隣の部屋のおっさん系VTuberがあまりにうるさいので文句を言いに行ったら、出てきたのは美少女JDだった。

月原蒼

プロローグ

#0 おっさん系VTuberが、美少女大学生だった

「あー……疲れた……。今なら三日は丸々寝られるな……」


 俺は、そう漏らしながらベッドへと倒れ込んだ。


 大学卒業後、就職した会社は、どうして労働基準監督署に怒られていないのかが不思議なくらいのブラック企業だった。

 入社三年目にして、成績ランキングの一位には、常に黒務社くろむやしろという、俺の名が刻み込まれている。


 はずなのに、だ。


「なーんで給料が一年目と変わんないんだよ……」


 なにが『社員の手柄は会社の手柄』だよ。それって結局、やりがい搾取ってヤツじゃねーか。

 つーかそもそも、俺あの仕事にやりがい感じてないし、シンプル搾取じゃん。あー、死にたくなってきたな。


 考えるのも馬鹿馬鹿しい。こういう日はさっさと寝るに限る。


 ――ま、寝られれば、だが。


「やーみんな。こんばんは。今日も酒の準備は出来てるかい? おっさん系VTuberの泊魔出酒剛はくまでしゅごうだよ!」


 隣の部屋から、突如として響き渡る怪音波。もはや公害クラスだ。


「まーた始まったよ……」


 まぁ、有り体に言ってしまえば、隣人バグ。


 なんで俺の隣の部屋に、おっさん系VTuberが住んでんだよ。


「さぁさぁみんな、飲めや歌えやの宴だぁ!」


 飲むな、歌うな。今何時だと思ってんだ。夜の十一時だぞ。道徳どこに捨ててきやがったんだこのクソジジィ。

 若者に会わせてそれっぽい口調にしているのだろうが、初老らしくしゃがれた声では、もはや聞く毒薬以外の何者でもない。


 そもそも、誰が見てんだよ、そんな配信。


 布団を被り、羊を数える。

 一匹、二匹、「三本メェ~!」、四匹、五匹、「六本メェ~!」、七本、八本、九本メェ~……は?


 ナニカが切れた。


 俺は! テメェの! 飲んだ酒の本数を数えてんじゃねぇんだよ!


「いかん。我慢の限界だ。前々から言おう言おうとは思っていたけど、もう我慢ならん」


 ただでさえ会社で馬車馬の如く働かされているってのに、唯一落ち着けるアパートでの隣人トラブルは起こしたくない。が、いよいよ勘弁ならん。

 騒音アラートはとうにレッドゾーンを飛び越えているんだ。


 俺はどこに捨てれば良いのか分からない憤りを両手一杯に抱え、隣の部屋の玄関前へと歩を進めた。


 さぁ、深呼吸だ。アイツは今、酒を飲んでいる。話が通用する相手ではないだろう。


 なんたって、この世で話が通じない人種ランキングは、一位が赤ん坊であるとして、二位は酔っ払ったおっさんなのだ。

 ちなみに三位は、うちの部署の部長である。


 少しばかり、もしかしてめちゃくちゃ怖いあんちゃんでも出てくるのではないかと怯えながらも、俺は大きく息を吸い、

「おいお前! 毎晩毎晩うるせーんだよ! なにが吐くまで酒豪だ! 空き缶回収日にカシスオレンジの空き缶が大量に捨てられてんの知ってんだぞ! おっさんがカシオレ飲んでんじゃねーよ!」

 最大限に文句を叫んでみた。


 それまで中から聞こえていた騒ぎ声は、たちまち静まりかえった。

 しばしの静寂。初夏の風が心地よいからまだ堪忍してやるが、これが真冬だったら、多分俺はキレている。

 部屋にある殺虫スプレーをこの投函口から三本ほど流し込んでいただろう。


 それから、数分。配信を切ったりでもしていたのか、ようやっと、ドア越しに足音が聞こえた。


 さて、酒豪だのなんだの言っているくせに毎晩カシオレをかっくらうおっさんとやらのご尊顔、是非とも見せてもらおうじゃないか。


「ご……ごめんなさい……うるさかった、ですか……?」


 開いたドアから、美少女がこんばんは。

 うーん、どうにも足音がおしとやかなソレだと思っていたが、まさか娘を替え玉にしてくるとは、つくづくどうしようもないおっさんだ。


「君は娘さんかい?」


 推定、大学生ほどの女の子。ベージュブラウンに染められたロングヘアーは、腰ほどまで伸びており、手入れを怠っていないことが分かる。

 正直、嗅ぎたい。


 が、今大事なのはそんなことではない。

 カシオレおっさんを一発か二発ぶん殴ってやらないと、俺は気が済まない。


「えっと、違うんです」

「うんうん。言い訳してこいって言われたんだな。酷いお父さんだ。でも君が謝ることじゃない。お父さんを呼んでくれるかい?」

「違うんです!」

「えっと、何が……?」


 話が、読めない。

 女子大生って、話が通じる人種だと思っていたんだけどな。


「その、私、なんです」

「え?」


 その直後、彼女の口から放たれた言葉は、俺を失神させるには十分すぎるインパクトを有していた。


「その、おっさん系VTuberって、私なんです……」


 どうやら俺がブラック企業で半殺しにされている間に、おっさんの定義が今までとは百八十度反転してしまったようであった。


 あまりの驚きに、疲れ果てていた脳が思考を放棄、機能停止を始めた。


 薄れゆく意識の中で、俺が放ったのは、

「バ美肉おじさんじゃなくて、バ老肉JDかよ……」

 なんていう、もう少しまともな遺言はなかったのかとご先祖様に叱られてしまいそうな言葉だった。



~あとがき~


『隣の部屋のおっさん系VTuberがあまりにうるさいので文句を言いに行ったら、出てきたのは美少女JDだった。』の第一話にお越しいただき、本当にありがとうございます。まずは心の底から感謝を。


 本作は、現状更新している連載作品『JKリフレで指名した人気No.1キャストが、高校時代のアイドル的同級生だった。』の執筆により抱える精神的ダメージを解消すべく書き始めた、気軽に読めるラブコメディ作品です。


 どちらも毎朝投稿していきますので、好きな方を(もしくはどちらも!)お読みいただけたら幸いです。


 小説のフォローや応援、☆なども気軽に押していってもらえると、励みになります。

 これからもよろしくお願いいたします!


『JKリフレで指名した人気No.1キャストが、高校時代のアイドル的同級生だった。』

https://kakuyomu.jp/works/16816452221270353877

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