-82- 招待状
封筒の中に入っていたのは三つ折りにされた1枚の紙だった。
やたら手触りの良いその紙を開き、一番最初の文を読む。
「ダンジョンデリートショー in 新潟県
大きく記されたその文章はまるでご当地イベントのような響きだ。
でも、ダンジョンデリートって要するにダンジョンを抹消するってことよね?
その様子を見世物にでもする気なのかしら……。
それと一体どこのダンジョンを抹消するのか……。
もっと招待状を読み込んでみよう。
「蒔苗ちゃん、ここにいたのね」
「あ、育美さん。おはようございます」
私がなかなか整備ドックに来ないから、育美さんの方から私を探しにやってきた。
そして当然、育美さんの視線は私の持っている招待状に吸い寄せられる。
「なに? ラブレターでも貰ったの!?」
「ち、違いますよ! 招待状です! さっきまでここにいた
「ええっ!? 紅花がここに来てたの!?」
育美さんが今まででも屈指の驚き方をする。
やはり彼女たちは有名人なのかな?
まあ、1回見たら絶対忘れない強烈さはあるけど。
「そうか……紅花がねぇ……。じゃあ、
「な、なんか会っちゃまずい人たちだったんですか……!?」
「いいえ、むしろその逆……かな? 驚くと思うけど、紅花と藍花は蒔苗ちゃんのいとこにあたる子たちなのよ」
「……え? あの2人が私のいとこ!? つまり、私の両親の兄弟の子どもさんってことですよね!?」
「そうよ。蒔苗ちゃんのお母さんのお姉さんで、萌葱大樹郎さんの4人目の子ども、萌葱
「ヴァイオレットってことは外国の方と結婚されたんですね」
「ええ、旦那さんの名前はオリヴァー・ヴァイオレット。彼はDMD開発において業界ナンバー2とされるアメリカの大企業ヴァイオレット社の社長さんなのよ。つまり、あの2人は社長令嬢でもあるわけね」
「しゃ、社長令嬢……! しかもDMD開発において業界ナンバー2!? ということは、思いっきりライバル企業に嫁いでるんじゃ……!」
「その通り! いやぁ当時は騒がれたらしいよ? なんてったって紫苑さんはオリヴァーさんと交際してることを大樹郎さんにも隠していたみたいだし、本当に周りの一部の人にしか相談せずに結婚を決めたわけね」
「そんなことされたら……お爺ちゃん、怒ったんじゃないですか?」
「紫苑さん本人には相当怒ったみたいよ? でも、相手のオリヴァーさんのことは技術者としても経営者としても前々から一目置いてたみたいで、彼に娘を嫁がせること自体は反対しなかったってさ」
「……なんというか、お爺ちゃんがオリヴァーさんのことを評価していることまで織り込んだうえで電撃結婚したような気がしますね、紫苑さんは」
「お? 蒔苗ちゃんもそう思う? 紫苑さんは純粋な賢さとずる賢さを併せ持ってて、なかなか掴みどころのない人なのよねぇ~。私をマシンベースから引き抜こうとしてきたことがあったから、あの人のことは少しだけ知ってるんだ」
引き抜き……か。
それはつまり育美さんの能力にも気づいているということだ。
紫苑さんは人を見る確かな目を持っているんだろうな。
でも、そんな彼女の目に自分の娘たちはどう映っているんだろう?
「育美さん……紅花と藍花について1つ聞いて良いですか?」
「うん。察しはついてるわ」
「彼女たちの髪の色と目の色……自然なものじゃないですよね?」
紅色と藍色の髪は染めないとありえない。
でも、彼女たちの髪は染めてるようにも見えなかった。
そして目の色も同じように不自然だけど、カラーコンタクトだとは思えなかった。
ならなぜ、そんなことになっているのか?
私はその答えに……心当たりがある。
「蒔苗ちゃんの考えている通り、あれは脳波強化実験……いや脳波強化処理の影響だと考えられているわ。要するに百華の髪の一部が桃色なのと同じことね」
「脳波強化処理……! 実験とは違うんですか?」
「ヴァイオレット社はすでに脳波強化を実用化出来ていると主張しているのよ。だから実験ではなく処理と呼んでいる。でも、実際のところ実験とどれほどの差があるのかはわからないわ。ただ……少なくとも紅花と藍花は成功例として認めている人が多いのよ」
「処理によって脳波が明確に上がってるということですね……」
「……ええ。彼女たちのブレイブ・レベルは共に50で安定してるわ。それもかなり若くしてそのレベルに到達し、安定するのも早かった。でも、その分体の異変も激しいものよ。元は綺麗な黒髪だったのに、数年で紅色と藍色になるなんて……。でも、そうだとしても、ダンジョンに立ち向かうためには必要なことだったと言う人はいるわ」
「それは……わかっているつもりです。そして、戦う力を持って生まれた私にとやかく言う資格がないこともわかっています。でも、大企業だからって大っぴらに人間を改造するみたいなことが許されているのはなぜですか? 百華さんを強化した企業は裁かれたはずなのに……。そして、なぜ強化の対象に実の娘を選ばなくちゃいけないんですか? そりゃ他人ならいいってわけじゃありませんけど……」
「彼女たちの脳波強化を肯定するものは、今まで救ってきた命に他ならないわ。レベル50の操者はそう何人も存在しない。彼女たちはその希少な力で多くのダンジョンを抹消し、失われるはずだった命を救ってきた。さらには地上にあふれ出したモンスターの討伐や貴重な新素材の発見など、人類への貢献度は計り知れない……。残酷だけど、役に立つから見逃されてるのよ。もちろん企業の力が強いというのも間違いないけどね」
「命……ですか」
それを出されてしまうと、返す言葉はない。
でも、強化による人体への悪影響はハッキリしていないんだ。
髪と目の色が変わるだけで済むならまだいい。
でも最終的にどうなるかは誰もわからないんだ。
「そして、なぜ娘を強化するのか。それは紅花と藍花に適性があるから……というのは表向きの理由。本当の理由は紫苑さんが自分に果たせなかった悲願を実の娘に果たしてほしいと思っているからなの」
「果たせなかった……悲願?」
「それはある深層ダンジョンの抹消。紅花と藍花はその1つの深層ダンジョンを抹消するためだけに今も強化を重ねられているの。そのダンジョンの名は『
新潟県騎虎市……!
招待状に書かれていた地名と一緒だ!
そして、今回のダンジョンデリートショーで抹消されるダンジョンはその『黄金郷真球宮』だと招待状には記してある!
でも、レベル70ダンジョンということは……。
「育美さん、これ……」
私は招待状を育美さんに見せる。
その時、育美さんは妙に納得したような、少し悲しんでいるような、複雑な表情を見せた。
「どうやら今年で因縁にケリをつけるみたいね。それも大々的に……。でも、相手はレベル70の深層ダンジョン。紅花と藍花のブレイブ・レベルが急激に伸びたとは考えにくいし、何か技術面で革新的なものが見つかったのかしら……」
「……育美さん、このお誘い受けてもいいですか? なんだか私も行かなければならない気がしてきたんです」
「そうね。それがいいと思うわ。あそこは萌葱一族にとって因縁の地……。そして何より、アイオロス・プロジェクトが生まれるきっかけとなった場所だから」
紫苑さんだけでなく、一族にとって因縁の地。
そして、アイオロス・プロジェクトにとっては始まりの地。
そこで起こった悲劇のことは私も知っている。
きっとこの日本で知らない人はほとんどいないと思う。
でも、その悲劇と私の家族に関係があることを私はまだ知らなかった。
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