-131- 第二次琵琶湖決戦Ⅰ〈出撃〉

「でもさぁ……こうしてただ待ってるってのも辛いよなぁ」


 緊張が顔に出まくりの葵さんがつぶやく。

 私もその気持ちはよくわかる。

 ダンジョン内では激戦が繰り広げられている。

 新型装置のおかげで映像が地上に届くから、より戦況がわかりやすい。

 中には当然撃破されるDMDもいるし、撃破の瞬間に映像が真っ黒に変わることも戦いの臨場感を伝えるのに一役買っている状態だ。


 まだ竜種と戦っているわけじゃないから、DMDが撃破されても操者の命がおびやかされる状態ではないとはいえ、単純に機体が壊されるのは見ていて気分が良いものじゃないし、そのたびに人類側の戦力が確実に減っていることも事実。

 でも、ダンジョン側のモンスターたちの数は底が知れない。

 どこまで戦っても無尽蔵に湧いてきて私たちの行く手をはばむ。

 まあ、そんなモンスターたちもコアを破壊すれば湧いてこなくなる。

 とりあえず私たちの進むルート上のモンスターだけを減らせれば後は……!


「私の同僚……モエギの迷宮探査部がかなり先行しているようですね」


 百華さんもモニターの前で自分の同僚の戦いを見守る。

 彼女の所属しているモエギの迷宮探査部『グリームス』は別格に強い。

 すでにレベル40手前まで歩みを進め、私たちが進むルートを確保しつつある。


 しかし、他の部隊はそうもいかない。

 この戦いに参加しているDMD部隊はいろんな企業所属の操者や滋賀第二と第四所属の対迷宮部隊、それに加えて他のマシンベースからも動ける部隊が駆けつけている。

 それにフリーの操者も使命感、あるいは高額の報酬目当てに多数参加している。


 だけど、練度においてグリームスと肩を並べる部隊はいない。

 ギリギリ先行するグリームスについていけているのは紅花と藍花が連れてきたヴァイオレット社の部隊くらいだ。

 彼らは『黄金郷真球宮』の戦いでも活躍していたし、そもそも彼らは深層へと挑む紅花と藍花を送り届けるために編成された部隊だから、今回の戦いはある意味本業に近い。

 いきなり呼んだ形になったけど本当によく戦ってくれている。


 問題はそんな先行する部隊と後続の部隊に隙間が出来てしまっていること。

 このままでは先行部隊が孤立してしまう。

 後続からの支援を受けられず四方八方をモンスターに囲まれてしまえば、いかにエリート部隊でも……。


 本当ならグッとこらえて後続を待つべきだったけど、たくさんの部隊が参加する作戦ゆえに連携が上手くとれていないのか、お爺ちゃんが命を落としたダンジョンゆえに力が入っているのか……。

 グリームスには前回の戦いにも参加していた操者が多く所属している。

 彼らはいつかお爺ちゃんの仇を取るために力を磨き続けてきたんだ。

 その強い力が他の部隊を置いてけぼりにしてしまっている。


 この状況を打破するにはやはり私が出撃した方がいいのか……。

 グリームスは他の部隊と離れているけど、それは独断専行しているからではない。

 むしろ他の部隊の遅れが隠せないものになっているんだ。

 これ以上様子を見たら、さらに作戦が遅れる可能性も……。


 通常のダンジョンの抹消ならいくらでも遅らせてドンと構えていればいいけど、このダンジョンには竜種がいる。

 奴はダンジョンが攻撃されていることを感じているだろうか……?

 すでに目覚めて私たちを待ち受けているんだろうか……?


 1つだけわかってることがあるとすれば、竜種との戦いは常に最悪の事態を考えないといけないということ。

 このままじっくり攻めてもまだ卵は孵化せずに、邪魔されることなくコアを破壊出来るなんて楽観的な考えを前提に作戦を進めてはいけない。

 でも、焦りは禁物というのも説得力のある言葉だ。

 一体どう判断すれば……。


「育美さん、ちょっとアイオロス・マキナの様子を見て来てもいいですか? タンブルシードの中に入れちゃう前に」


「いいけど、早めに戻って来てね」


「了解です!」


 育美さんも攻め時を決めあぐねている。

 彼女にとってもこのダンジョンは特別だ。

 今回ばかりは彼女の判断に甘えるわけにはいかない。

 いや、私の出撃の判断は他の誰にも頼ってはいけない。


 それは戦いの行方を左右する重要な決断。

 その責任を背負うべきは私自身であり、最も正しい判断を下せるのも私だ。

 もし私が唯一相談できる相手がいるとすれば……。


「アイオロス・マキナ……!」


 私のために作られた私だけのDMD。

 その中には敵である竜種の力に加えてダンジョンのコアまで内包されている。

 それだけじゃない。この機体を構成するほとんどのものがダンジョン由来と言ってもいい。

 機体を動かすDエナジーさえも……。


 だから、このアイオロス・マキナの近くにいれば出撃の良いタイミングが閃くんじゃないかと思った。

 DMDは人間とダンジョンの力の集合体だから。


「…………」


 機体の胸に手を当て、静かに目を閉じる。

 頭の中を駆け巡るのは今までの戦いの光景。

 そういえば最初の『燐光風穴りんこうふうけつ』の時から割と自分の判断で動いてたんだなぁ私。

 新種であるブラックオーガに戦いを挑んで勝って、今も使っているオーガランスの素材となるブラックオーガの角を手に入れた。

 あの槍も姿かたちを変えてこんなに長い付き合いになるとは思ってなかったな。


 うん、答えは最初から出ていたんだ。

 機体の胸に手を当てても、その中に眠っている竜種やダンジョンの力が語りかけてくれるようなオカルティックなことはない。

 聞こえてくるのは自分の声だけだ。

 そして、その自分の声はこう叫んでいる。


「……思うがままに!」


 今、自分が考えているように、思っているように戦おう。

 それがきっと一番正しい。

 たとえ正しくなくたって……正しくしてやるんだ。


「そのために力を貸して、アイオロス・マキナ」


 当然DMDが返事をするはずはない。

 でも、それで十分だった。

 急いでコントローラーズルームに戻り、みんなに自分の気持ちを伝える。


「出撃しましょう!」


 その言葉にみんなは驚くどころかニヤリと笑った。

 まるでその言葉を待っていたかのように……!


「蒔苗ちゃんの判断に私たちは従うわ! 参謀本部には私から連絡するから、みんなはコックピットカプセルに入って出撃の準備を!」


 育美さんの同意を得てマキナ隊のメンバーは各々おのおののコックピットカプセルに入る。

 参謀本部は必ず私の提案を受け入れる。

 おそらく向こうも私をいつ出すのか頭の血管が切れそうなくらい悩んでいるところでしょうからね。

 そこに本人から出してほしいと要望が来れば受け入れない理由はない!


「出撃OKよ! 全機ブレイブ・リンク! 出撃ハッチへ! 蒔苗ちゃんのタンブルシードは大型貨物搬入口からの出撃よ!」


「了解!」


 いざ決戦の地へ!

 私たちの第二次琵琶湖決戦が始まる!

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