-112- 眠り姫
「……通常兵器の使用と長距離兵装のDMDの配置を要請します」
『ええ、きっとそれが正解よ』
ダンジョン内部に救援部隊は呼ばない。
その代わりにダンジョンの入口を固める。
脳波攻撃の射程はハッキリしていないけど、まさか無限ということはないはずだ。
遠距離からのミサイルや衛星兵器、狙撃を可能とするDMD部隊を配置することで、脳波攻撃の射程外から竜を叩く。
でも、この作戦も確実ではない。
現代の兵器の中でどれが竜に有効なのかすらもわかっていないのが現状だ。
だから、七菜さんには戦ってもらわなければならない。
そしてあわよくば、竜を撃破してもらいたい……!
「スノープリンセスの武装はどうなっていますか?」
『機体を動かすエナジーは足りてるけど、弾は撃ち尽くしたね』
この日はブレイブ・バトル・システムを安定して運用するために、機体のエナジーを食いがちなDエナジー兵器を持たせていなかった。
マシンガンや物理的な近接武器で岩石のような皮膚を持つ竜に対抗することは難しい……。
『まっ、武器はそこらへんに落ちてるから何とでもなるわ』
七菜さんは動かなくなった研究チームの機体から武装を借りて戦い始めた。
そして、今回遭遇した竜に対して有効なのは激しい爆発を起こす武器だとわかった。
岩石のような皮膚は、本物の岩石のように爆弾で砕いてしまえばいい……。
そうなれば通常のミサイルを撃ち込むだけで倒せる可能性は高い。
「七菜さん、もう撤退しても問題ないと思います。通常兵器の準備も整いましたし、DMD部隊の配置も完了しました」
研究チームが残した武装の中に爆発物はそう多くないはずだ。
場所を取り重量が増す実弾兵器はみんな優先して使い切ってしまう。
七菜さんは少ない武装でよく時間を稼いでくれた。
ここまで来たらスノープリンセスを無事に帰還させる方が大事だ。
七菜さんのことはもちろんのこと、機体内のデータも貴重なものだ。
今回得られたデータを解析すれば、より洗練された脳波攻撃に対する防衛システムを作れるはず。
そうなれば人類は現れたばかりの新種すら克服出来る……!
『いや、今のこいつから目を離したらマズい気がする……! こいつ他のモンスターを食って成長するんだ! 傷を治すことも出来る! ここで退いても私を追って外までついてくるかわからない! 場合によっては一度休んで回復と成長を優先する可能性だってある! そうなったら次もシステムが通用する保証はない……!』
「そんな……!」
『でも大丈夫! 私がここで奴にトドメを刺すからね! 一番深い傷がまだ治ってない……。そこを狙えば……!』
「七菜さん……!」
『ごめんね……最後まで言うこと聞かなくって。でも、うちの子はもっと素直だから期待してて』
七菜さんの言葉はそこで途切れ、彼女は長い眠りについた。
竜もまた外に出てくることはなく、七菜さんの懸念が的中したのか、それとも撃破に成功したのか……判断出来ない状態が続いた。
今回竜に眠らされた操者たちは少なくとも息があり、また数人が早い段階で目を覚ましたことから、リスクを承知の上で志願した操者による決死隊がダンジョンへと送り込まれた。
そして、ダンジョン内部には……竜の姿はなかった。
その代わりに竜が落としたものとおぼしき骨と皮膚が転がっていた。
スノープリンセスは研究チームが所持していた試作型高出力Dエナジーブレードを振り下ろしたままの姿で固まっており、回収された映像データと合わせてこの武器で竜の首を切断して撃破したことが判明した。
また、スノープリンセスは外付けパーツの大半が破壊された状態だった。
要するにブレイブ・バトル・システムはどこかの段階で機能不全に陥っていたということ……。
それでも七菜さんは戦い続け、本当に竜を撃破してしまった。
竜との戦いは報道管制が敷かれたこともあり多くの人に伝わることはなかった。
それでも事情を知る人たちは七菜さんの勇気を褒め
同時に私の研究も大いに賞賛された。
未知なる新種への対抗手段を事前に開発していた天才……。
驚異的な新種との遭遇は、起こったことの大きさの割に人々の危機感を煽ることはなかった。
それは初戦にして竜という種の情報がある程度集まっていたから。
そして、単機で撃破したという単純化された情報が先行していたから。
武勇伝の裏で今も目覚めない人がいるという事実は……ほとんど気にされることはなかった。
七菜さんが目覚めない理由は医学的にハッキリしたわけじゃない。
ただ、その長い眠りに竜による脳波攻撃が関わっているのは火を見るより明らかだ。
脳波攻撃を受けた他のDMD操者は数時間から数日で全員目覚めている。
なのに七菜さんだけ目覚めない。
それはシステムのせいか、竜と長時間対峙し続けたせいか……。
どちらにせよ、その原因を作ったのは私なんだ。
システムを作ったのも私で、竜と戦わせる判断をしたのも私で、何より七菜さんをDMD操者にしたのも私だ。
私がいなければ七菜さんは今もつまらないなりに事務の仕事をこなし、普通に蒔苗ちゃんと一緒に日々を過ごせていたはずなんだ……。
でも、誰も私を責めてはくれない。みんな褒めるばかりだ。
七菜さんの犠牲は相手を考えれば致し方ないことだと考えられていた。
私はどうしようもない自責の念を……研究に向けた。
寝食を忘れて七菜さんが残してくれたスノープリンセスのデータを解析。
ブレイブ・バトル・システムから攻撃能力を一旦オミット。
外部からの脳波攻撃に対する防御能力を優先。
それにより不要となったパーツを除き、必要なパーツも出来る限り小型化。
パーツを外付けする形では通常戦闘で破壊されてしまう可能性が高いので、パーツを小型化して組み上げたシステムユニットをDMD内部に搭載出来るように調整。
それでも破壊されてしまう可能性は残るので、脳波攻撃を受けている際にシステムユニットを破壊された場合ブレイブ・リンクを強制切断するプログラムを組む。
時間も忘れて研究に取り組んだ。
かけた時間の分だけ成果が出ていたから、止まることが出来なかった。
そして、研究が上手くいけばいくほど、あの時……実戦テスト前日に女子会になんて行かずにさらなる調整を重ねていれば、ほんのわずかな変化だったとしても、もしかしたら七菜さんを守れていたんじゃないかという思いが強くなっていった。
私はもう上手く眠ることすら出来なくなっていた。
そんな私を止めてくれたのは……大樹郎さんだった。
「お前のやってることは研究じゃねぇ。ただの自傷行為だ」
その言葉と共にいきなり開発部に乗り込んできた社長に恐れおののく社員たち。
大樹郎さんは社員たちに『仕事中すまねぇな』と詫びた後、私を社長室へと連れて行った。
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