第一話 最強属性ヒロイン

 ピンピロリン、ピンピロリン......

 聞きなれた目覚ましのアラームが部屋中に鳴り響き、オレを夢から現実へと呼び戻す。

 今日の日付は五月六日、ゴールデンウィークは昨日で終わり。

 今日から学校も通常運転になるわけだが……。

 オレは学校に行きたくないがあまりもう一度布団に潜り込んだ。

 別に学校が嫌いというわけではないのだが、今はなんというか気まずいのだ。

 この気まずさの原因は間違いなく、ゴールデンウィークに突入する前日、顔見知りの女の子、七人に同時に告白されたことだ。

 あのときは考える時間がほしい、という言い分でその場を脱出することができたが、時間が経ってもオレが彼女らに告白された事実は消えない。

 誰か一人を選ぶなんてできないオレはどうすればいいのか困り果てた。

 おかげでせっかくのゴールデンウィークは彼女らのことで頭がいっぱいいっぱい、なにもすることなく終わってしまった。

 オレがなんとかして学校を休めないかと思惟していると、ピポン。と家のチャイムが鳴らされた。

 オレはチャイムを鳴らした人物に心当たりがあるが、決して出ることはしない。

 それはこのチャイムに出るとどうなるかをオレが身をもって知っているからだ。

 しばらくの間チャイムは繰り返し鳴らされたが、五分もするとそれもぴたっとやんだ。

 もう行ったかとオレが安堵のため息を漏らすと、ガチャリ。と家の鍵が開けられることがした。

 オレが驚いて玄関に向かうと、心菜はドアの前にニコニコと笑顔で立っていた。

「たっちゃん、おはよ」

「お、おはようございます」

 その威圧感のある笑顔に圧倒されながらもオレは挨拶を返す。

「今日から学校なのわかってるよね? 私何回もインターホン鳴らしたんだよ」

 顔こそニコニコしているものの、目が笑っていない。

 彼女はオレに早く制服に着替えてくるように指示し、玄関から出ていく。

 これ以上心菜を怒らせるとヤバそうだ。オレは素早く制服に着替え、家を出る。

 心菜とオレは幼稚園の頃からの幼なじみで、さらに家が隣同士ということもあり、たまに一緒に学校に登校することはあった。

 けど、今オレと心菜は非常に気まずいはずの関係なのだが……。

 学校までは歩いて二十分程だが、お互い一言も話さないまま、十分の時が流れた。

 オレはチラッと心菜の方へ目線を向けると、自分の栗色のショートボブの髪をクルクルといじっている。

 心菜はオレの視線に気がついたのか、オレを見上げ、目がバッチリ合ってしまう。

 だが、オレは気恥しさのあまり、すぐに視線を逸らしてしまった。

 そしてまた沈黙の時間が始まる。だがそれも仕方のないことだ。

 なぜなら、心菜はあの日、オレに告白した七人のうちのなのだから。

 さっき、オレがインターホンに出なかったのは学校に行きたくなかったからだけではなく、心菜と顔を合わせずらかったのも理由の一つだ。

 オレが再び視線を心菜にやると向こうもこちらを見ていたようで、またしても視線がぶつかる。

 さっきと同じようにオレが目線を外すと心菜がオレの肩にツンツンと人差し指を押し付けてくる。

「ねぇ、そういうのやめてよ」

 心菜は口を尖らせてそうつぶやく。

「そんなこと言われてもどう接したらいいか、わかんねぇよ……」

 オレたちは立ち止まり、お互い、正面から向き合った。

「私だってあのとき、勇気を出して告白したんだよ。このままじゃ、ずっと幼なじみ以上の関係にはなれないと思ったから――」

「心菜……」

 オレは心菜の気持ちを中学のときから知っていた。というより、教えられた。

 中学二年のとき、オレの男友達が心菜がオレを好きだという噂があることを告げてきた。

 当時のオレは心菜を幼なじみとしか見ていなかったため、心菜もオレのことは幼なじみとしか思っていないと思っていた。

 だがある日、オレは体育館裏で先輩が心菜に告白をしている場面を見てしまったのだ。

 そしてそのときの会話で『私には好きな幼なじみがいるの』というのを聞いてしまった。

 あのときからオレは心菜をただの幼なじみとして見ることができなくなってしまった。

 そしてあれから三年。心菜はオレに想いを伝えてくれた。

 心の準備はしていたつもりだったが、結局今の状態になってしまった。なんとも情けない話だ。

 今も泣き出しそうな心菜に気の利いた一言も言ってやれない。

 オレは心菜が再び歩き出すのを待ち、一緒に学校へ登校した。



1



 学校に着いたのは一限目が始まる数分前。ギリギリ遅刻にはならずに済んだ。

 オレは二年A組、心菜は二年D組ということで二階まで一緒に階段を登るとそれぞれ自分のクラスへと向かった。

 二年A組の教室の前に着くとオレは一度大きな深呼吸をし、引き戸に手をかけた。

 オレが引き戸を開くと真っ先に目に入ったのは教室の後ろのスペースで何らかのポーズをとっている、肩までの短い髪を後ろで括った少女、八代黒百合やしろくろゆりの姿だった。

「やっと召喚に応じたか、我が眷属よ」

「誰が眷属だ! 」

 オレが反応してくれたのが余程嬉しかったのか、黒百合は括った髪をフリフリと揺らしながらオレの元へ駆け寄ってくる。

「おい、黒百合。その手に付けているものはなんだ? 」

「ん? あーこれは僕が手に入れた封印されし手袋だよ。どうだいかっこいいだろ」

 黒百合は自慢気にその封印されし手袋だかを見せつけてくるが、デザインからして間違いなく黒のウエディンググローブだ。

 きっと母親のものを見つけて、勝手につけてきたといったところだろう。帰ったら確実に怒られるな。

 これ以上黒百合の厨二病に付き合っていると疲れそうなので、そこそこでオレは自分の席へと着いた。

「おはよう、天国くん」

「あぁ、おはよう辻野」

 席に着いて早々にオレに話しかけていた彼女。

 名前は辻野玲奈つじのれいな。オレの隣の席でいつも黒いロングの髪を靡かせているようなクールなイメージだ。

 ちなみにさっきの黒百合もこの辻野もオレに告白してきた七人の女の子の二人だ。

「なにジロジロ私の顔を見てるの? なにかおかしなものでも付いてるかしら」

「ごめんっ、なんでもないんだ」

「そう、ならいいわ」

 この前の告白のことを思い出していたせいでつい、まじまじと辻野の顔を見てしまっていた。

 これで機嫌が悪くなっていないといいが……。

 そう思い、一度辻野に視線をやると、なんやら俯いてぶつぶつと独り言を言っている。

 だが、顔を見た限りだと怒ったりしている様子はないので安心し、授業の準備を始めた。



2



 お昼休み。

「しっかし、お前も大変なことになったな」

「全くだ」

 オレは購買で買ったコッペパンを一口かじりながら、力強く答える。

 するとオレの目の前に座っている男は缶コーヒーを飲み干し、さらに話を続けてくる。

「でもいいよな、七人の女子を選び放題なんて」

「お前言い方……」

 オレがそう指摘するも男はそれでも話を続ける。

「俺だったら一番の女を最後まで置いていて、それ以外と順番にヤルな」

「やっぱりお前最低だな」

 こんなゴミ同然の発言をする男は清水白夜きよみずびゃくや

――一様友人ではあるが、こいつは死んだ方がいいと思ってる。

 顔は俳優顔負けの美形なのだが、中身がさっきの発言通り、最低のゴミ野郎なのだ。

 だから顔は良いのに、彼女どころか友人もオレしかいない。

 じゃあ、なぜオレがこいつとつるんでいるかというと、それは入学当初、まだクズだと分かる前に妙に意気投合してしまい、そのままズルズルと関係が続いているといった感じだ。

 オレは別に友達がいないわけではないが、こいつが一人になってしまうのがなんだか可哀想でよく一緒にいる。

 オレがコッペパンを食べ終え、パックのお茶を一気に吸い上げると、校内放送が行われる前のディナーチャイムの音が鳴り響く。

 ピンポンパンポーン。――二年A組の天国達也くん、生徒会長がお呼びです。至急、生徒会室に来てください。

 放送が終わると一瞬の静寂が訪れる。

「お前呼ばれてるぞ」

「わかってるよ」

 そういってオレは席から立ち上がった。

「もしかしたら、いいことがあるかもな。うちの生徒会長色々すごいし、フォウ! 」

 一人で盛り上がっている白夜は無視してオレは生徒会室へと向かった。

 生徒会室の前に着くと、とてつもない緊張が全身に走る。

 なにせ、生徒会長の七星渚ななほしなぎさはオレに告白をした七人のうちの一人なのだから。

 しばらく扉の前で汗を拭い、色々考えたが、オレは意を決して、生徒会室と扉を叩いた。

 トン、トン、トン。

「失礼します」

 オレが生徒会室に入ると、生徒会長の七星渚は入って正面の会長席に座っていた。

 電気はついておらず、光はカーテンの隙間からこぼれている微かな日光のみ。

「どうぞ、座って」

 そういって会長はオレに椅子に座るよう勧めてくる。

 一瞬座るか迷ったが、会長の目が座れといっているようでオレは座らざるを得なかった。

「会長、今回の呼び出しは放課後の会議についてですか? 」

 オレは生徒会で庶務をやっており、今回の呼び出しは今日行われる会議についての話だと踏んで来たわけだが。

 オレの質問に対し、会長はなにも言わず、立ち上がるとオレに近づいてくる。

 会長はオレの視覚から出ていき、オレの座る椅子の後ろへと回り込んだ。

「いいえ、会議とはなんの関係もないわ」

 そういうと会長はオレを背中から抱きしめる。

「ちょっ! 」

 会長のクラウンハーフアップされた黒髪がオレの鼻腔をくすぶり、豊満に実った胸が背中に押し付けられる。

 オレは抵抗しようとするが体中に力が入らない。

 抵抗しようするオレに会長は耳元で囁く。

「フフッ。大丈夫よ、優しくするから」

 会長の息がオレの耳を撫でるようにあたり、身体が小さく震える。

 これはオレの貞操の危機だ。

 だが、オレにはどうすることもできない。

 そんなオレにお構いなく、会長は自分の唇をオレの唇に近づける。

 もうダメだ、と思ったそのとき。

 バン。と勢いよく生徒会室の扉が開かれた。

「ちょっと、七星渚! 」

 そういって黒髪ツインテールをぶら下げ、生徒会室に入ってきたのは風紀委員長の西宮彩乃にしみやあやのだ。

 彩乃先輩は歴代史上一番厳しいということで有名だが、オレに告白してきた七人のうちの一人でもある。

「放送で達也くんを呼び出してた時点で嫌な予感はしてたけど、まさかここまでやるとはね」

 彩乃先輩の表情は怒りを通り越して呆れていた。

 それはそうだ、生徒会長ともあろうものが、生徒会室で男子生徒と二人でベタベタとしていたのだ。

 これはオレも怒られても仕方がない。

 そう思っていたが、彩乃先輩は会長をオレから引き剥がすと、足早に生徒会室を後にした。

 会長もそれが以外だったようで、どこか困惑した表情をしている。

 すると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、オレも生徒会室を後にした。



3



 放課後。

 昼休みに逃げるかのように帰った生徒会室にオレは再び訪れた。

 生徒会のメンバーは全員で五人。

 生徒会長の七星渚。

 生徒会副会長の辻野玲奈。

 生徒会庶務のオレ、天国達也。

 生徒会会計の大橋心菜。

 生徒会書記の神無月澪かんなづきみお

 うちの学校は生徒会長だけを選挙で決め、役員は生徒会長の指名によって決められる。

 渚先輩は一年のときから生徒会長をしており、三年になった今回で三年連続の生徒会長だ。

 辻野と心菜は一年生の初めから能力を買われ、生徒会に入っていたが、オレはお手伝いとして生徒会の仕事に駆り出されているうちに仮メンバーとして加えられた。

 そして、今年度は正式に生徒会の庶務の役職をもらうことができた。

 そして、今年度から加わった一年生の神無月。

 彼女はとある大型企業のご令嬢で才色兼備の持ち主である。

 それだけでなく、礼節も兼ね備えおり、隙のない完璧超人のような人間だ。

 そして彼女はオレの妹の同じクラス。しかも親友であり、オレに告白をしてきた七人のうちの一人である。

 関わった期間も機会もそんなにあったようには思わないが、なぜ彼女はオレなんかのことが好きなんだろうか。

 話が脱線したが、この五人が今年度の生徒会役員である。

 今年度の生徒会はオレの肩身が狭い。

 その理由はオレ以外の役員全員が女子であること。そして全員がオレに告白をしてきた人物であることだ。

 これがオレのお昼休みに会長に呼び出された理由だと思っていたことである。

 まあ、実際は全く違ったんだけど……。

 オレが会長に視線を向けると、会長はそれを会議開始の合図と捉えたのか、役員全員を見渡し、会議

の議題を発表する。

「今回の議題は……肩こりの解消法について――」

「そんな会議は致しません」

 会長の議題提示に即座に反応したのは心菜だった。

「高校生にとって、肩こりはまだ縁遠いものです。なのでこの議題に対する会議は必要ありません」

 心菜はそう胸を張って言い切る。

「えー、私は肩こりが酷くて困ってるのになぁ」

 そういって会長は自分の肩を叩く。

 すると、会長の豊満な胸が大きく揺れ、みんなの視線を奪った。

 確かにこれは肩がこりそうだ。

 これ以上会長の胸を見ているとなにか言われそうなので、視線を安全な心菜の方へと向けた。

 心菜は自分の胸に手を当て、どこか羨ましそうな視線を向けている。

 そんな姿を見ていたオレは凍りつくような冷たい視線を感じ、反射的にそちらを向いた。

 すると、辻野がまるで死にかけの虫を見るかのような目線をオレに向けている。

 いや、これは仕方ないよ、だって男の子だもん。

 そんな言い訳を心の中でしつつ、ゆっくりと、辻野から視線を外す。

 そして何より怖いのが、オレの隣で一切笑顔を崩さずにいる神無月だ。

 なにを考えているのか一切わからないその表情は辻野の冷たい目線よりもはるかに怖い。

 オレは絶対に神無月と視線を合わせないようにしつつ、この場を早く収まることを心から願った。



4



 結局会議はなにも行わず、いつもよりも早い解散となった。

 生徒会の会議は週に一度行われ、帰りは心菜と一緒に帰るのが恒例となっていた。

 今日もいつも通り心菜と家に帰っていると、不意に今朝のことを思い出した。

 そういえば、今朝はあんなにも落ち込んでいたのに、生徒会のときはあっけらかんとしていたな。

 心菜は結構根に持つタイプで小学生の頃、オレが心菜の分のプリンを食べてしまった時は一週間は口も聞いてくれなかったぐらいだ。

 そんな心菜が今朝のことを忘れているはずがない。

 そんな不気味さからオレは心菜に話しかけられずにいた。

 二人の間に流れる沈黙の時間。そんな沈黙を破ったのは心菜の方だった。

「ねぇ、たっちゃんはさ、告白の返事どうするつもりなの? 」

 そんな核心をついたような質問にオレは言葉を詰まらせてしまった。

 そんなオレの様子を見た心菜はハァと呆れたように息を吐く。

「私にしときなよ」

「えっ……」

 いきなりの発言にオレが目を見開いていると、心菜はさらに言葉を付け加えてくる。

「私は他の誰よりもたっちゃんと長い時間を過ごしてきたし、誰よりもたっちゃんを愛してる、だから私を選んでよ」

 戸惑うオレに心菜は勢いよく迫ってくる。

 だが、心菜の瞳はどこか虚ろな目をしているように見えた。

 この目のときの心菜はやばい。

 オレは嫌な予感を感じ、心菜に用事を思い出したと言って、即座に帰路を急いだ。

 この予感はきっと小さな頃から培われた直感にも等しいもので、本能がオレに逃げろと言ってきたような気がした。



5



 家に帰ると中から人の気配を感じた。

「琴美、帰ってるのか? 」

 だが、オレの呼びかけに返事はない。

 琴美はオレの妹で神無月と同じクラスの高校一年生だ。

 オレたちの両親は母親がトラベルライターで父親がその専属のカメラをしており、二人で全国を転々としているため、家に帰ってくるのは一ヶ月に一回程度だ。

 こんな生活はオレが小学生の高学年になった頃からだが、心菜のところのおばさんもオレたちのことを気にしてくれていたお陰で、何不自由なく暮らすことができている。

 今日も心菜のおばさんに夕食をお呼ばれして……。

 行きずらくね?

 心菜に告白されたこともそうだし、なにより今さっき、逃げるように帰ってきたばかりだ。

 だからといって夕飯抜きは育ち盛りの高校生にとっては厳しいものがある。

 オレがどうするか悶々としながらリビングのドアを開けると、琴美が自慢の茶色い髪を片手でいじりながらソファーで仰向けになり、空いているもう片方の手でスマホをいじっている。

「おい、返事ぐらいしろよな」

「へっ! 」

 ガン。琴美はイヤホンをしていたようで、オレの帰宅には気がついておらず、いきなり目の前に現れたオレに驚きあまり、スマホを自分の顔の上に落としてしまった。

「いっつぅ……」

 琴美は余程痛かったのか、そんな声にならない悲鳴をあげる。

「大丈夫か? 」

「うっさい、死ね! 」

 そういって琴美はリビングから勢いよく飛び出していった。

 これが反抗期ってやつなのかね?

 昔は兄ちゃん、兄ちゃん言ってたのにな。

 そんなことを思いながら、先日の七人に同時告白されて日のことを思い出す。

 あのとき、オレに告白してきた女の子七人。

 心菜、黒百合、辻野、会長、彩乃先輩、神無月。

 そしてオレの妹、琴美。

 同時に七人の女の子に告白されたことも驚いたが、なにより驚いたのは琴美の存在だ。

 そもそも血の繋がった兄妹であるうえに、あんだけオレに死ねだのなんだの言っているくせに告白だなんて。

 オレにはあいつの真意が全くわからない。

 そんなこんな考えているうちに心菜のおばさんの夕食の時間が迫る。

「おーい、おばさんのところに飯食いに行くから早く降りてこい」

 オレは二階の自室にいる琴美に呼びかけるが相変わらず返事は返ってこない。

 仕方なく琴美の部屋の前まで行き、ノックをして呼びかけると、夕食は帰りに買い食いしたからいらない、といって早くドアの前から去るように言われた。

 仕方ないので今日はオレ一人で夕食をお呼ばれしに行くとしよう。

 オレは玄関のドアの前に立つと一度自分の頬を叩き、そのジンジンとする頬の痛みと共に玄関のドアを出た。



6



 ゴールデンウィーク明けの五月六日。

 今日は私の所属するテニス部はオフの日だったため、授業が終わるとすぐに家に帰った。

「ただいま……」

 鍵を開け、玄関に入るなり私はそういうが返事はない。

 けど、こんなことは昔からのことだから慣れっこだ。

 私のパパとママは仕事で全国を飛び回っているため基本家にはおらず、月に一度程度しか会うことはない。

 一緒に暮らしてる兄も今日は生徒会の仕事で帰りが遅くなるみたいだ。

 私はリビングに制服を脱ぎ捨て、下着のまま冷蔵庫のアイスに手を伸ばす。

 学校から二十分程歩いて疲れた体にアイスの冷たさと甘さが染み渡る。

 私はアイスを咥えたまま制服やカバンを片付け、ソファーに寝転ぶ。

 アイスを食べ終わるとポケットからスマホを取り出し、イヤホンをさして、好きなアイドルグループの新曲PVを視聴する。

「新曲いいな」

 あまりの素晴らしさについ曲を口ずさんでしまう。

 片手で器用にスマホを操作し、終わったPV動画をもう一度リピートしようとしたとき、私の視界に兄の姿が入る。

「へっ! 」

 イヤホンをしていたせいで気づくことができず、驚きのあまり、スマホを顔の上に落としてしまった。

「いっつぅ……」

 私は痛さのあまり、声にならない悲痛な唸りをあげる。

 兄はそんな私の姿を心配そうに見つめるが、元はといえばあんたのせいでこうなったんだから。

「大丈夫か? 」

 音の出ていないイヤホン越しに兄のそんな声が聞こえてくる。

 心配してくれる兄に大丈夫と答えよう。私はそう言おうと思い、口を開いた。

「うっさい、死ね! 」

 そう言って私は勢いよくリビングを飛び出した。

 リビングを飛び出し、二階の自分の部屋に着いた私はベッドに座り、身近にあった、メンダコのぬいぐるみを抱きしめる。

 ――あー、やってしまった。

 私は後悔の念に押しつぶされそうになる。

 本当はあんなことを言いたかった訳じゃない。

 けど、おにぃの前だとどうしても緊張して、酷いことを言ってしまう。

 こうなってしまったのはいつからだろう……。

 そんなことを考えていると先日の告白のことを思い出す。

 あの日、私は自分に素直になれない私を変えたくて、本当はおにぃのことが大好きだと伝えようと思っていた。

 だけど、約束の場所に行くと友達の澪や生徒会長とかがいて、周りの流れで私もおにぃに愛の告白をしてしまった。

 確かにおにぃは大好きだし、恋人でも別に――。

 そんなことを考えると自分の顔が熱くなっていくのがわかった。

 私は熱くなる自分の顔を手で扇ぐ。

 けれど、おにぃと付き合うとしても、私たちは血の繋がった兄妹で、世間は私たちのことを許さない。

 これが間違った気持ちだと頭ではわかっているが、心がいうことを聞かない。

 ベッドに横になり、ぬいぐるみに顔を埋もれさせる。

 すると、下からおにぃの声が聞こえてくる。

 私は体を起こし、おにぃの声に耳を澄ますがなにも聞こえてこない。

 私はドアに耳を当て、よく音を聴こうとすると、耳を当てているドアがトン、トン。と震える。

 私はびっくりしてドア付近から飛び退き、ベッドに着地する。

「おーい、心菜のおばさんのところに飯食いに行くぞ」

 おにぃはそう言って私の部屋のドアをノックする。

 おばさんはパパとママがいない私たちのことを気にしてくれて、たまにご飯に招待してくれたりする。優しいおばさんだ。

 けど、私はおばさんの娘、心菜ちゃんが大大大っ嫌いだ。

 心菜ちゃんは小さな頃から私のおにぃを独り占めして私を除け者にする。

「帰りにコンビニで色々食べたから私は行かない」

 本当はお昼ご飯からアイスしか食べてないのでお腹はペコペコだけど、心菜ちゃんとは顔も合わしたくない。

 究極の選択の末、私は夜ご飯を諦めることにした。

 私が行かないと言うとおにぃはそうかと言って私の部屋の前から離れていく。

 足音で階段を降りて玄関に向かったのがわかった。

 足音が聞こえなくなると、玄関のドアが開く音がして、すぐにドアが閉まることがした。

「おにぃのバカ……」

 なんであんなやつのところに行くのよ。私と二人でご飯を食べるのは嫌なの? 

 おにぃに素直に行かないでと言えば行かないでくれたのだろうか?

 そんな素直になれない自分とあんな性格の悪い女のところに行くおにぃに腹が立つ。

 私はベッドに転がっているメンダコのぬいぐるみをもう一度強く抱きしめ、怒りと空腹を紛らわせるために眠りについた。

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