-105- 紅と藍と紫

「ふぅ……無事帰ってこられた」


 アイオロス・ゼロリペアをドックに戻し、私はコックピットカプセルのハッチを開けた。

 機体内部に損傷はないと思うけど、装甲はドロドロの粘液がカスったせいでところどころ溶けている。

 そのせいで見た目はかなり酷い状態になってしまった。


 いつもいつもギリギリの戦いに付き合ってもらって悪いなぁと思う。

 でも、それもあと数回かもしれない。

 新型機は夏休み中にロールアウトする予定だからね。

 その瞬間が来るまでは一緒に頑張ろう、アイオロス・ゼロ!


「お母さん……! うぅ……ぐすっ……怖かった……!」


「ごめんね……ずっと怖い思いをさせて……」


 藍花が紫苑さんの胸で泣いている。

 あんなことがあったのに彼女はすぐに立ち直って本当によく戦った。

 1機でも戦力が欠けていたら、ショーの結末は変わっていたと思う。


 そして、そんな2人の横で紅花は立ち尽くしている。

 今にも泣き出しそうだけど、お姉ちゃんだから我慢しているように見える。

 本当は自分も紫苑さんに抱きしめてほしいのかもしれない。


「あ、ミス・マキナ……」


 紅花がこっちを見る。

 言いたいこと、言うべきこと、いろんな言葉がぐちゃぐちゃになって、きっと今の彼女は上手くしゃべることが出来ないんだと思う。

 だから、私の方から声をかける。


「頑張ったね紅花。ありがとう」


「マキナ……うぅ……ごめんなさい……!」


 紫苑さんの代わりにはならないかもしれないけど、紅花を自分の胸で受け止める。

 そして、ひたすら謝り続ける彼女の頭をなでて言葉をかけ続ける。


「いいんだよ、何も気にしなくって。紅花はよく頑張ったよ……」


 しばらくすると紅花も藍花も落ち着き、普通に話せる状態になった。

 そして今度は紅花が紫苑さんに、藍花が私に抱き着いてきた。


「ありがとうマキナ。私と紅花ちゃんを守ってくれて……!」


「どういたしまして! でも、これは藍花のおかげでもあるんだよ。だって藍花が事前に情報をくれなかったら流石の私もすぐには動けなかっただろうし、新型の装置類を使うことも出来なかったもん!」


「では、蒔苗さんに情報を流していたのは藍花だったのね。だからこの新型コックピットカプセルの認証コードも持っていたと……」


 紫苑さんが驚いたような表情を見せる。

 藍花がそんな大胆な行動に出る子だとは思っていなかったんだろう。


「私が……追い詰めたせいね。だから、誰かに相談せずにはいられなかった……。すべてが終わった今になって、自分がどれだけあなたたちに重荷を背負わせていたか気づくなんて……私は母親失格だわ……」


「そんなことないよ! 確かにお母様が怖いなと思うことはあったし、その期待に応えられるのか不安で、プレッシャーに押しつぶされそうだったのは事実だよ。それでも私たちはお母様のやってることが正しいと信じてきたから、ここまで戦ってこれたの! お母様の……私たちの夢を叶えることが出来たの! だから、今はただ私たちを褒めて……! それ以外の言葉はいらない……!」


「ええ、そうね……。紅花、藍花、ありがとう……! 本当によく頑張ったわ……! あなたたちは私の自慢の娘よ! あなたたちがこうして今ここにいてくれることが、お母さんの何よりの幸せ……!」


 藍花は……やっぱり強い子だ。

 口下手なようで言うべきことはハッキリ言うし、たとえ怖くても痛くてもやるべきことはやる。

 紅花も今はまた大泣きしているけど立派な子だ。

 妹のために前に立ち、辛いことも率先して受け止めてきた。


 そして姉妹がこんなにすごい子に育ったのは、紫苑さんが母親だったからに他ならない。

 紫苑さんは本人や周りの大人が言うほど、母親失格じゃないと思う。

 もちろん少し怖いというか、自分の母親をダンジョンに奪われた恨みに囚われているところはあった。

 でも、そんな中で深層ダンジョンに立ち向かえる技術を生み出し、娘たちを一流のDMD操者に育てあげた。


 脳波強化処理みたいな不安定な技術も使っているから、その行動のすべてが褒められたものではないのかもしれない。

 でも大人だからって、親だからって、すべて完璧なわけじゃないから……。

 失敗を繰り返しながら技術が発展するように、人もまた失敗を繰り返しながら成長していくものなんだって……私も改めて心に刻もう。


「蒔苗さん、あなたには感謝してもしきれないし、いくら謝っても足りないわ……。大人げないプライドと意地であなたの好意をむげにして、大事な娘を失うところだった……」


「いえいえ、気にしないでください! バスの中でも言いましたけど、これがDMD操者ですから! ダンジョンに挑み、モンスターを倒し、人々の命を守る! ただそれを実行したまでです! それに私は紫苑さんの気持ちもわかってるつもりです。こう……心の底から湧き上がってくるような使命感を抑えられずに暴走してしまう感じ……ですか? あ、すいません……。ちょっと失礼な言い方に……」


「いえ、その通りよ。血が沸き立つような使命感に酔ってまるで周りが見えていなかったわ。酔いが醒めた今は、この目に見える空間すら広く感じる……」


「私もそんな風になる時がありました。でも、それはただ悪いことではないんです。そうならなければ生まれてこないものもあると私は思います。私の場合はオーラ、紫苑さんの場合は新しい技術……。そういった今の人間の力を超えたものは、使命感に突き動かされ、がむしゃらにあがく人にしか生み出せない。そんな気がしてならないんです。だから、あんまり自分を責めないでください。きっとそれはさねばならない紫苑さんの使命だったんです」


 きっとお爺ちゃんも使命感に駆られてDMDを生み出したんだろう。

 ただ、お爺ちゃんの場合はそこから操者としても、経営者としても結果を残しているから本当にすごい人だなって思う。

 でも、もうお爺ちゃんはいない。

 だからこそ、その遺志と血を受け継いだ私たちが手を取り合い、自分に出来ることを為していく。

 1人ですべてを完璧にこなせはしないから、みんなで力を合わせるんだ。


「使命を果たした今は、うんと娘さんを甘やかしてあげてください。恨みを捨てて広くなった心で自分の大切な人たちを愛してあげてください。そして、紫苑さんも愛されてください。それがいつかまた誰かが使命を果たす時の力になります」


 きっとダンジョンと人類の戦いは終わらない。

 今存在するすべてのダンジョンを抹消出来たとしても新しいダンジョンは出現し続けるし、それに終わりがあるのかどうかは私たちに知りようがない。

 だから人類はダンジョンに挑み続け、その恵みを得ることで進化を繰り返す。

 それはある意味では共生、ある意味では終わりのない生存競争なのかもしれない。


 でもこの日、とある親子の戦いが終わった。

 それだけは変えようのない事実だった。

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