イチョウとトリロジー

 イチョウの旅


十一月になった

今年も冷たい北風に乗って

彼から紀行を記した手紙がやってくる


大木のように天を突き抜ける秀峰

トマトスープように夕暮れるサバンナ

買ったばかりのトランプみたいな街並み


人々の喧騒

おいしそうな香り

全部が目の前に広がって

世界を旅している気分になれる


インターホンが鳴った

やっと来たかと立ち上がる

ひらり、と

黄色い手紙が窓の隙間から入ってきた



 イチョウと僕


銀杏が嫌いだ

銀の杏という幻想的な名前ですら

あの匂いを前にすると手も足も出ない


庭にあるイチョウの木が嫌いだ

無駄に雄大で美しいせいで

自分がちっぽけに見えてくる


イチョウは雌しか実がならないの

この木がどちらか忘れてしまったけれど

実がなったら私が天国に行けた証拠だよ

縁側の婆ちゃんは目を瞑った


一人でイチョウを見上げると

星のように輝く銀杏がなっていた

ぽっかりと穴の開いた心を

その香りが埋めてくれた気がした



 イチョウと北風


足元に黄色のカーペット

上から同じ色の紙吹雪

このうら寂しい季節には不釣り合いなほどに

その黄色は鮮やかで雄大だった


一歩踏み出す

そこには静寂しかなかった

一人でカーペットに座って

去っていく季節を憂いていた


彼を連れて歩いていく

どこへ行こうか

彼にふさわしい季節に行こう


後ろを振り返る

風に吹かれて舞う黄色も

いつかほうきで掃かれるのだろうか

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