第6話 満員電車

 今日はポスターの塗り残したところの続きをやった。辺りはもう暗くなっている。一緒に帰れる。鈴奈も満足顔だ。


「今日は、こんなに塗れたね。二人でやるとマジ早い」

「ほぼ完成したな~~~っ」

「だいぶ時間も遅くなったから、帰ろうね」

「ああ、お疲れ! 急ごう」


 外がどんどん暗くなってくる。大急ぎで片付け鞄を担いで外へ出た。駅までの道を並んで歩く。並んで歩き優越感でカバンをぐるぐると振り回す。小学生のようだ。


「一緒に帰るのも楽しいなあ」

「うれしそうね」

「まあねえ。並んで歩くと気分いいもん」


 帰宅する同級生たちの視線が半端じゃない。うらやましそうに、こちらを見る者。どうしてお前なんだと、嫉妬の眼差しを向けてくる者。そんな視線を一身に集めて歩く。石を投げられるんじゃないかな。用心しなきゃ。

 

 まさに充実した高校生活。毎日が楽しくて仕方ない日々。かけがえのない時間。そんなものたちが自分に一気に押し寄せてきた。っていうか、それが自分のものになってるんだからなあ。


「にやにやして気持ち悪いよ」

「えへへ、そうかな」


 ついついにやけてしまっていたのかな。


 これは気を付けよう、こういう時は毅然としてクールに歩くべきだな。


 俺たちは他のグループの進捗状況や、出されている課題の事など、とてもまじめな話題にスライドしていた。そりゃ聞かれてまずい話を、クラスメイトがいるところでするわけにはいかないしな。



 駅に到着し電車に乗り込む。早めの時間帯だとかなり空いている車内も、帰宅時間帯ともなるとかなり混雑している。


「混んでるね」

「時間が遅いから仕方ないや」


 この混雑に耐えて仕事に行き、愛する家族の待つ家へ帰る。社会人になった自分は想像できない。


 つかまる場所を見つけようにも、つり革はすでに乗客たちに占有されている。俺は手を伸ばして握り棒を片手でつかんだ。鈴奈は手を伸ばしても届かず、俺の体につかまった。


「いい?」

「いいよ、つかまりなよ」


 次の駅でさらに乗客が乗り込んできた。


「うわああ、混んできたねえ」

「しっかりつかまってろよ。転がっちゃうといけない」

「うん、この辺いい?」


 俺のウェストのあたりにつかまり、足を踏ん張っているが、電車が揺れるたびにこちらに体が当たる。俺も足を踏ん張る。乗客たちに押されるたびに、こちらへ体を押し付けることになり、体がぴったりとくっついしまった。

 

「この態勢きっついね」

「うん、倒れないように踏ん張ってる」

「力を抜いてこっちに寄りかかっててもいいよ」

「平気?」

「俺は捕まるところがあるからね」


 背が高いと満員電車ではかなり有利だ、といつも思う。鈴奈は大変だ。揺れるたびに体があっちへゆらゆら、こっちへゆらゆらする。時折頭がごつんとこちらの体にぶつかる。


「うわっ、っと」

「気にしない、気にしない」

「おお~~っと!」


 役得、役得。彼女の家の場所はどこなのだろう。まだ聞いてなかったが、俺と同じ駅で降りるんだろうか。


「そろそろつく」

「う~~ん、長いね」

「ってか、長く感じるんだよね。それほど乗ってない」

「歩きとか自転車で通学できたら楽だったけど……」

「近い学校へ行けばできた」

「そう、だけど私はあんまり近くじゃない方がいい」

「あっ、そうだったんだ」


 またしても新たな発見。高校は家から遠い方がよかった、ということ。


「電車通学も楽しい」

「……と思えばね。眠ることもできるし、本も読める」

「テスト勉強も少しはできる」

「考え事もできる……かあ」


 こんなに接近しても、誰も疑問に思わないっていうのも、電車のいいところか。


 人の熱気で暑かったせいかため息がでた。俺は、彼女を守りながら人波に押されて電車を降りた。彼女は微笑んで手を振った。


「電話するね」

「ああ、待ってる」


 おお、付き合っているという実感がする。俺は名残惜しい気持ちで彼女の体から離たた。帰宅途中も電車の中で交わした会話が蘇ってきた。

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