-59- ゼロを知る者
ミーティングルームというのはいわゆる会議室なんだけど、大部屋になっがい机を置いてズラッと椅子を並べたようなドラマでよく見るタイプとは違う。
通路とガラスで区切られた部屋は解放感があるもののサイズは小さい。
内装も6つほどの椅子が並ぶ机と、モニターにもなる壁以外はほとんど何もないシンプルさだ。
おそらく小隊単位で使うことを考えて設計されているんだろう。
操者4人にメカニックがいれば十分活動の方針を話し合うことが出来るはずだしね。
「さ、ここを使って」
育美さんが1つの部屋のドアを開ける。
いくつかあるミーティングルームのほとんどは空だった。
事態が大きすぎて少人数で話し合っている場合じゃないんだろうなぁ……。
もっと大きな会議室もこのマシンベース内にはあると聞いたことがあるし。
「じゃあ、何から話そうかな……」
全員が椅子に座ったことを確認してから育美さんが口を開いた。
よくよく考えると育美さんに聞きたいことってたくさんあるなぁ。
アイオロス・ゼロは強化改修で具体的にどの部分が強くなるのかとか、昨日の謎オーラの正体を育美さんはしっているんだろうかとか……。
あと新ダンジョン『蟻の巣』の攻略にはどのくらいの戦力が投入されるのかも聞きたい。
ブラッドパレス防衛作戦程度の戦力では足りない予感がするし、果たしてフリーのDMD操者と対迷宮部隊だけでどうにかなるものなのかな……。
……でも、ここはさっきの話の続きから始めるのがいいかな。
きっと長い話にはならなさそうだし。
「私のブレイブ・レベルが今どうなっているのか教えてください」
「わかったわ。今の蒔苗ちゃんのブレイブ・レベルは80で安定してるわ」
「80ですか! それはなかなか上がってますね……って80!? でも、人類の最大レベルは50だってさっき育美さんが……! あ、もしかして80というのは私の聞き間違い……?」
「いいえ、蒔苗ちゃんのブレイブ・レベルは80安定。瞬間最大レベルでは100を記録しているわ。あのヤタガラスとの戦いの時、あなたのブレイブ・レベルは跳ね上がったのよ。つまり、人類最高レベルが50というのは昨日までの話よ」
「そ、それは本当ですか? 気休めの嘘じゃないんですよね?」
「本当のことよ。正直、すぐには受け入れられないと思うけど……」
「確かにビックリしましたよ! そんな都合の良いことがあるんだって思いました! だって、それが本当なら人任せにせず、私の手であのダンジョンを抹消出来る……! しかも80もあるんならまだ探査が進んでいない深いダンジョンにだって潜ることが出来るじゃないですか! そうなれば、もっと新しい技術が手に入るかもしれないし、深いダンジョンに人が巻き込まれても助けることが出来る……! 私にそんな力があったんだ……!」
「……流石は蒔苗ちゃんね。ここまで素直に喜んでくれるとは思ってなかったわ」
「今みたいな緊急事態じゃない時に教えられたら困惑してたかもしれません。でも、さっき深層ダンジョンの話を聞いた時、私は怖くなったんです。脅威に立ち向かうことすら出来ない自分の無力さが恐ろしいと思ったんです。だから私は今……戦えることが嬉しい!」
「そう言える蒔苗ちゃんは、やっぱりアイオロス・ゼロの正統な継承者なのね」
「育美さんはなぜ私にアイオロス・ゼロが継承されたのか……知ってるんですか?」
「ええ、知ってるわ。なぜなら私もアイオロス・ゼロの開発に関わっているから。まあ、関わったと言っても最終段階だけなんだけどね」
「ならこの際です! 私やアイオロス・ゼロについて知っていることを全部話してください! 私は私のことすらほとんど知らないんです!」
「今日はその覚悟でここに来ているわ。でも、私よりも先に蒔苗ちゃんと話したい人がいるの」
育美さんはミーティングルームのスクリーンを起動する。
そこにはパソコンのデスクトップのようなアイコンが数個映されていた。
その中には……私がアイオロス・ゼロの中で見た音声ファイルも入っていた。
ファイル名は変わらず『お父さんから蒔苗へ』だ。
「このファイルはアイオロス・ゼロの中に隠されていたメッセージ。操者が一定のブレイブ・レベルに達した時に開放されるように設定されていたのよ。そして、このファイルは特定のツールを用いて開くと、音声だけでなく映像も再生される」
「お父さんから私へのメッセージ……」
私はお父さんが何をしていた人なのか知らないし、思い出もあまりない。
お母さんとの会話の中に出てきたことすらあまりない。
ずっと仕事で家の外にいる人ってイメージのまま、私が小学校3年生の時に亡くなった。
その時は悲しかった気がするけど、おそらく世間一般の親の死に対する悲しみと比べたら、悲しんでるうちに入らない程度の感情だったのかもしれない。
そんなお父さんがアイオロス・ゼロの中にメッセージを残していた。
つまりそれはお父さんもアイオロス・ゼロに関わっていたことを意味する。
私たち家族が萌葱の一族と縁を切っていたのではなく、私だけが萌葱一族から遠ざけられていたってこと……?
どうしてここまで徹底的に……!
その答えもメッセージを聞けばわかるんだろうか……。
「蒔苗ちゃん、ここで再生しても構わないかしら? もし他の誰かに聞かれるのが嫌なら、私たちはしばらくこの部屋から離れているわ。メッセージの内容は私も知らないから」
「……いえ、聞きたい人は私と一緒に聞いてください。むしろ1人で聞くのが不安ですから」
「わかったわ。私はここに残る。蘭ちゃんと葵はどうする?」
蘭と葵さんは一瞬顔を見合わせた後、静かにうなずいた。
みんなが一緒にいてくれた方が私も心強い。
「じゃあ、再生するね」
その映像には前置きがなく、すぐに1人の男性がスクリーンに映し出された。
座っていてもわかる大柄な体に、少々日本人離れした彫の深い濃い顔立ち。
明らかにオシャレに興味がなさそうなボサボサの黒髪と、ルーズに着崩された作業着。
大雑把な見た目に反して表情は落ち着かない感じで、視線を泳がせそわそわしている。
少しの間そんな光景が映し出された後、男性は意を決したように口を開いた。
『僕の名前は
お父さんは手の中に隠し持っていた紙をちらりと見る。
これからしゃべることを確認しているようだ。
『そうそう、この映像は蒔苗のためだけに撮っているんだ。脳波には指紋のようにその人だけの特徴があるから、脳波による個人の特定は可能なんだ。この映像は蒔苗がブレイブ・レベル50の壁を突破したら開放されるようになっていたわけだね。もちろん、蒔苗以外に50の壁を突破する人が現れたなら、そっちにアイオロス・ゼロを回す計画もある。まあでも……継承者は蒔苗だったんだね。父親として自分の作ったDMDを使ってもらえて誇らしい反面、父親として遺せたものがたった1つの兵器だけというのは情けない……』
お父さんはうつむいて動かなくなってしまった。
自分で言った言葉にへこんでいるようだ。
でも、しばらくすると顔を上げ、また話し始めた。
『ああ、台本にないことばかり話してしまうよ。一方通行とはいえ、蒔苗と話せるのが楽しいんだ。でも、流石に数時間に及ぶ大作ビデオにする気はないよ。そろそろ話を始めよう。今から言う言葉はこういうビデオをとる時、絶対に言いたいと思ってた言葉なんだ』
お父さんはもう一度手元の紙を確認し咳払いをした後、言った。
『蒔苗、君がこの映像を見ている時……お父さんは確実にこの世にいないだろう』
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