第5章 蟻の巣抹消作戦

-55- 天変地異

 それから時は流れてお昼時――。


「あ~、検査しんどい……」


 今回は脳だけじゃなくて内臓系まで調べてるから手間が段違いだ。

 いろいろ検査するとは聞いていたけど、まさかここまでとは……。

 普段ならなぜそこまで調べるのか疑問に思っていただろうけど、今朝のニュースに映っていたアイオロス・ゼロからあふれるオーラを見れば、その理由も察することが出来る。


 育美さんはあのオーラの原因がなんなのかを探っているんだ。

 そして育美さんが探っているということは、あのオーラはアイオロス・ゼロに搭載された機能の1つではないということ……。

 アイオロス・ゼロに原因がないとすれば、次に考えられるのは……私だ。

 私があのオーラを発生させたと育美さんは考えているのかもしれない。


 まあ、私は私にあんなオーラが出せるとは思ってないけどね!

 ただ少し気になることがあるとすれば、ヤタガラスとの戦いで壊れたアイオロス・ゼロが最後の最後で最高以上の動きを見せたことだ。

 あの時のアイオロス・ゼロは間違いなく最悪な状態だった。

 当然ヤタガラスのボディを貫くような槍投げなんて不可能だったはず……。


 でも、アイオロス・ゼロはそれをやってのけた。

 なにか超常的な力が働いていなければ、あんなことはありえない。

 だとしても、その原因が私にあるとは……。


「萌葱さ~ん、お昼ご飯ですよ~」


「あ、ありがとうございます」


 看護師さんがお昼ご飯を運んできてくれた。

 一応検査入院ということになっているから病院食はしっかり出る。

 薄味の料理は嫌いではないんだけど、今はなんかこう……がっつりした肉系が食べたいなぁ。

 白米を食べずに肉だけでお腹を膨らませるような贅沢なことがしてみたい。


「いただきまーす」


 まあ、そんなことは無理なので普通に病院食を食べる。

 ……ん! 思っていたよりしっかり味がついている!

 病院食も進化しているんだなぁ~。

 とはいえ、やっぱり今の空腹に対して量は少ない。

 誰か差し入れで食べ物を持ってきてくれないかなぁ~。


 愛莉たちや蘭は月曜日だから学校だろうし、葵さんと育美さんも当然仕事だ。

 自分の食べたいものは自分で手に入れなければならない。

 後で下の売店にでも行こうかな~。


「……静かだと寂しいなぁ」


 最近誰かと一緒にいる時間が増えたから、1人でいるとより強く孤独を感じてしまう。

 そんな時は余計なことを考えて不安になってしまうこともある。

 今日なら例えば、育美さんはなぜオーラのことを話してくれなかったのか……とかね。


 あのオーラの正体を育美さんも知らないことはわかるんだけど、それはそれとしてなぜ今朝会った時にそのことを話してくれなかったんだろう。

 育美さんにもあのオーラは見えていたはずだ。

 まあ、当の本人である私は認識してなかったけど……。

 これじゃあ、狙撃の才能に気づいていなかった葵さんのことをとやかく言えないなぁ。


 ……って、それはひとまず置いといて。

 あのオーラは周りから見る方がハッキリと認識出来たはずだ。

 リアルタイムで見逃したとしても育美さんが戦闘映像を見直さないわけがない。

 あの人は確実に気づいているはず……!


 それなら私にあのオーラについて尋ねたり、あれが出たことを心配するのが育美さんだ。

 でも、こうして検査入院を手配してくれたけど、オーラについてはまったく触れなかった。

 もしかして本当はあれについて知ってるのかな……?

 わかっていて私に隠し事をしている……?


「テレビでもつけるか」


 別に私に隠し事をしていたっていいんだ。

 きっとそれも私のためだから……。

 まだ短い付き合いだけど、私は育美さんを心から信用しているから。

 でもいつか、すべての真実を知れる日が来るといいなぁ……。


 テレビはお昼時ということでワイドショーが流れていた。

 相変わらずアイオロス・ゼロとヤタガラスの戦いを扱っているようだけど、この番組は専門家を呼んで地上における通常兵器の運用について話し合っているようだ。


 専門家は今回の事件を受けてより強力な兵器を配備すべきだと言っている。

 マシンベースから遠隔操作で動かすことが出来る無人のミサイル基地やドローン発着場を各地に設置し、どのダンジョンからモンスターが飛び出してきても出鼻を挫ける準備をしなければ、いざという時国民の命を守れないとのことだ。


 うんうん、良いアイデアだと思う。

 ミサイルやレーザーは今回に関しては敵の撃破には至らなかったけど、足止めという意味では頑張っていたと思う。

 より激しい攻撃を加えることが出来れば、強いモンスターだって撃破出来るかも……。


 それに対して意見するのはベテランの女性タレントさんだ。

 まず、無人のミサイル基地などを各地に配置するのはトラブルがあった時怖いということ。

 いざという時は遠隔操作するとはいえ、平常時は無人のまま置きっぱなしだ。

 基地中の兵器が奪い取られることはないにしても、あらゆるトラブルが考えられる。


 怖いという意味では衛星兵器もあまり好ましくない。

 かなり広い範囲、それこそ人間の生活圏も狙い撃ててしまうからだ。

 今あるものを廃止しろとは言わないが、数を増やして大量の衛星に見下ろされるのは不安とのこと。


 後はまあ……予算のことだよねぇ……。

 大量の兵器を投入するには、それに見合ったお金が必要だ。

 どこから出すのかと聞かれれば国なんだろうけど、国のお金は国民のお金だからなぁ。

 不勉強な私にはどうすればいいのかまったくわからない。


 うーん、どっちもわかる意見だなぁ。

 あの場で戦っていた人間としては、もっと多くの戦力的支援がほしいことは間違いない。

 たとえ効果が薄くとも、自分を援護してくれる攻撃には勇気づけられる。

 でも、そこらへんに兵器をばら撒くのが怖いというのもわかる。

 特に衛星兵器は冷静になると怖いよねぇ。

 ドーンと空からレーザーだもん。

 人間なら誰でも自分の家に落ちてきたら……と考えてしまうよね。


「平和を守るって難しいなぁ……」


 そう考えると人間による正確な遠隔操作で運用し、使った後は人がいる基地で管理して、基本的に地上世界とは隔絶されたダンジョン内でしか戦わないDMDって良い兵器だ。

 やっぱりお爺ちゃんってすごい。


「ごちそうさまでした!」


 テレビを見ながらゆっくり食べたのでお腹がかなりふくれた。

 お行儀は悪いけど、まあ最近頑張ってるから許してほしい。

 さて、おなかがふくれたら今度は甘いものが食べたくなって……。


「……あっヤバっ! めっちゃ通知きてる!」


 テレビと食事に気を取られて大量のメッセージが届いていることに気づかなかった!

 学校は昼休みに入ったから、愛莉たちもご飯の最中だろう。

 食事の片手間にこのメッセージ数とは……。

 やたらスタンプを送りまくってくる芳香の仕業だな!

 内容はあまりないので、時折スタンプの間に挟まっている短文を読んで返事をしていく。


 今朝の愛莉とのやり取りに比べれば軽い軽い。

 食後のゆったりとした時間にちょうどいい会話だ。

 みんなは教室でご飯を食べているようで、見慣れた食事風景の写真を大量に送ってくる。

 それぞれ食べ物の好みが偏っているから、購買で買ってくる物は毎回同じようなものだ。

 うぅ、私も雑なまでに大きくて具沢山なおにぎりとか食べたいなぁ……。


「あれ……?」


 送られてきた写真の中に、教室の窓から見える空が写っているものがあった。

 その空は黒い雲で覆われ、雲の切れ間からは夕日のように赤い光が見える。

 なんだか気持ち悪い天気だ……。

 でも、病院の窓から見える空は快晴も快晴だ。

 この病院はそこまで学校から離れた場所にあるわけでもないのに、この天気の違いはなんだろう……?

 愛莉たちにも聞いてみようか。


 ――マキナ:そっちなんか天気悪くない?

 ――よしか:あれ~? いつの間にこんなことになってんだ?

 ――May:授業中は晴れてたよね?

 ――愛莉:なんだか見たことがない空……

 ――マキナ:大丈夫? 空以外におかしなところはない?

 ――よしか:あ! 遠くの建物が揺らいで見える~

 ――よしか:陽炎ってやつだ~!

 ――よしか:今動画を送るね~


 芳香から送られてきた動画は……遠くの建物がぐわんぐわん揺らいでいる映像だった。

 これ陽炎ってレベルじゃないよ!

 それに今日はそんなに気温が高くない。

 まだ春を感じさせる5月の涼しい日だ。

 通常の自然現象ではこんなことありえない!

 この異常さは……嫌でもダンジョンを思い出してしまう。

 でも、ここは地上なんだ。そんなことは……。


 ――May:姫の方は大丈夫か? 異常ない?

 ――マキナ:私の病室から見える空は快晴だよ

 ――愛莉:じゃあ局地的に起こっている現象ってことだね

 ――愛莉:ちなみにその病室の窓から学校は見える?

 ――マキナ:方向が逆だから見えない

 ――マキナ:病室を出て通路の窓から見てみるよ!


 病室を出て学校の方角を見ることが出来る窓を探す。

 それはすぐに見つかった。

 なぜなら、その方角の窓にはすでに多くの人が集まっていたからだ。


「ゆ、揺らいでる……! あっちの方だけ……!」


 空には赤い光と黒い雲、大地には激しい空間の歪み……。

 天変地異と呼ぶにふさわしい光景に、私はただ立ち尽くすしかなかった。

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