-113- 迷宮王の言葉
ダンジョン出現後の世界を支える大企業の社長室は、それはそれは広く豪華なものだ。
その一方で飾られているのは今までモエギ・マシニクルが作ってきたDMDの模型たち。
大体10分の1スケールで統一された小さなDMDたちがズラッと並んでいるところだけを見れば、そこはまるで子ども部屋のようにも思えた。
「まあ、座って茶でも飲め。コーヒーでも紅茶でもいいぞ」
私は大樹郎さんの言葉を無視していた。
今を思えば社長に対して恐れ知らずのふるまいだと思うけど、あの時の私にとって大樹郎さんは社長ではなく七菜さんの父親で、彼に対して自分が何を言えばいいのかわからなかった。
「ふっ……お前の気持ち、俺にはよぉーくわかるぜ」
大樹郎さんはぶっきらぼうに言い放ち、ソファにドカッと座った。
「迷宮王なんてもてはやされちゃいるが、俺は女房の1人すら救えなかった男だ。あの黄金郷真球宮が現れた日……俺はお偉いさん方と会食を楽しんでた。正直、何代も続く歴史ある大企業の社長だとか、政治家先生だとかとは馬が合わねぇが、高いだけあって出されるメシは流石にうめぇなぁなんてバカなことを考えてたところに一報が入って来た」
大樹郎さんは苦笑いを浮かべる。
「そこから俺はなーんも出来なかった。深層ダンジョンの壁はあまりにも厚く、人類には手の届かない領域だった……。俺は自分を責めた。メシも食えなくなった。そんなことしている暇があるなら、深層ダンジョンに立ち向かうための努力をしろって、頭の中の自分が叫び続けるのさ……」
言葉を切った大樹郎さんは、自分の前に置かれたカップの中身を一気に飲み干した。
「だが、ここで俺がメシを食わずに餓死したところで誰も救われねぇ。それどころかもっと救われない奴が増えるだろう。俺にはそれだけの才能がある。だから、俺がここで倒れるわけにはいかねぇ……。そう
「大樹郎さんは……強いですね」
「ああ強い! だがお前には勝てねぇ。お前は偶然とはいえ脅威に対して先回りをして、それを防いじまった。俺にはそんなこと出来ねぇよ」
「防いでなんかいませんよ……。七菜さんは……」
「生きている。それで十分だ。今は治療法がわからなくとも、手を伸ばし続けていればいつか届く。そうして人類はダンジョンに立ち向かってきたんだ。医療の分野はお互い専門外だが、そっちにはそっちで人を救うために日夜努力してる奴らがいる。今はそいつらに任せようぜ。俺たちの仕事は七菜のような犠牲者を二度と出さないことだ。そのためにもお前はここで潰れちゃいけねぇ。せめて俺くらいの歳になるまでは現役でいてくれねぇとな」
「私は……大樹郎さんのようにはなれません……」
「俺になる必要なんかないさ。すでに技術者としては俺以上なんだからな。お前は今まで通りたくさんメシを食って、よく寝て、研究に励めばいいだけだ。それが七菜のためにもなる。考えてもみろ、七菜の奴がガリガリにやせ細っていくお前を見て喜ぶわけねぇだろ?」
「それは……そうですけど」
「ならば、もう自分を痛めつけるのはやめな。脳波攻撃に対する防御の研究も一旦寝かせておくといい。あれは現時点で完成している。さらに性能を上げるには……また竜と戦いデータを集める必要があるだろう。その日までは別の研究をするんだ。お前ならいくらでもアイデアが思い浮かぶだろう?」
「それが……あの日以来他の研究が全然手につかないんです。何とか切り替えようとしても、すぐにそっちの方に意識が戻ってしまって……」
「そうか……。ならモエギ・コンツェルンを仕切る迷宮王としてお前に特命を与えよう! モエギ・マシニクルへの就職を蹴って、首都第七マシンベースのメカニックとなるのだ!」
まったく予想だにしない言葉を聞かされた私の思考は一瞬フリーズした。
でも、その単純明快な意味を理解出来ないわけではなかった。
「……内定取り消しということですか」
「いや違う違う。特命と言っているだろう。これは私の知る人間の中でお前にしか任せられない人類の未来を賭けた使命だ」
「人類の未来……?」
「そ、そんな胡散臭そうな顔をするな……。俺は本気で言っている。お前も七菜の娘、萌葱蒔苗のことは知っているな?」
「はい、七菜さんからよく話を聞いています。将来的にアイオロス・ゼロの操者になる確率が最も高い子というのも把握しています」
「うむ、特命というのは他でもない。その萌葱蒔苗の専属メカニック兼オペレーター兼マネージャーになり、その成長を見守ってやってほしいのだ。もちろん、今すぐにというわけではないがな」
私にとってはこっちの言葉の方が理解しにくかった。
蒔苗ちゃんを見守ること、私がモエギではなくマシンベースに就職すること……この2つに繋がりを見いだせなかったからだ。
もちろん、蒔苗ちゃんが萌葱一族に関わらないように育てられたことは知っていた。
しかし、蒔苗ちゃんの手にアイオロス・ゼロが渡れば、嫌でも一族のことを知ることになる。
そうなれば、もはや隠し事をする必要なんてない。
モエギ・コンツェルン全体で蒔苗ちゃんをバックアップすればいいはずだ。
私1人をマシンベースに行かせてやることがあるとは思えない……。
当時の私はその疑問をすべて大樹郎さんにぶつけた。
「……蒔苗はまだ発展途上だ。ブレイブ・レベルも常人に比べれば高いが、まだ深層ダンジョンに及ぶほどではない。まさに蒔かれたばかりの種であり、植えられたばかりの苗だ。だがしかし、俺はあいつが俺以上の大樹に育つと確信している。科学的根拠はない。直接会って話をしたわけでもない。遠めに見るだけが精一杯だが、それでも蒔苗からは何かを感じる」
「だからこそ、グループ全体で彼女を育てるべきでは?」
「それは……ダメだ。七菜曰く、蒔苗はおとなしくて人見知りで慎重な子らしい。そんな子がいきなりいろんなものを背負わされて良い気がするとは思えねぇ……。とはいえ、一族のことを明かさず匿名でアイオロス・ゼロを送り付けても不信感を煽るだけだ。真実を明かした上で、あいつにはのびのびとDMDと触れ合う時間を作りたい。モエギ・コンツェルン全体で支えれば、いらぬ情報が耳に入ってくることもあるだろうし、重圧も感じるはずだ。だから、マシンベースからフリーのDMD操者として一歩を踏み出してほしい。そして、その隣にいるのは育美……お前しかいない」
要するにいきなり萌葱一族のすべてを知らせず、段階を置いて蒔苗ちゃんを育てていこうという計画だった。
関わる人間が多くなれば不必要な情報も耳に入りやすくなる。
それを防ぐためにも蒔苗ちゃんの近くにいるモエギ関係者の数は減らしたい。
そこで……自分で言うのもなんだけど、いろんなことをこなせる私に白羽の矢が立ったんだ。
「のびのび、自由に……ですか。でもこの計画、私は責任重大でかなりプレッシャーがかかるポジションですよね? それに今すぐにではないという話ですが、具体的にいつ蒔苗ちゃんに真実を伝えアイオロス・ゼロを譲渡するんですか? 他にもいろいろと詳細をお聞きしたい部分があります」
「ああ、いくらでも聞かせてやる。その前に俺から1つだけ聞かせてくれ。……引き受けてくれるか?」
「それこそ詳細を聞いてから……と言いたいところですが、引き受けましょう。きっとこれが私の使命だから……」
この使命感の中には、蒔苗ちゃんからお母さんを奪ったという自責の念が含まれているのは否定出来ない。
でも、そうでなくても私と蒔苗ちゃんはいずれ出会う運命だったような気がする。
そして何より、七菜さんが私と蒔苗ちゃんが出会うことを望んでいた。
だから、私は向き合わないといけない……!
そう決意した私はモエギ・マシニクルには就職せず、首都第七マシンベースのメカニックになった。
首都第七マシンベースが選ばれた理由は蒔苗ちゃんの家から一番近いというのもあるけど、ここの所長さんが大樹郎さんと古い知り合いだったというのもある。
アイオロス・ゼロを隠すには、話のわかる協力者が必須だったからね。
そうして秘密ドックにアイオロス・ゼロが運び込まれてから3年後……人類は新たな竜と遭遇する。
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