-84- 託された願い

「お爺ちゃんはすごいですね……。私なら二度と立ち上がれなくなっちゃいそうです」


「本当に強い人だったわ……。そのアイオロス・プロジェクトも結局は人間側の脳波が強くならないと深層ダンジョンには挑めないという結果が出てしまったけど、それでも大樹郎さんは現状の技術で最高の機体を願いと共に未来の操者に託した……。そう、願いを託されたという意味では、蒔苗ちゃんもヴァイオレット姉妹も変わらないのよ。違うのはその手段だけ」


「紫苑さんは生まれるかもわからない未来の操者に託すのではなく、今ある自分たちの技術で深層ダンジョンに挑もうとした……」


「この招待状が私たちに見せてくれるのはその願いが届いた結果なのか、それとも……。こればっかりは当日にならないとわからないわね。私も蒔苗ちゃんと一緒に行くわ。招待状に記されたショーの会場……新潟第三マシンベースに!」


「育美さんも来てくれるんですか!? 良かった……! 私、旅行なんてしたことありませんから、よくよく考えたらすごく不安で……!」


「大事な蒔苗ちゃんを1人で行かせるわけないでしょ? ショーの会場に直接入り込めなくても、マシンベースならメカニックとして潜り込む手段はいくらでもある! 一緒に新潟旅行をするくらいの軽い気持ちでいきましょう。不安になる気持ちはわかるけどね」


「はい……。知らない土地に行くだけじゃなくて、細かい内容が伏せられてるショーを見に行くことになるんで、それも結構不安で……」


「何かショーの内容に引っかかる点があるのかしら? この招待状から予測出来る範囲だと、黄金郷真球宮を抹消することと、それを可能にする新技術の発表会って感じだけどね」


「それは私もわかってるんです。でも……これは別にブレイブ・レベルが高いからうぬぼれてるわけじゃないんですけど、何だかそう簡単にレベル50の壁を突破できるとは思えなくて……。紅花と藍花が無理してるんじゃないかと、勝手な想像をしてしまうんです」


 この気持ちに根拠はない。

 やはりうぬぼれというか、私にしか出来なことを他の誰かにしてほしくないって気持ちが、私の中にもあるんだろうか?

 わからない……。わからないけど胸騒ぎがする……。


「ヴァイオレット社はそれなりに実績のある会社よ。ハッタリとかサプライズとかが好きで、作っているDMDもモエギに比べると不安定なところがあるけど、革新的でみんなが憧れる真新しさみたいなものがある。新しく発表されるであろう技術がまだ不安定な可能性は十分にあるけど、そんな目も当てられないような大惨事になるとは思ってないというか……同じ現場で働くメカニックたちのことを考えると、ちゃんとそれなりに仕上げてきてると信じたくなるのよね」


「そう……ですよね! たくさんの人の力が合わさって新しい技術が生まれるんですし、きっと大丈夫ですよね!」


 有名企業が自分のところの社長令嬢に無理をさせて、それを新技術としてアピールしようとしているなんて、とんでもない妄想よね!

 私1人ですべての深層ダンジョンを相手にすることは出来ない。

 だから、もしその新しい技術が本物なら、私にとっても嬉しいことなんだ。


「でも、信じると同時に疑う目も持っているわ。多くの技術者が深層ダンジョンの攻略を目指して日夜研究しているからこそ、その方法が見つかったと聞くと本当にそうなのかとじっくり確認したくなる。もちろん本当であれと願う気持ちの方が強いけどね。とはいえ、今までいけると思ったけどダメだったという例はいくつもあるのよ」


「今度こそ本当だと祈るしかありませんね……」


「だけど、もしものことを考えた時、蒔苗ちゃんには祈る以外に出来ることがあるかもしれないわ。そのためにも一緒に連れて行きましょう、『ゼロリペア』をね!」


「他のマシンベースに運べるんですか!?」


「そりゃDMDは人間サイズだし楽勝よ! 流石に新潟は遠いから普段のドローンで飛ばすってわけにはいかないけどね」


「わぁ……! ありがとうございます!」


 ゼロリペア……正式名称はアイオロス・ゼロリペア。

 その名の通り蟻の巣の戦いでボロボロになったアイオロス・ゼログラビティを修理した機体だ。

 修理しただけなら名前を変えなくてもいいんじゃないかと思われるかもしれないけど、機体の変わり具合で言えば、ゼロからゼログラビティになった時くらいの違いがある。


 形状としては素のアイオロス・ゼロに戻った感じで、使われているパーツは量産機であるディオスのものがほとんどだ。

 つまり、ゼロリペアは実質的にディオスなんだ。

 天下のモエギ・コンツェルンと言えど、もはやこの世に1機しか存在しないアイオロスシリーズの専用パーツを作り続けるような非効率的なことはしない。

 その代わりにディオスというパーツに互換性のある量産機を生産することで、長きにわたってアイオロス・ゼロを運用出来るようにしてある。


 ゼロリペアとオリジナルの差としては、反応速度と機動力が少々落ちていることが挙げられる。

 私としては体感できない程度の差だけど、これは蟻の巣以降ギリギリの戦いをしていないからそう感じるだけかもしれない。

 覚醒機械体との戦闘ともなれば限界まで機体の性能を引き出さざるを得ないので、自ずとその性能差を感じさせられることになると思う。

 胴体周りのジェネレーターや脳波受信装置、頭部のセンサーあたりはアイオロス・ゼロのものを使い続けているので、ここらへんの性能は落ちていない。


 ゼロリペアとゼログラビティを比較した場合は……大きな違いがある。

 背中に接続されていた黒い翼『グラビティ・ウイング』を開発中の新型機に搭載するために取り外したので、総合的な機動力はゼログラビティと比べて大幅にダウンしている。

 一応、代わりとして新型のブースターが用意されているから飛行自体は可能だけど、やはり無重力のノンストレスな飛行には劣る。

 こればっかりは仕方ないと割り切るしかない。


 武装面はディオスのものをそのまま流用できるようになったから、逆に選択肢が増えている。

 ダンジョンに合わせて最適な装備を選ぶこともあれば、新型機が使用する武装のテストを行うこともあった。


 新型機が出来るまでの仮の機体みたいなポジションに思えるけど、ぶっちゃけDMD操者を始めてからゼロリペアと一緒に戦ってる期間が一番長いのよね!

 5月にあった蟻の巣の戦いからこの夏までの約2か月間一緒なわけだもん。

 その機体が一緒に新潟まで来てくれるなら、こんなに心強いことはない。


「ショーの日程は……1週間後か。招待状を送るにしては余裕のないスケジュールだけど、それだけ相手方も調整に苦労したってことかしらね。まあ、夏休みの蒔苗ちゃんと融通の利く職場に勤めてる私なら問題なくショーにさんじることが出来そうよ」


「1週間後……! 今からもうドキドキしてます!」


「ふふっ、でも今日は普段通りの仕事をしないとダメよ? 移動手段とか宿泊施設とかは私が準備しておくから、蒔苗ちゃんはいつも通りダンジョン探査を頑張って!」


「はい! ゼロリペアを壊さないようにしないと……! って、これじゃあ肩に力が入っちゃう! リラックス……リラックス……!」


 1週間後、私は何を目にするのか……。

 わからないから不安だけど、少しだけワクワクする気持ちも出てきた。

 あんなことかな? こんなことかな?

 そんな想像と共に時は流れ、因縁の地へと向かう日がやってくる。

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