私の名前はグレイス

 ――コンコン、コンコン。

 遠くでドアをリズミカルにノックする音が聞こえる。

「もお、誰え、うるさいなあ……」

 私は音から逃れるかのように寝返りを打った。私は寝起きが非常に悪い。

――コンコン、コンコン。

 しかし、まだ音は続いている。どうやらこの音から逃れることはできないようだ。

「……」

 意を決し、私は目を開けた。

(……? ここ、どこだ?)

 私の眼前には見慣れぬ天井が広がっていた。 

 恐る恐る周りを見回してみると、私は見たこともない部屋にいた。

「グレイス様……?」

 いきなり声をかけられ、私は飛び起きた。

「も、申し訳ございません。お返事がなかったので勝手に入ってきてしまいました」

「エマ……さん? え、何で?」

 私は混乱していた。

 私の目前には、あの『エマ』さんがいた。

 エマさんは、『聖女伝説』に出てくるキャラクターで、主人公の日常の世話をしてくれる。

「まさか!」

 私は布団をはねのけると、ドレッサーに向かって走り出した。

「何……これ……」

 鏡の向こう側にいたのは、『聖女伝説』の主人公であった。


 電車の事故で死んだはずの私は、どういうわけだか、あの『聖女伝説』の主人公に転生してしまったらしい。

 この世界での私の名前は『グレイス』。この『グレイス』という名は、もちろん本名ではない。『聖女伝説』の中での私の名前だ。私の本名は大島優子といい、グレイスというのは優子→優雅→グレイスから来ている。

 本当は本名の『優子』でやるべきなのだろうが、某人気アイドルと同姓同名であることが私のコンプレックスであったので、この名前は使いたくなかった。そもそもゲームの主人公に自分の名前を付けるのはこっぱずかしい。

 

 まあ、この世界が本当にあのゲームの『聖女伝説』の世界だったら、登場人物はみんな横文字名だし、『大島優子』という名前のアイドルも存在していないから、むしろ『グレイス』っていう名前の方が恥ずかしいのか……?



 

 




 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る