった。


「いい香り~~~っ、石鹸ねえ」


 彼女は色とりどりの石鹸が店頭に並ぶ店の香りに吸い寄せられるように近寄っていく。女の子はこういう香りに弱いよなあ。


 う~ん、いい香り。こんな香りの石鹸で体を洗ったら体中いい香りに満たされるだろうなあ。彼女もこんなせっけんを使って体中いい香りにして、夢心地になるんだろうな。


「これいいなあ、あれ、あれ、こっちの香りもいいし、わあ、こっちのも素敵」

「う~ん、みんな香りが違って、いいなあ」

「これ値段は?」


 値段を見て、ちょっと驚いた。お風呂で使う石鹸など一個百円ぐらいかと思っていたので、相当高額に見える。だが、ちょっと贅沢な気分を味わうにはまあ妥当な金額なのかもしれない。


「欲しい?」

「うん。買おうかな、これ」


 鈴奈はいくつか香りを試してみて、その中の一つを取った。いい香りだ。


「うん、決めた。これ買うっ」


 そうかッ、これからは風呂に入るたびにこのせっけんで洗うんだ。ってことは、明日からこの香りを体中にまとうことになる。決めたっ。


「じゃ、これは俺がプレゼントする」

「ええ~~~っ、そんなああ~~~、悪いよ~~っ。自分で払うから! 買ってもらうつもりで誘ったんじゃないのに、本当よ」

「まあ、いいからいいから」


 こんなことはめったにないだろうから。


「いいの? 私が勝手に見て気に入っただけなのにい」

「まあ、このぐらいいいから」


 俺ってかっこいいかな。こういう時に買ってあげるってのも、彼氏としては高ポイントだよなあ。このくらいの出費はなんでもない! 近くに寄るたびにうっとりすることだろう。


「ありがとう!」

「まあいいから、気にしないで」


 

 再び歩き出すと、女物の服を売るショップの前を通りかかった。


「あのワンピースかわいいっ!」


 鈴奈はそばへ寄ってみている。触ってみたり、値札を見たり、鏡の前に持っていきポーズを取っている。


「着てみたらどう?」

「いいの?」

「時間あるからいいんじゃない、来てみるだけでも」


 すると、店員さんがそばへ寄ってきて、試着するように勧めた。


「じゃ、試着する」


 試着して出てきた姿を見たら、これまたうっとりしてしまった。ミニのワンピースがよく似合っていて息をのむほどだった。だけど俺はこういった。


「ちょっと雰囲気が違うなあ。似合わない」

「そうかなあ。私のイメージと違うかな」

「うん」


 やはり一度目は、ダメ出しをしてみたくなった。


「ちょっと待って、今度はこっちのを着てみる」


 店員さんは嫌な顔一つしない。俺は、試着室の前の丸椅子に座って待つ。


 再びカーテンが空いて、鈴奈の姿が見えた。まるで女優のようにカーテン越しに現れる。


「これは、どうかな?」

「う~ん、まだまだだな。鈴奈の可愛さが引き立たない」

「そうかあ、残念」


 俺は再び顔を横に振った。なんだか、こういうのドラマでよくあるよなあ。彼女が着替えするのを待つ男の気持ち、わかるなあ。マネしたくなった。


「これはどうかな」


 鈴奈は、こちらの機嫌を取るような表情でそろりとカーテンを開けた。


「どうもなあ、似合わないっ!」

「そうかっ、私に似合うのはないみたいね」


 あれれれ、これであきらめてしまったら、ここまでだぞ。待っている間に物色したワンピースを彼女の前に差し出す。


「ねえ、これ着てみたら?」

「そうお、じゃあ」

 

 自分で選んだものだったが、どうもなあ。


「あれれ、やっぱりいまいちだった、御免」

「まあ、いいよ。買うつもりなかったし」


 でもこういうのいいよなあ。俺が選んだのがいまいちよくなかったのはがっかりだったが。

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