-60- お父さん
それは確かにビデオレターを送る時にありがちなセリフだった。
いつか言ってみたかったというお父さんの気持ちもわからなくはない。
でも、引っかかるのは『確実に』という言葉……。
ここまで死を強調するようなセリフ回しはあまり聞きなれない。
『……前置きがアレだったから冗談みたいに聞こえるかもしれないけど、残念ながらこれは事実なんだ。ただし、重い病気で余命を宣告されてるみたいな状況とは少し違う。今の僕の体はすこぶる健康だ。にもかかわらず、僕は死ぬ日時まで確定している。そう……深層ダンジョンに存在する超常的な力によってね』
お父さんはおもむろに作業着のファスナーを下ろし、首元を見せる。
そこには毒々しい紫色の華のような模様が浮かび上がっていた。
『これは「
軽い口調だけど、その表情には鬼気迫るものがあった。
普通に考えたら呪いの存在なんて信じられない。
しかも4年と4日と4時間に死ぬって、なぜ異次元の存在であるダンジョンが日本語の『四』から『死』を連想する文化までしっているんだとか思ってしまう。
でも、現実にお父さんは死んでいるんだ……。
理解が及ばない超常的な力の存在も信じざるを得ない。
そもそもこの世界にダンジョンが存在することさえも超常的なのだから。
『このアザについてわかっていることはあまりない。深層ダンジョン由来の災いだということは1つ目の特徴からわかるけど、深層ダンジョンに足を踏み入れた者すべてにアザが現れるわけじゃない。つまり、ダンジョンの環境のせいというよりは、何らかのモンスターによる攻撃だという説が有力だ。実際、お父さんはモンスターと正面からやり合う前線にいたからね。今はDMDのおかげで安全にモンスターと戦えるけど、少し前の時代は……酷いもんだった。そして、これからまたそういう時代が来ないとは言い切れない。未知の闇を抱えた深い深いダンジョンが、今この瞬間も大きな口を開けているからだ』
少しずつお父さんの口調は真剣なものになっていく。
まるで自分の死など前座に過ぎないと言わんばかりに……。
『今はまだ深層ダンジョンに生身で潜るようなことをしなければ、こういった未知の闇と無関係に生きることが出来るだろう。でも、明日のことはわからない。この原因不明の呪いが明日には全世界にばら撒かれている可能性だってある。そんな未知なる恐怖に立ち向かうには……こちらから闇に手を伸ばし、闇の中にある力を得るしかない。ダンジョンから得た技術と資源でDMDが進化していったように!』
ここでお父さんは脇に置いてあった水を飲み、一息入れる。
そしてまた手元の紙をちらっと見てから口を開いた。
『アイオロス・ゼロが生まれた理由と、蒔苗を萌葱一族と離して育てた理由は同じだ。すべては深層ダンジョンに立ち向かうため……! まずはアイオロス・ゼロについて語ろう。正直こっちは隠すほどのことでもないんだ。深層ダンジョンの探査を可能にするDMDの開発なんて、どこの国や企業でもやってることだからね。ただ、モエギ・コンツェルンはDMDのパイオニアだから、どこにも負けないほどその研究も進んでいたんだ。そして、我々プロジェクトチームはある時1つの答えにたどり着いた。いくらDMD側の脳波受信能力を上げたって、いくらマシンベース側の脳波増幅能力を上げたって、元となる人間の脳波が強くならない限り、深層ダンジョンにはたどり着けない……とね。それでも我々は限界まで脳波受信能力を高めたDMDを完成させた。それがアイオロス・ゼロだ』
深層ダンジョンに立ち向かうために作られたのがアイオロス・ゼロ……!
私は今まで単なる高性能DMDだと思っていたけど、この機体にはそんな願いが込められていたのね!
『脳波受信能力を高めた副産物として、よりダイレクトに操者の思い描く動きを機体に伝えられるようになったゼロは、深層迷宮探査機としてだけでなく単純なDMDとしても十分高性能な機体になった。しかし、並の操者が扱う場合はそうでもない。あまりにも敏感過ぎるから本能的に動きをセーブしてしまうし、そうなれば装甲を削ってまで高めた機動力が無駄になる。お義父さん……蒔苗のお爺ちゃんですら、ゼロのスペックは引き出しきれなかったよ。だから装甲を追加し、反応速度と機動力を抑えて扱いやすくしたアイオロスを作ったんだ。いやぁ、アイオロスは本当にバランスに優れた名機でねぇ。コストがお高いことだけが弱点みたいなもんさ。だから、アイオロスの
熱っぽくここまで話をした後、お父さんは少し申し訳なさそうな顔をした。
『まーた話が脱線してたね……。次は蒔苗について話そう。ただ、蒔苗に関してはアイオロス・ゼロのようにすべてが理屈で動いていたわけじゃないんだ。それは
さっきのDMD開発の話は私もお父さんと同じように熱くなった。
でも、自分の話になると何だか身構えてしまう。
自分も知らない自分が明かされていくのは、興味と同レベルの恐怖もある……。
『DMD方面の研究に力を入れていて、人間の脳をどうこうしようとしていなかった我々萌葱一族も、アイオロスプロジェクトによって結局は人間の脳波を高めるしかないという結果を目の当たりにし壁にぶち当たった。とはいえ非人道的な研究や、その効果がハッキリ証明されていない教育なんかで高い脳波を持つ人間を育成しようなんて思わなかった。その時には脳波をいじりすぎると肉体に異変が現れるなんていう話も出始めていた頃だった。だから我々は……発想を逆転させた。あえて高い脳波を持って生まれてきた蒔苗をDMDに関わらせずに育てることにしたんだ。これが蒔苗を萌葱一族から遠ざけた理由だ。萌葱の血を知ればDMDに触れることになる。だから無理やりにでも隠した……』
お父さんは言葉を噛みしめるように言う。
まるで自分に言い聞かせているように……。
『一見理屈の通ったやり方に聞こえるかもしれないけど、実際のところは放置や先延ばしに近い選択だった。いじっても伸びないからと言って、いじらなければ伸びるとは限らない。しかも、ずっとブレイブ・レベルが伸びるまで放っておくことも出来ない。無理にいじってはいけないとはいえ、脳波はそもそも人間が持つ能力の1つだ。使わなければ鍛えられることもない。つまり、ある程度肉体や精神に成熟するのを待った後、しかるべきタイミングで真実を明かすというのが我々の計画だった。ただ、どの程度成熟を待つのか、しかるべきタイミングとはいつなのか、それがまったくわからなかった。でも、僕個人としてはこの選択が正しいと思った。先延ばしの結果、蒔苗が大きくなる前に50レベルの壁を突破する者が現れたら、そのまま蒔苗は何も知らずに平和に生きられるかもしれないと考えたからだ』
私がずっと空っぽだと思っていた人生は、多くの人が私のために与えてくれた平和な時間だったんだ。
それを理解出来なかったのは……仕方ない。
昔の私には隠された真実なんて知りようもなかった。
でも、すべてを知った今はあのただ何もなく過ぎ去っていく時間すら
『……でも、結果的に蒔苗はアイオロス・ゼロを継承し、その力を目覚めさせた。蒔苗に機体を渡すタイミングを判断したのはお母さんなのか、はたまたお爺ちゃんなのか……僕には知るすべがない。たけど僕はその勇気ある判断に感謝する。そして、戦う覚悟を決めた蒔苗も褒めてあげたい。こうなったからにはもう何も知らずに平和に暮らしてほしいなんて言わない。その力で戦うんだ蒔苗! 世界を救おうなんて考える必要はない。ただ自分と大切なものを守るために戦うんだ!』
そう言い切った後、お父さんは手に持っていた紙をそっと脇に置いた。
そして、すべてを出し切ったような表情でふーっと息を吐いた。
『まあ、伝えるべきことはこれくらいかな。今蒔苗が抱いている疑問に大体答えられたと思う。本当は直接伝えたかったという気持ちもあるけど、自分の生き方に後悔はしてないよ。DMDがない時代は人間の力だけでダンジョンに立ち向かう必要があった。僕はその役目を自ら志願して背負い、自慢じゃないけど何人かの命を救ったことも、浅いダンジョンを抹消したこともある。それが死の呪いを招く結果になったけど、戦わなければもっと多くのものが失われていただろう。それに肌で深層ダンジョンの恐怖を感じなければ、アイオロスプロジェクトに関わることもなかったと思う。想像と体験では恐怖に対する認識はまるで違うから、その恐怖に立ち向かうための情熱もまるで違うものになる。だから、僕は今までのすべてを受け入れるよ。そりゃ今すぐ呪いが解けるなら解きたいけどね! あはは! でもさ、この生き方が自分らしいって納得してる自分もいるんだ』
お父さんの笑顔は諦めとか強がりの笑顔ではなかった。
でも、楽しみや喜びの笑顔でもない。
これはきっと……覚悟の笑顔だ。
『ただ、1つだけどうしても受け入れられない……納得出来ないことがある。それは僕が死んだせいで蒔苗が悲しむことだ。僕は僕の生きざまに納得して死ぬ。でも、蒔苗にとって親が死ぬというのはただただ不幸な出来事だ。僕自身が覚悟を決めても、蒔苗の悲しみはやわらがないだろう。だから僕は死の運命を知った時から、蒔苗と距離を取り始めた。僕が死んだところでどうでもいいと思えるように……。でも、結局こうやって直接言葉を伝えようともしている。どうしたらいいのか今も迷い続けてるのさ。蒔苗がお父さんのことをすっかり忘れていても、それはそれで嬉しい。逆にお父さんのことを覚えていてくれても……やっぱり嬉しい。どちらでもお父さんは幸せ者だ。お父さんが蒔苗を想う気持ちはいつでも変わらない。愛してるよ、蒔苗』
「お父さん……」
少し照れくさそうに笑うお父さんを見て、自然と言葉があふれた。
お父さんのことをすっかり忘れていたわけじゃないけど、ハッキリと覚えていたわけでもない。
曖昧な記憶といろんな感情が入り混じって、どう表現したらいいのかわからない。
でも、その中でも一番確かな感情は……使命感。
自分の残り少ない命を誰かのために使うことが出来る人がいた。
そして、その誰かとは……私のことだった。
私は受けた愛情に
遺してくれた力……アイオロス・ゼロと共に……!
『お母さんのことをよろしく頼む。何かあったらお爺ちゃんを頼るんだ。今はまだわからないかもしれないけど、蒔苗のことを大切に思っている人はたくさんいる。その人たちの言葉をよく聞くんだ。蒔苗の中に流れる萌葱の血は、真実を知り使命感に燃えていることだろう。でもね、その感情だけに従ってはいけないよ。蒔苗が戦う理由は自分を含めたみんなを守るためだ。守りたい人たちの手を振りほどいて自分1人で先に進んではいけない。なぜなら、みんなだって蒔苗のことを守りたいと思っているからさ。自分を心配してくれる人の声に耳を傾けて、くれぐれも無茶だけはしないでほしい。大切なものを見失った瞬間、力は歪んでしまう……!』
お父さんの言葉を聞いて、燃え上がる使命感をグッと抑える。
今の私は……1人ですべてに決着をつけてやろうと思っていた。
目覚めた力とアイオロス・ゼロがあればそれも可能だと考えていた。
でも、それは自惚れだ。
現にアイオロス・ゼロは修理中だから、育美さんに頼らないと出撃も出来ない。
ダンジョン内部の構造だってまったくわからないのだから、何をするにしても今も戦ってくれている他の操者の人たちが集めた情報が必要になってくる。
戦闘だって1人の力じゃ限界がある。
ダンジョンの規模とレベルを考えれば、今まで戦ってきたモンスターとは比べ物にならないほど強いモンスターが出てくることは
場合によってはヤタガラスのような強敵が複数出てくる可能性だってあるんだ。
だから私は信頼出来る仲間と一緒に戦おう。
この出会いだってお父さんが遺してくれたものだ。
……私って何もかも与えられてばかりだなぁ。
これからもきっといろんな人に頼って生きていくと思う。
でも、誰にも頼らずに生きている人なんていない。
誰かのために、自分なりに出来ることをすればいいんだ。
今の私には自分にしか出来ないことがあるんだから……!
『……ここまで聞いてくれてありがとう。いやぁ長くなっちゃったね。正直、他愛のない話ならいくらでも出来そうな気がするよ。でも、そろそろ話を締めなくちゃね。僕に残された時間はまだわずかにある。それを使って僕は最後の最後まで戦い続けるさ。そして、この戦いが少しでも蒔苗のためになるのなら、それに勝る喜びはない。生まれてきてくれてありがとう、蒔苗。研究者としてではなく、ダンジョンと戦う戦士としてでもなく、1人の親として心から感謝する。君の幸せを……最後まで願っているよ』
ありがとう、お父さん。
私はお父さんが遺してくれた力でみんなを守るために戦うよ。
歪みの向こうで待っている愛莉たちだって、絶対に助けてみせる。
だから私を見守っていて……お父さん。
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