恥ずかしがりやな織姫だった

白銀 来季

七月五日

借り物の言葉

 「どうして七夕の日はいつも雨なのか、知ってる?」

 家の天井を見上げて、ふとつぶやいたその声は、まるで、他の誰かのもののように感じた。いや、本当に自分の言葉ではなかったのかもしれない。しかし、それを僕はもう、考えたくはなかった。

 地面を叩く雨音は、さらにひどくなっていた。窓を閉めていても、部屋の中はその音で満たされており、この部屋の雰囲気を、より一層暗いものとしている。

 七月に入って早四日、季節はもう夏本番に差し掛かっていた。だというのに、一向に雨は止まない。天気と鬱病が関係している、なんて話を聞いたことがあるが、実際に仰向けになって、こうして一人で電球を見つめていると、それもあながち間違っていないような気がしてくる。それには、今の精神状態も大きく影響するらしいから、だとすれば、尚更か。

 僕はさっきまで、どうやら寝てしまっていたらしい。時刻は既に、午後九時を回っている。外出先から帰ってきたときは、まだ日が落ちてきたくらいの時間帯であったのに、部屋の中央に倒れるように横になってからは、記憶がない。

 そう思っていると、空腹を告げるサインが、自分の存在を誇示するかのように、大きな音を立てた。


ー そういえば、今日は朝からなにも食べていないな。


 そのことを思い出した僕は、こんな時でも空腹を感じるものか、と、それを皮肉に思いながらも、徐に立ち上がり、冷蔵庫を確認した。しかし、そこにはなにもなかった。今からなにかを買いに行くのは、非常に億劫であるが、このまま、なにも食べないでいるわけにもいかない。そう思うと、人間とは、とても不自由な生き物だ。

 午後九時を過ぎているこの時間帯、近所のスーパーはもう閉まっているだろうから、どうやら僕はこの雨の中、距離的にはすぐ近くでありながらも、わざわざ川を渡って、コンビニに行かなければならないらしい。

 憂鬱な面持ちで玄関まで行くと、否が応でも緑色のそれが目に入る。そこに吊るされたカラフルな画用紙には、幾度となく目にした黒い文字が、たった二枚だけ刻まれていた。しかし僕の足は、視界に入るそれを遮るように、既に薄暗い曇天へと向けられていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る