-91- 贅沢三昧

「なるほどねぇ……。藍花がそんなことを……」


 育美さんが指でメモリーをもてあそびながらつぶやく。

 ショーの内容の方はやっぱり想定内だったらしく特に驚きはないみたい。

 でも、藍花の行動には結構驚いている様子だった。


「あの子、かなり内気だし人見知りだからね。それがこうして一度会っただけの蒔苗ちゃんに大事な話をしに来るということは、よほどショー本番が不安なのか、よほど蒔苗ちゃんを信用してるか、あるいはそのどちらもか……」


「でも、ショーに関する具体的な不安要素はないみたいなんです。そうなると、やっぱり緊張から来る不安なのかもしれません」


「まあ、人前に出るのは絶対苦手だろうからねぇ……。とにかく、彼女が決死の覚悟でもたらしてくれた情報は私が預かるわ。機体のシステムを新型装置に対応させるのと、蒔苗ちゃんのリングに新型カプセルの認証コードを入力する作業は責任を持って明日やるからね」


「ありがとうございます。育美さんに任せておけば私も安心です」


 明日やる……か。

 育美さんのことだから、今からマシンベースにトンボ帰りして作業に当たるかも……なんて思っていた。

 もちろん、早くやれって言ってるわけじゃないからね!

 むしろ、今日はちゃんと休んでくれそうで安心してるんだ。


「さぁて、仕事の話はこれくらいにして晩御飯を食べに行きましょう! 私、旅館の中に行きたいお店を見つけたんだよねぇ~」


「じゃあ、そのお店に行きましょう!」


 育美さんの案内でたどり着いたのは……ビュッフェ? バイキング?

 とにかく食べ放題スタイルのホテルレストランみたいなところだった。

 雰囲気もカジュアルな感じで、私でも気後れしないで済みそうだ。

 それにお料理の種類がとっても豊富で目移りしちゃう!

 今日はたくさん食べちゃおうかなぁ~。


「こういう食べ放題形式のレストランって……いいよね。いくら食べてもお金を気にする必要はないし、たくさん食べててもあんま目立たないし」


「そうですね!」


「まあ、今回はすべての代金をヴァイオレット社が払うからすべてのお店が食べ放題みたいなもんだけど、流石に私も人の心を持ってるからね。そんな残酷なことはしないわ」


 育美さんの言葉の意味を私はまだ理解していなかった。

 それを理解したのは好きな料理をお皿にとって自分のテーブルに戻ってきた時だった。

 その時にはすでにテーブルに何人前だという料理が並び、中央には山盛りのポテト……お上品に言うとフレンチフライが置いてあった。


「他のお客さんの迷惑になっちゃいけないから、ちょっとポテト少な目でごめんね」


 これ少ないんだ……!

 育美さんと出会って約3か月。

 彼女がたくさん食べる人だというのは十分に理解しているつもりだった。

 でも、今まではまだ抑えていたんだ!

 きっと私にドン引きされないように……!


 ここで明らかに驚いている素振りを見せれば育美さんが傷つくかもしれない……。

 私は平静をよそおってテーブルに座った。


「やっぱりこういうバイキングだとポテトが欲しくなりますよね~」

「だね~」


 至って平凡な会話だ。

 その量に目をつむれば……。


「このお料理は全部育美さんが……」


「うん、ポテト以外は自分の分のつもりだけど、欲しいものがあったらどんどん食べて! また取ってくるから!」


「りょ、了解です!」


 育美さんはたくさん食べることを強要するような人じゃない。

 だから、普通に自分の好きなものだけ食べればいい。


 そういえば、カレーも置いてあったなぁ~。

 家のカレーとは違うお上品なホテルカレーって感じで心惹かれる。

 でも、バイキングでカレーって安易に手を出しちゃダメな気がするよね。

 すぐにお腹いっぱいになっちゃいそうだもん。


 まあ、育美さんは開幕カレーでしかも一食分くらいの量を盛ってるけど……。

 カレーをメインにいろんなおかずを食べる様子は見てるだけでお腹いっぱいになりそうだ。

 だから、自分の皿に意識を集中させよう!


「いただきま~す。……美味しい!」


「でしょう? 流石は最新のスーパー旅館!」


 バスでの移動、紫苑さんとの出会い、藍花のお話、育美さんの食欲……。

 いろんなことが起こりすぎて混乱気味だったけど、美味しい料理を一口食べると急にお腹が空いてきた!

 うおおっ! 育美さんに負けないくらい食べるぞ!

 手を出すぜ……カレーにも!


「おっ! 若いねぇ蒔苗ちゃん!」


「いえいえ、育美さんほどでは!」


 私たちは食べたいものを食べたいように食べた!

 辛いものも、甘いものも、好きなように!

 おかげでお腹はパンパンだけど、嫌な感じはしない。

 満腹であると同時に幸福……!

 やっぱり食事はこうでなくっちゃね!


「いやぁ、久しぶりに人前で遠慮なく食べた気がするわ。びっくりさせちゃってごめんね」


「いえいえ! これからもたくさん食べる育美さんでいてください」


「ふふっ、ありがとう。でも、食べ放題じゃない限りなかなか本気は出せないわね。いろんな意味ですごいことになるから……」


 普通のお店であれだけ食べたらおいくらなんだろう……。

 私には想像もつかない。

 ただ、それを実行したら育美さんの言う通り『残酷なこと』になるのは間違いない……!

 流石にヴァイオレット社の人も怒りそうだ。


「ねえ、蒔苗ちゃん。少し休憩したら一緒に温泉に入らない? それも部屋にある私たちだけの露天風呂にね!」


「いいですね!」


 軽い気持ちで返事をした後に気づく。

 温泉ってことは……裸じゃん!

 こ、心の準備が……!


 でも、逆に言えば育美さんも裸ってことよね?

 それはちょっと、いやかなり興味がある……。

 よし、勇気を出して温泉に入るぞ!

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