-71- 蟻の巣抹消作戦Ⅰ〈証明〉

 同時刻――。

 巨大ムカデ型モンスターの出現でバリア内はパニックになっていた。

 当然、鴨茅かもがや高校も例外ではなく、校内は悲鳴で満たされていた。


「きゃああああああっ!!」

「なんだよあれ……!」

「みんな避難! 避難して!」

「どこにだよ!? どこなら安全なんだよ!?」


 あれほどの巨体に狙われれば逃げ場などない。

 逃げたいという思いと裏腹に、生徒たちのほとんどはその場に立ち尽くすか、気の弱い者は失神していた。

 そんな阿鼻叫喚の中で、愛莉たちはまだ冷静だった。

 しかし、流石の彼女たちもあれほどのモンスターを前に動揺は隠せない。


「ありゃ……ヤバいでしょ」


「全長何百メートルくらいなんだろ? もしかしたら何千メートルだったり……」


「蒔苗ちゃん、寝坊でもしたのかしら?」


 教室の窓から見えるムカデは、明らかにバリア内に侵入しようとしていた。

 バリアは薄い赤色から透明へと移り変わり、その力が弱っているようにも見えた。

 侵入してくるのは時間の問題……。

 みんなそう思っているが、口には出さなかった。


「早く来てくれないと食べられちゃいそうだよ」


「いやぁ~、あのでっかい体に私たちなんて腹の足しにもならないでしょ」


「踏みつぶしたことにも気づかないだろうなぁ」


 会話を続けて心を落ち着ける。

 黙ってしまったら、周りのクラスメイトのように怯えるだけになってしまうから。

 そんな時、クラスメイトの女生徒が愛莉たちに詰め寄ってきた。


「あなたたち! どうしてそんなに落ち着いていられるの!? どうかしてるんじゃない!?」


 不安からくる他者への攻撃。

 愛莉は至って冷静に答えた。


「大丈夫だよ。きっとすぐに助けが来るから」


「はぁ!? 一体誰が助けに来るっていうのよ! あんな大きなモンスターはDMDでも通常兵器でも倒せないわ! 私たちは見捨てられるのよ!」


「いや、来る。私たちを助けてくれる人が絶対に来るから」


「なんの根拠があってそんなこと言ってるの!? 誰が来るっていうのよ!」


 愛莉は悩んだ。

 自分たちだけの秘密である蒔苗の正体を明かすかどうか。

 話したところで信じてもらえるとは限らないが、それでもこの混乱を一時的に抑えられるんじゃないかと……。

 蒔苗本人に確認は取れない。

 判断は自分で行うしかない。


「萌葱蒔苗。萌葱大樹郎の孫よ」


 教室の中が一瞬だけ静かになった。

 誰も予想していない名前の登場が、今のパニック以上の驚きを与えたためだ。


「ま、蒔苗がどうしたのよ! あの子はモエギとは関係ないって……」


「本人もそう思っていた。でも、それは違ったの。萌葱大樹郎さんの死をきっかけに、蒔苗ちゃんは萌葱一族の運命に飲まれていった。そう、DMD操者としての運命に」


 蒔苗と萌葱一族の関係は、誰もが一度は疑う。

 珍しい名字だし、蒔苗は家族のことをあまり話さなかったからだ。

 しかも最近は萌葱大樹郎の死と同時期に身内の不幸で休み、その後は雰囲気が変わったと思っているクラスメイトもいる。


 しかし、仮にそれが事実だったとして、蒔苗が助けに来てくれる証明にはならない。

 愛莉は自分の知っていることをみんなに伝え続ける。


「今日、蒔苗ちゃんが学校を休んだのもDMDに関係している。昨日モンスターが地上に現れた事件……みんな知ってるよね? あのモンスターを倒したDMDアイオロス・ゼロは蒔苗ちゃんが操縦していたんだよ。でも、無理をしたから昨日は検査入院してたんだ」


 クラスメイトの何人かが息をのむ。

 あの戦闘の映像はあらゆる情報媒体で拡散されており、見ていない生徒などいなかった。

 迷宮王・萌葱大樹郎の遺志を継ぐDMDアイオロス・ゼロ……。

 その存在はあの戦いで世間に知らしめられていた。

 でも、その操者がまさかクラスメイトの女の子とは誰も想像していなかった。


「蒔苗ちゃんは今日学校に来るって約束してくれた。こんなことになっちゃったけど、絶対来るよ。まあ、もうお昼前だからかなり遅刻だけどね」


「本当に……それは本当なの……?」


「うん! このことをみんなに話していいかはわからないけど、それでみんなが希望を持ってくれるなら、蒔苗ちゃんもきっと許してくれるよ」


 パニックは一時的にとはいえ止まった。

 しかし、このまま蒔苗がいつまで経っても来なければ、彼女たちはより深い絶望の淵へと叩き落されてしまうだろう。

 愛莉は窓から空を見上げる。


「ほら……来たよ」


 その言葉を聞いてクラスメイトたちも一斉に窓から空を見上げる。

 空間の歪みがなくなったことで晴れ渡った青空に、漆黒の翼が舞っている。

 それを見て数人の生徒が悲鳴を上げた。


「あれって……昨日のカラスじゃない!?」

「もう1体いたっていうのかよ……!」

「いや、待って! あれカラスじゃないよ!」

「よく見ると……人か?」

「DMDに決まってるじゃない!」


 黒い翼を持つDMDはぐんぐん接近してくる。

 近づくにつれて、その姿もハッキリと見えてくる。


「あれはアイオロス・ゼロ……なのか?」

「テレビで見たのと違う!」

「なんで翼が生えてるんだ?」

「本当に蒔苗が動かしてるのか?」


 口々に疑問を述べるクラスメイトたち。

 だが、次の瞬間彼らは言葉を失う。

 アイオロス・ゼロ……いや、アイオロス・ゼログラビティが萌葱色のオーラを発し始めたからだ。

 オーラは機体が構えた2本の長剣を包み込み、巨大なオーラの剣を作り出す。


 そして、その刃は大ムカデの体を真っ二つに斬り裂いた!

 大ムカデは一瞬にして倒され、光の粒子となって風に散った。

 それを見ていたすべての人々は、ただただ驚くことしか出来なかった。


 だが、それだけでは終わらない。

 アイオロス・ゼログラビティは右腕を掲げ、空に向けてエナジーサインを放った。

 エナジーサインは簡単に言えば、Dエナジーによって空間に模様を描く技術だ。

 空中に描かれた模様はモエギ・コンツェルンの中心企業であるモエギ・マシニクルの社章だった。

 それはつまり、モエギ・コンツェルンそのものを表すサインともいえる。


 本来、人命救助の場で自社の社章をでかでかと見せびらかす会社などない。

 反感を買うことがわかり切っているからだ。

 しかし、このDMDはその行為を行った。

 それはつまり、会社ではなく個人が誰かに向けてメッセージを放ったのだ。

 自分が萌葱の人間であるという証として……。


「本当に、蒔苗なんだ……」


 誰かがそうつぶやいた。

 その証が示された時、少なくともこのクラスの生徒たちは恐怖を忘れていた。

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