-57- 8つの門
私たちの乗ったバイクはいろいろギリギリの運転で道路を駆け抜けていく。
蘭の言う通り交通量はいつもより多い。
みんなあの空間の歪みから少しでも離れようとしているんだろう。
この異変はもはや災害なんだ……。
「もうじきマシンベースに着きますわ!」
「うん……!」
蘭は私も知らなかった道の数々を迷うことなく進んでいく。
おかげで渋滞や信号にほとんど引っかからず、マシンベースの正門まで来ることが出来た。
でも、正門にはすでに自主避難してきた人が殺到しており、割り込んで中に入れる状態ではなかった。
「裏門に回りましょう。あそこは関係者用の入り口ですから」
裏門には交通整理をしている
蘭はバイクを守衛さんに近づけ、自分たちがDMD操者であると伝える。
そして、腕のリングに保存されているマシンコードを機械に読み込ませる。
これで証明は完了だ。
「……黄堂蘭さんに萌葱蒔苗さんですね。では、中へどうぞ」
続々と裏門にも一般車両がやってくる中、私と蘭はマシンベースへ入ることが出来た。
これでひとまずは落ち着ける……。
「ありがとう蘭。ここまで無事に来れたのは全部蘭のおかげだよ」
「どういたしまして。ですが、気を緩めるには早いですわ。むしろここからが本番!」
「うん、わかってる!」
ライダースジャケットを脱ぎ、マシンベースの中心施設であるメインタワーに向かう。
メインタワーは地上階にレーダーやドローンから受け取った情報をもとに日々ダンジョンを監視している迷宮監査室や、マシンベース内のDMDを含めた兵器を管理・運営している機械管制室などが入っている。
そして地下には日々利用しているマシンドックやコントローラーズルームなどがあるので、私たちはいつもメインタワーのロビーを通って地下に向かっているわけだ。
ロビーは広々としていて、ちょっとした休憩が出来る椅子とテーブルや、マシンベース内の施設の使用状況を表示する電子掲示板、マシンベースについてわからないことはなんでも聞けるインフォメーションカウンターなどがある。
その中でも一際目を引くのは、ロビー奥の壁に組み込まれた巨大モニターだ。
ここは特に重要な情報を伝えるためのモニターで、モンスターの大量発生や新ダンジョンの出現などが起こった際には、まずこのモニターを見れば間違いない。
情報は
そして、今現在モニターに表示されているものは……映像だった。
しかもドローンによって上空から空間の歪みを映したライブ映像!
地上からは壁状にしか見えなかった歪みがドーム状に展開しており、一部地域を完全に覆ってしまっている。
しかも歪んだ空間が赤黒く染まっており、中の様子がほとんど見えなくなっている。
短時間でこれだけの変化を……!
でも、大きな変化はこれだけじゃない!
歪みのドームを取り囲むように8つの大穴が地上に口を開けている!
あれはきっとダンジョンの入り口……!
でも同時に、しかもこれだけ近い位置に8つのダンジョンが同時出現なんてありえるの!?
それとも8つの入口を持つ1つのダンジョンってことなの……?
「蒔苗ちゃん! 蘭ちゃん! 無事着いたのね!」
その時、育美さんがロビーにやってきた。
髪はいつもより乱れていて顔色も優れない。
でもその表情だけは晴れやかで、私たちの無事を心底喜んでくれた。
しかし、ずっと再会を喜び合っているわけにもいかない。
今この瞬間も愛莉たちはあの歪みの向こうで待ってるんだ!
「育美さん、あの歪みについてなにかわかったことはないですか?」
「そうね……。まず、あの歪みはドーム状に見えるけど、実際は球体状で地下にも歪みが発生しているの。だから地上、地下、上空のすべてのルートから侵入が不可能になっているわ。また、歪みの内部との通信は途絶。歪んだ空間が赤く染まったせいで視覚的にも内部の様子を確認出来なくなっているから……中がどうなっているのかはまったくわからないわ」
「そんな……じゃ、じゃあ、あ、愛莉も芳香も芽衣も……」
「……前例から考えれば生きている可能性はある」
「え、前例って……前にもこんなことがあったんですか!?」
「ダンジョン出現時に発生する空間の歪みに人間が囚われた例はいくつかあるの。でも、今回みたいに広範囲を囲い込む結界のような歪みではなかった。ダンジョンの入口である黒い穴の出現場所に住居が重なった結果、逃れられなくなったという例がほとんどなのよ」
「それでそのダンジョンの入口に巻き込まれてしまった人はどうなるですか?」
「本人たちの証言によると……時間が止まったようだって話よ。ダンジョンの出現を知覚した瞬間からダンジョンを消滅させ救助されるまでの記憶はまったくなく、同じ場所、同じ格好で体調にもまったく変化がなかったそうよ。実際、その人と一緒に歪みに巻き込まれた時計はダンジョン発生の時間で止まり、消滅と同時に何事もなかったように時間を刻んでいたというわ」
「つまり、愛莉たちは無事のままでいる可能性が高いってことですね!」
「そうよ……って言ってあげたいけど、答えは『わからない』よ。やっぱり過去の例で考えるには規模や特徴が違いすぎる。気休めのために不確かなことは言えない。ただ、それでも、ダンジョンの入口がそこに出現した以上、私たちのやるべきことは1つ! そして、それこそが愛莉ちゃんたちを助けられる確率が最も高い手段でもある!」
「あのダンジョンを……抹消する!」
あの歪みがダンジョンの出現によって発生していることは確かだ。
ならば原因となるダンジョンを消してしまえば、歪みも消えてなくなる!
確実ではないが、不確かとも言い切れないロジック!
私とアイオロス・ゼロがすべてを消してやる……!
「ただ、今はその抹消すら叶うかどうかわからない状況なの……。偵察部隊が今ダンジョンのレベルを計測しに向かっているんだけど、その結果によっては……あのダンジョンはそのまま放置される。いや、放置せざるを得ない」
「えっ!? でも、ダンジョンってコアを破壊すれば消えるんですよね!? そんなに難しいことではないと思うんですけど……!」
「ええ、その通りよ。どれだけ強いモンスターがいても人海戦術で押し切り、それなりに高火力の武装を持ったDMDを1機コアに到達させられればダンジョンは抹消出来る。でも問題はあまりにも深すぎるダンジョンには人間の脳波が届かないってことなの。今の人類の限界は50レベル……! 50レベルを超えるダンジョンだった場合、人類はコアを破壊する手段を失う……!」
そうか……! だから放置せざるを得ないのか……!
確か学校でもこの問題について習ったことがあるような気がする……。
今、人類が直面している最も大きな脅威で、その名は『深層ダンジョン』!
レベル50を超えるダンジョンは抹消出来ない……。
それがたとえ、どれほど重要な施設を巻き込んでいても……!
それがたとえ、どれほど多くの人命を飲み込んでいても……!
「今このマシンベースにいる人間は全員心の中で祈っているの。どうか自分たちの手が届く脅威でありますようにって。もちろん私も……」
そう言って育美さんは私を見つめる。
私にも祈れということだろうか。
でも、なんでだろう……祈ることが出来ない。
愛莉たちのことはもちろん心配だ。
今すぐ会ってお互い抱き合って生きていることを確かめたい。
でも、これから向かうダンジョンやこれから起こるであろう戦いを考えると、湧き上がってくるのは不安や恐怖ではなく使命感ばかりだ。
あのヤタガラスとの戦いで、最後に動かないはずの機体を動かそうとした時のように、私がやらねばならないという気持ちがどんどん強くなっていく……!
自分で祈りを捧げるよりも、私が無事に戦い抜けるように誰かに祈ってほしい気分だ。
どうして私はこんな状況でこんな気持ちになるんだろう……?
自分にもわからない。
ただ、血が沸き立つような、血がなにかを訴えかけているような気がしてならない。
萌葱の血がみんなのために戦えと言っている……!
『緊急連絡! 緊急連絡! 偵察部隊が帰還しました!』
突如としてロビーに響き渡るアナウンス。
場の空気が一気に張り詰める……!
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