第22話 電話はどこ?
「ん?」
ヘムカふとおかしな物音に気が付き目を覚ました。最初は気にしなかったが、継続的に物音がするためソファから起き上がると音のする玄関の方を見る。しかし、誰もいない。
「帰ってきたの?」
ヘムカは樹が帰ってきたのかと思ったが、ニュースで見た不審者や出かける前に樹が言った言葉がふと気になり足を止める。
再び物音が玄関方面からすると、途端に体を震わせた。謎の物音に怖気づきながらも、玄関へと向かう。樹の靴は玄関にはないため、まだ外出中であることがわかった。
そうなると、音の原因は外にある可能性が高いわけだが樹に釘を刺されているヘムカは迂闊に動くことができない。
この近くで殺人事件が今週だけで三件発生している。同じ羽黒市であり、郊外にあるこのヘムカたちの家にもその殺人鬼がやってくるという可能性を否定できなかった。
「ま、まさかね。……おとなしくしてれば帰るよね」
まさかとは思ったが、異世界転生し再び元いた世界に戻ってきたヘムカにとって極僅かな可能性という言葉の中にある安全性は全く信用できない。
ヘムカは中に人がいると悟られないように、音を立てないようにリビングへと戻る。けれども、安心はできない。この家にはブロック塀があるが、ブロック塀を乗り越えさえすれば玄関ドアに鍵をかけようとも濡れ縁から入り放題である。
ヘムカはおとなしくソファへと戻り安静にしておく。しかし、数分経とうとも謎の音は消えない。それどころか、明らかに近づいており家の敷地内から音がしているような気がするのだ。
「大丈夫、大丈夫だから……」
自己暗示をかけ震えを取り除こうとするも、体の震えは止まらない。そんな中、敷地内へと侵入した音は濡れ縁へと近づき、終いには濡れ縁から音がする。明らかな人の足音だった。
「そうだ、警察呼ぼう」
前世の記憶が曖昧だとはいえ、さすがに警察への緊急通報の番号は覚えていた。急いでヘムカは固定電話を探した。
「えっと……。どこだ?」
ただでさえ濡れ縁に足音が来てしまっている以上、下手に探して音を出しバレたら元も子もない。ヘムカはリビング中を探してみるも固定電話が一向に見当たらない。
リビングを出てダイニングへと向かうも、ここでも電話が見当たらない。
「なんでこんな時に……」
電話の位置を確認しなかった過去の自分を責めながらもヘムカは探し続ける。やがて音は一時的に遠ざかった後、どこか渋みのある蛮声が響いた。
「こらぁ! 人んちの庭でなにやってんだ!」
一瞬誰の声かわからなかったが、少なくともヘムカはその声を聞いたことがあった。事態がうまく飲み込めず動揺していると、近くで金属音がしきりに響く。
少なくとも、敷地内ではなかった。寝室の和室へと向かい、障子戸をわずかに開けて覗き見る。
しかし、庭には誰もいなかった。庭の安全を確認しつつブロック塀に掴まり顔を覗かせてみるが、そこには見知らぬ男と隣人の渡辺で戦っている光景があった。
見知らぬ男は短剣を使い、渡辺は鉈を使い六十八とは思えないほどの俊敏な動きで見知らぬ男と戦っていた。
「昭和五十四年安積県キックボクシング大会優勝のこの私に楯突こうとはな……」
渡辺は襲われているというのに、どこか生き生きとした表情を見せている。
現代日本とは思えない光景に思わず困惑してしまう。そんなことよりも通報したいところだが、少なくともヘムカが探した場所には固定電話はなかった。
もし渡辺が負けたら次に狙われるのはヘムカ。どうすればいいのか、逃げようかと迷っているとパトカーのサイレン音が近づいてきた。
これで助かると思ったヘムカは、思わず手をブロック塀から離し庭に倒れ込んだ。一息ついたのも束の間、ブロック塀の向こう側は信じられないことになっていた。
「警察だ! そこ! 武器を捨てて投降しろ!」
拳銃を構えた警察官が男に投降を促し男へと近づいていく。しかし、勝てると思ったのか男は渡辺から警察官をターゲットへと変え短剣を持ち警察官へと突撃する。
「やめろ!」
警察官の叫び声の後、発砲音が炸裂し男がその場に倒れた。撃たれた場所が悪かったのだろう、倒れた男は一分もしないうちに微塵も動かなくなっておりただ現場には重たい空気のみがのさばっていた。
ヘムカはブロック塀に背中を合わせながら、大人しく聞いており思わず冷や汗を書いた。
「ヘムカ! 大丈夫か?」
そんな中、慌てて帰ってきた樹がヘムカの元へとやってくる。
「良かった。無事か……」
ヘムカの無事を確認すると、買い物袋に卵が入っているにも関わらず手から脱力したのかレジ袋を落として安堵した。
ヘムカとしても、樹の姿を見れたことに安心できため息をつく。そして、樹の方へと振り返ると、樹も何か話があると察してくれたようで目と目が合う。
「ねぇ、電話ってどこにあるの?」
家に来たことがない訪問客が言いそうな、ありふれた言葉。けれども、その言葉を受け樹は口を固く閉ざす。
電話の場所を聞いているだけでなぜここまで口を閉ざすのか、ヘムカには理解できなかった。そして、樹が閉ざした口が開くのには数秒を要した。
「ごめん、電話は契約していないから持っていないんだ」
樹はヘムカに頭を下げたまま話を続ける。
「そして、契約は……したくない。もちろん、携帯電話も……」
これがお金の問題でないことくらいはヘムカにもわかった。ウランガラスを進めるような人が電話代をケチりはしない。
「理由を聞いても?」
過去に電話回線業者の対応がひどかったから。過去に迷惑電話が沢山かかってきた。どれも違うような気がして聞いてみる。
けれども、樹はまたしても口を噤んだまま何も話そうとしない。
「言えないんだね」
ヘムカの言葉に小さく樹は頭を縦に振った。
ヘムカとて、人に言えない秘密を沢山抱えている。他人に秘密を話すことを強要はしたくなかった。
悲鳴を上げればきっと誰かが通報してくれるだろうと、ヘムカは対策を練る。その後は、二人とも何も話さないまま一日が過ぎていった。
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