第21話 こねこね
「うーんおはよう……」
午前七時。ヘムカが樹の家に来て丁度三日目である。
朝起きて寝ぼけているヘムカが、樹が聞いているかも知らないのに朝の挨拶を口にしながらテレビをつける。するとちょうど朝のニュース番組をやっており、アナウンサーが感情を込めずにカメラ目線で説明していた。
「次のニュースです。羽黒市で、本日遺体が発見されました。羽黒市で遺体が発見されるのは今週三回目であり、警察は注意を呼びかけています」
アナウンサーが読み終わると、場面は羽黒市の山中へと変わる。近くに民家も商店もなく山林しかなくカーブも多いが、別の町と羽黒市を結ぶ幹線道路らしく決して交通量は少なくないのだという。
第一発見者は道路を車で走っていたが、物音に気が付き車を路肩に停め近くまで向かった。暗くてよく見えなかったが何やら細長い筒のような物を持った加害者が被害者を襲っているところを見たらしい。
警察へと通報し、防衛のためにと車に乗って止めるように言いに行くと、加害者が驚いて山中へと消えていったという。
「先日から起こっている事件との関連性も含め、安積県警は調査しています」
ヘムカはリビングを過ぎ、ダイニングへと向かう。丁度樹も起きてきたようで、いつもの癖で朝食を作りかけていたのか冷蔵庫から冷凍食品等を漁っている。
「ああ、おはよう……そうだった。朝食作るんだったよね」
樹は完全に覚醒すると同時に、昨日必死の思いをして購入した食器やら食品やらを思い出す。
「とりあえず、卵とってくれる?」
シンクで手洗いをしている最中、樹はヘムカの言う通りに冷蔵庫から卵を取り出し手洗いを終えキッチンクロスで手を拭いているヘムカに卵を渡した。
ヘムカの元いた世界では、鶏を見かけることなどなく鶏卵も同様であった。しかし、決して鳥類を食べる文化がなかったわけではない。その過程で、少なからず鳥類の卵を食べることがあった。
あまり気にせずに鶏卵を割ろうとするが、割れない。自然界に存在するものよりも養鶏場で取れたものの方が栄養が多く卵の殻も厚くなるのだ。
力を入れてみて、割れはしたが若干中身が飛び散ってしまう。
「はい、これ。ペーパータオル」
「ありがとう」
樹はこうなることを見越していたのか、ペーパータオルを丁度開封しているところだった。
その後も無事に作り続け、朝食は完成しダイニングテーブルへと移動させた。
ヘムカは椅子へと座り目の前の朝食と対峙する。しかし、視線はテレビの方を向いていた。
一通りニュースを一巡し、殺人事件の詳しい内容に入ったのだ。
「殺人事件だって、怖いね。ところで私に基本的人権は適用されるのか──。どうかしたの?」
この近くで発生しているであろう事件に、ヘムカは口では怖がるもあまり怖がっている様子はない。所詮は他人事であるため、イマイチ実感がわかないというのがヘムカの心情だった。
それでもヘムカは目玉焼きを咥えながら共感を求めたのだが、樹も目線をテレビに張り付けたまま瞬き一つしない。それはこの事件の報道が終わるまで続き、ヘムカは不審に思いながらもただ目玉焼きを咀嚼することしかできなかった。
「えっ……と。何か言った?」
樹はヘムカの話をまるっきり聞いていなかった。何かヘムカが言っているのはわかったが、テレビに集中するがあまりそこまで気が回らなかったのだ。ヘムカは呆れてため息をつくも再び言うことにする。
「いや、この事件怖いねって話。あと、私は人間扱いされるのかなって。駄目でも一応動物愛護法違反にはなるのかな?」
樹に説明している間にも、またもや疑問が浮かびヘムカは疑問を追加し述べてみる。
「ああ、怖いな。事件現場はこの辺りらしいし一応注意しとけよ」
ヘムカが対岸の火事だと思い先の発言も冗談めいたものだったのに対し、樹は隣の火事に騒がぬ者なしと警戒しているようだった。
「う、うん」
冗談半分で言ったのに真面目に返されヘムカも一応同意しておく。
「でも、動物愛護法で指定されている愛護動物は、人に専有されている哺乳類のはず。君は僕に専有されているわけではないと思うけど」
「人に専有されていないと言うことは、そこらの虫けらと同じ扱い? つまり無罪?」
万が一の話だったが、もし狐耳としっぽがあるだけで殺人罪が適用されないのであれば随分と亜人に優しくない世の中である。
考えれば考えるほどに、ヘムカは不安になってくる。
「まあ、そうそう巡り合うこともないと思うけど、一応僕がいない時はちゃんとドアの鍵閉めてね」
ヘムカは大きく首肯した。
「ごちそうさま」
樹は朝食を食べ終わると外出の身支度を始める。食べ物を買いに行くのだ。当初はヘムカと一緒に行こうと考えていたが、先の出来事があったせいで考え直し樹が単独で担当することになったのだ。
樹は玄関へと向かい、靴を履く。
「じゃあ、行ってくる」
ヘムカの方へ振り向きながら言うと、樹は家のドアを開けて外に出ていった。
朝食を口の中へと押し込んだヘムカが急いで玄関まで向かうも、樹は行ってしまった後だった。そして、挨拶の言葉も口が食べ物でいっぱいの状況であるためすぐには出ず一分ほどして口の中の食べ物を全て飲み込めた後、ようやく小声で言う。
「いってらっしゃい」
けれども、返事をしてくれる相手はいない。ヘムカが目覚めてからずっと樹が一緒にいたのだ。急に一人になったことに不安を感じる。
ヘムカはリビングへと早足で向かい、気を紛らわそうとテレビをつける。朝のニュース番組の続きなのだが、国内外で起こった重要なニュースの報道は終わり芸能人のニュースだ。八年もこの世界にいなかったヘムカにとって、一応テレビで聞いたことのある名前も少しばかり出てきていたのだが今テレビに映っているのは若手アイドルである。当然、八年前にはテレビに出ていなかったためヘムカにとっては右も左も分からない状態だった。歌うならまだしも、ただメンバー同士の会話が延々と続きヘムカにとってはただただ苦痛の時間だった。
イライラして他の局に変えるも、ヘムカにとってはどれも同じような番組に見えてしまう。BSにしようにも、アンテナがないのかBSは映らなかった。
ヘムカは諦めてテレビを消し、リビングにあるソファで横になった。ただ目を瞑っただけなのだが、次第に瞼がどんどん重く開けられなくなっていきヘムカは眠ってしまった。
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