-116- 先導者

 心外だ。

 何が心外って、私がこの話で育美さんを嫌いになると思われてたことが心外だ!


 もちろん、大事な話ではあった。

 育美さんが最初から私のことを知っていたんじゃないかっていうのは、一緒に過ごしていく中で薄々感じていたとはいえ、いざ詳しく語られると衝撃もあった。

 お母さんが眠った理由にDMDが関わっているのはまだしも、竜種まで絡んでくるとはもまったく想像していなかった。

 そしてお爺ちゃんの死にまで竜種が……。


 でも、やっぱり育美さんを嫌う要素がない!

 育美さんが無理やりお母さんをDMD操者にして竜種との戦いに投入したとかならまだしも、テスト操者になると言い出したのはお母さんだし、竜種だって完全に不意打ちで出会ったのは事故に近い。

 これで恩人を嫌いになれというのは無理だ!


 お爺ちゃんのことだってそうだ。

 育美さんも言ってたけど、お爺ちゃんの方で勝手にリミッターをいじった気がしてならない。

 会ったことはないけど、お爺ちゃんが誰よりも戦士だったことはわかる。

 体の衰えから死期を悟り、最後になるであろう戦いに恥じない結果を求めて無茶をしたのかもしれない。


 育美さんはただみんなに戦う力を与えてくれただけなんだ。

 ブレイブ・バトル・システムがなければ、竜種の前に立つことすら出来ない。

 多くの人の命が失われていくのを、ただただ見過ごすしかないんだ。


 その恐ろしさを萌葱一族は知っている。

 『黄金郷真球宮』を抹消出来ず、お婆ちゃんを含めた何万人もの人が犠牲になった。

 今もその記憶が残っているからこそ、お爺ちゃんやお母さんは自分の命を危険に晒してでも戦えることに感謝した。

 そして、そんな力を生み出すことが出来る育美さんを信用していたんだ。


 育美さんもまたみんなを導く希望の光なんだ。

 もちろん、私にとっても!

 その想いを言葉にして私は育美さんにぶつけた!

 そして、その言葉の最後をこう締めくくった。


「育美さんは頭が良いのに、こんな簡単なことがわからないんですね。でも、私はそんな育美さんが好きです。今までの育美さんは完璧超人過ぎたから、こんな不器用な面もあった方が魅力的だと思いました」


「蒔苗ちゃん……ありがとう。こんな私でも嫌いにならないでくれて」


「嫌いになる理由がありませんって! だから、いつもみたいに笑ってください。大丈夫、私は育美さんの前からいなくなりませんから。2人で力を合わせれば、どんな脅威にだって立ち向かえますから!」


「うん、うん……そうね。ずっと過去に囚われてる場合じゃないわ。これからはただ前を向いて……!」


「そうです! もし育美さんが迷う時は私が導きます。普段は導いてもらってばかりですから!」


 生まれ持った力で闇を払い、人々に進むべき道を示す。

 それが私の使命、この力を与えられた意味。

 私自身がこれから進むべき道も、ハッキリと見えた気がした。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 それから約2週間後、『黄金郷真球宮』は完全消滅した。

 深く広大なダンジョンとはいえ、2週間も猶予があればモンスターが落とした素材の回収や内部構造の記録などを行える。

 私、そして紅花と藍花はダンジョンの最奥まで潜ることが出来る貴重な人材としてこの作業に従事した。


 その間の宿泊場所は変わらずあのスーパー旅館だった。

 最初はあまりの豪華さに怖気づいていたけど、今では自分の家のようにくつろげる。

 旅館内にある施設や店舗も大体利用したし、暇を見つけては新潟観光に繰り出した。

 ウイニングランのように爽快で充実した2週間だった。


「そんな日々も今日で終わりですわね~」


「そうだね、紅花ちゃん」


 ダンジョンの完全消滅確認後、私の部屋の露天風呂に紅花と藍花が来ていた。

 部屋に来ること自体は何度もあったけど、こうして一緒にお風呂に入るのは初めてだ。

 まあ、年齢も近いし裸の付き合いもそこまで恥ずかしいわけではない……わけない!

 2人はなんか私の体に興味津々だし、落ち着かないんですけど……!


「蒔苗は明日からどうしますの? 私たちは今しばらく日本にいて、その後はアメリカに帰る予定ですのよ」


「そうなんだね。私もやるべきことはやったし、東京に帰ることになると思うなぁ」


「では、もう少しでお別れですわね。寂しくはありますが、心残りはありませんわ。あなたとは十分濃密な時間を過ごせましたから」


「それに会いたい時は全然会えるからね。日本とアメリカは遠いけど、たどり着けない場所じゃないし」


 それこそダンジョンの奥底に比べれば、飛行機に乗って寝てれば着くアメリカは近所みたいなものだ。

 ただ、海外旅行も未経験だからそっちのハードルは少しあるかな……。


「あ、そうそう! 心残りが1つだけありましたわ!」


「なぁに?」


「マキナ専用の新型機が見られなかったことです! 完成間近と聞いていましたからてっきりこの2週間のどこかでお披露目されるものと思っていたのですが……」


「ああ、あれね……。黄金郷真球宮で手に入れた素材を使って新しいフレームとジェネレーターを作りつつ、ヴァイオレット社の新型装置類に完全対応させてるみたいだから、完成にはもうちょっと時間がかかるみたい」


「そうなんですの……って、フレームとジェネレーターを新調したらそれはもう別の機体ではありませんの? 実質1から作り直しているような……」


「いやぁ、育美さん曰くすでに作ってある装甲や武装に対応するように作るって話だよ」


「無茶しますわね……。まあ、あのミス・イクミなら可能なんでしょうけど」


 育美さんは一足早く東京に帰って新型機を組み立てている。

 紅花の言う通りDMDの骨と心臓とも言えるフレームとジェネレーターを新素材で作ったら当初の予定とは違う新型機になるんじゃないかと思ったけど、育美さんが大丈夫って言うなら大丈夫なんでしょう!

 私はただ楽しみにしながら帰るだけだ。


「藍花、大丈夫? のぼせてたりしない?」


「うん……まだ大丈夫」


 外国ではあまり湯船につからない文化もあるという。

 特に藍花は暑さに弱いみたいだし気をつけないとね。


「ねえ、マキナ……」


「うん?」


「私、マキナが言うなら日本に残るよ……?」


「大丈夫! 私は1人でも頑張れるから、藍花は紫苑さんのそばにいてあげて。特に今はね」


「わ、わかった……」


 なぜか少し藍花がしゅんとしてしまった気がする。

 でも、今は親子で一緒にいる方が絶対に良い!

 また竜種なんかが出た時には戦力が私1人になってしまうのが気がかりではあるけど、まあ無人機と新型機が力を合わせれば何とかなるでしょう!


「でも……何かあった時は私たちを呼んでね?」


「もちろん! 私も紅花と藍花に何かあったらアメリカまですっ飛んでいくわ!」


 新しい日々が始まる。

 東京へ向かうバスに乗る日、紅花と藍花は涙を流して私を見送ってくれた。

 この世界にいる限り、絶対にまた会える。


 遠ざかっていく旅館、新潟の大地……。

 私は新潟第三マシンベースにいた時、DMDを操って上空からダンジョン消滅後の大地を見た。

 そこには……何もなかった。

 もちろん、これは想定されていた状態だ。


 でも、ふたを開かなければ可能性は無限大。

 もしかしたら、誰か生き残っているかもしれない……。

 そう考えることで希望を持って今まで生きてきた人もいるだろう。


 現実はあまりにも残酷だった。

 それでも人間はあの何もない大地に、また新しいものを築いていける。

 悲しみに暮れる人たちも、また立ち上がれる。


 その支えとなるのが私の使命。

 そして、生まれてきた意味なんだ。

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