-130- レベル100ダンジョン『琵琶湖大迷宮』

 『琵琶湖大迷宮』で竜種の卵の発生が確認されてから1週間後。

 つまり私たちが滋賀第二マシンベースに集まってから4日後。

 ヴァイオレット社製の新型装置の導入と稼働テストがすべて終了し、いよいよ今回の作戦『第二次琵琶湖決戦』が決行可能となった。

 作戦に参加するDMDおよび操者も揃っており、綿密な作戦会議と部隊同士の連携を考えたミーティングが何度も繰り返された。

 その上で『もはやこの作戦に待ったなし』と考えた参謀たちは、予定されていた作戦の決行日を前倒しにすることを決定した。


 竜種は日を追うごとに強くなると考えられている。

 いや、今回の場合は日に日にダンジョンから検出される脳波が強くなっていたので、明確に竜種が強くなっていると断言出来た。


 学校の課題とか仕事とかもそうだけど、すべてが上手く進んで期日よりも前に完成してしまうと、ミスした時に手抜きを疑われてしまうんじゃないかとなかなか提出を渋りたくなる時がある。

 今回も何度もチェックした上で完璧と言える状態まで準備を進めて来たけど、いざ作戦中に不備が見つかれば後々その責任を追及されかねない。

 そういう意味では前倒しの判断を下した参謀本部もかなりの勇気を求められただろう。


 私としては前倒しの判断は正解だと思う。

 マシンベース内の緊張感も日に日に高まっていて、理由もなく待たされていては戦う前から精神がまいってしまう。

 今日、この日、今この瞬間が攻め時……!


 マキナ隊も作戦や機体の確認を入念に行ってきた。

 特に作戦に関してはみんな何も見ずに内容を言えるくらいだ!

 ……まあ、私たちの作戦は他の部隊に比べて非常にシンプルというのもあるけどね。


 マキナ隊の目的はコアの破壊および竜種の撃破だ。

 つまり何のデータもない深層での戦いがメインになる。

 作戦だって複雑なものを立てられるはずもなく、その場で臨機応変な判断を求められる。

 簡単に言えば作戦はほとんどアドリブ!

 結果的にコアと竜種を撃破出来れば良いという役者任せの即興劇そっきょうげきだ。


 とはいえ、アドリブにだって最低限のルールはある。

 まずは出撃のタイミング。

 私たちマキナ隊は最初から地上待機を命じられている隊を除いた全部隊の中で最後に出撃する。


 理由は先行する部隊にダンジョン内部の様子を改めて調べさせつつ、モンスターを掃討させることでマキナ隊をスムーズに深層にたどり着かせるため。

 ヴァイオレット社製の新型装置を使ってもすべての操者が深層に挑めるわけじゃない。

 装置は持っている力を増幅させるものに過ぎないから、元の力が低い人にとって深層は未だに入り込めない場所だ。


 だから、みんな自分が戦える場所で戦う。

 浅いところまでしか入り込めないなら、その浅い場所のモンスターを倒して道を開く。

 深層までたどり着けないことは、深層と戦えないことを意味するんじゃない。

 私を通してみんなが深層の闇と戦っているんだ。


 私たちマキナ隊の理想はレベル50地点を越えるまで戦わないこと。

 そこまでは他のDMD部隊に頑張ってもらいたい!

 でも、ダンジョン攻略というのは想定外の事態が起こることが想定内で、予定通りに進むことはほぼない。

 今回は相手が相手だけになおさらだ。


 それに深層手前の40から50の領域だって入り込める操者の数はそう多くない。

 戦力が少なくなればマキナ隊が戦う可能性も上がる。


 もし戦闘になった場合はまず蘭、葵さん、桃華さんを中心に戦う。

 彼女たちは私と過酷な戦いを共にしたからか短期間で爆発的にブレイブ・レベルが上昇し、約レベル70までのダンジョンに対応出来るようになった。

 しかし相手はレベル100のダンジョン、上手く攻略が進んでもレベル70地点まで来たら離脱することになる。

 だから、離脱が早い人から順番に戦う。

 これが第2のルールだ。


 紅花と藍花は『黄金郷真球宮』の戦いを経てさらに成長し、レベル90までブレイブ・レベルを伸ばしている。

 蘭、葵さん、百華さんが入り込めなくなる70以降でアイオロス・マキナを守ってくれるのは彼女たちしかいない。

 ゆえにアンサーたちも出来る限り奥の方に進むまで温存しておきたい。


 要約すると、レベル50までの浅い部分はマキナ隊以外の操者に任せて先に進む。

 そこからレベル70までは一部の高いブレイブ・レベルを持つDMD操者たちと蘭、葵さん、百華さんの3人を中心に立ち回る。

 そして、70以降はヴァイオレット姉妹の2機とダンブルシードの武装も使っていく。

 最後の90から先はおそらくアイオロス・マキナ本体の力が必要になるだろう。


 私の隊の出番は最後で、私自身の出番は最後の最後になる。

 戦っている味方機を見ているだけになることもあると思う。

 それでも、アイオロス・マキナの温存は必要なことなんだ。


「みんな、作戦開始の時間よ」


 育美さんの声がコントローラーズルームに響く。

 今回の部屋は個室ではなく小隊用の部屋で6人分のコックピットカプセルが設置されている。

 でも、私たちはまだカプセルの中に入っていない。

 まずは先遣隊の戦いをモニターで見守ることになる。

 大規模な作戦だけど、そのスタートは思ったより静かなものになった。


 マシンベースから輸送ドローンに乗ってダンジョンの入口へ。

 琵琶湖の中心あたりに開いた大きな穴の中に次々とDMDが投下されていく映像が映される。

 この視点だとダンジョンの大きさに対してDMDがあまりにも小さく見える。

 人間と変わらないサイズだから当然だけど、なんだか不安を煽る光景だ。


 こんな小さなもので果たしてダンジョンに勝てるのか……?

 答えは……イエスだ!

 入口の大きさだけで言えば『黄金郷真球宮』の方が大きいし、人類は今まで何度もDMDでダンジョンに打ち勝ってきた。今更それを疑う余地はない。


 モニターの映像はダンジョン上空のドローンから送られて来たものから、ダンジョン内部に侵入したDMDの視点へと切り替わる。

 流石に作戦に参加しているすべてのDMDの視点をモニターに映すことは出来ないから、部隊の隊長や一部の実力者の視点をピックアップして表示する。


「広い……!」


 『琵琶湖大迷宮』の内部は洞窟というより地下世界と言えるほど広大だった。

 これがSF映画とかなら地底人が大都市を築いていそうな……そんな雰囲気がある。

 でも、ここには地底人も宇宙人もいない。

 いるのは水棲生物を模したモンスターたちだ。


 前回の琵琶湖決戦で特に厄介とされていたのはナマズ型の完全機械体。

 琵琶湖のダンジョンだからかやけに大きく、それでいて機械の体なので頑丈。

 さらにダンジョン内部に存在する水の中を高速で泳げるので、油断するとDMDを丸呑みにされてしまうのだ。


 しかも前回と違ってモンスターたちは完全機械体から進化する力を身につけている。

 DMDが多数丸呑みにされれば戦力を失うだけでなく、内部の濃縮Dエナジーを取り込まれて敵を強化してしまう恐れがあるんだ。


 とはいえ、ナマズなんだから水場に近寄らなければ問題ない……というわけにもいかない。

 ここが『琵琶湖大迷宮』の厄介なところで、物理法則を無視して至る所に水が存在しているんだ。

 例えば空中にいくつも巨大な水の球体が浮いていて、魚型モンスターたちが球体から球体に飛び移って空中戦を仕掛けて来たり、そもそも空中に何本も川が流れていて、その流れに乗ってやって来たモンスターがいきなり機体に食いついて来たりと奇襲のパターンには事欠ことかかない。


 進むべき道が完全に水で塞がれているということはないんだけど、とにかく水を避けて進むことだけは不可能に近くなっている。

 常に神経を尖らせて流れに乗って飛んで来る魚たちをさばいていかなければならない。

 さらに水棲生物モンスターということでザリガニやカエルみたいな地上でもある程度活動出来るモンスターも多数存在する。

 とにかく人類にとって不利な空間であることは間違いない……!


「浅い部分でも混成機械体が多いわね……。先遣隊に続いて本隊も投入されているけど、思ったよりも勢いは出てない……」


 育美さんが腕を組んで険しい顔をしている……。


「私たちの出番遅くなりそうですか?」


「……いや、いっそのこと早めに出撃した方がいいのかもしれない。全体の士気を上げるためにもね。でも、今はまだ様子見よ。想定より作戦の進みが少し遅いだけでまだ大筋から外れてはいない。アドリブをきかせるのはもうちょっと後からでも遅くはないわ。ただ、いつでも出撃出来るように心の準備だけはしておいてね」


「はい!」


 戦いの時は近い……!

 でも今はみんなを信じて待つ!

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