第36話 文化祭初日2
「陽葵ちゃんこっち!」
「あ、ちょっとっ!」
千秋さんが教室に入ってきた北条さんのところまで行き、手を引っ張って北条さんを見て固まっている俺と涼の前に連れてきた。
「どうよ。陽葵ちゃんかわいくない⁉︎」
「あ、ああ。めっちゃいいと思います」
千秋さんの言葉でようやく思考が動き出す。周りも動き出し、各々自分のするべき事に取り掛かるが、チラチラとこちらの様子を伺っていた。
「だって、良かったね!」
「え、ええ。でもこの尻尾、正直じゃまだわ。一本ならまだしも九本にもなると横に広がるから外に行く時は外した方が良いわね」
「そうだねー確かに扉入りにくそうにしてたもんね」
北条さんの衣装はなんと妖狐だった。
白と赤のオフショルダーの巫女服に赤と黒の可愛らしい下駄を履き、北条さんの髪色と同じ白の狐耳を頭に付け、そして大きく扇型に広がっていて一番目立っている白の九本の尻尾を腰の付け根から出していた。
巫女服もロングスカートで肩を出しているとは言え別にそこまでセクシーではない。しかしなによりも頭につけている狐耳が髪の毛と同じ色だからかまるで自前のように似合っており、さらに北条さんがみんなに見られていることを恥ずかしがり、頬を赤ているためとてもかわいらしかった。
実はみんなに見れていたからだけではなく、修に褒められたことが嬉しくて赤面していのを知っているのは陽葵本人と近くで見ており、尚且つ修と陽葵の気持ちを知っている千秋と涼だけであった。
ちなみに本人たちはまだ胸にあるモヤモヤした気持ちの正体には気がついていなかった。
「如月くんは……ヴァンパイヤですか?いいですね。とても似合っていてかっこいいと思いますよ。南雲くんは……ジョー○ーですか。また珍しい物を選びましたね。でもいいと思いますよ」
「あ、ありがとう」
「ありがとう。北条さんは……妖狐かな?北条さんらしいチョイスですね。とてもお似合いです。」
「ふふっ、ありがとうございます」
まだ衝撃から完全には立ち直れておらず、北条さんに褒められたのだが、すこし詰まってしまった。
流石は彼女持ちというところか。涼は俺と同じく北条さんの美しさに驚いたが、すぐに立ち直り逆に褒めかえすと、北条さんは微笑む。
「みんな似合ってるよ。接客よろしくね」
四人で固まって俺たちにそう言いながら近づいてくる者がいた。
「
近づいてきた人……前園
元々のスタイルも相まってか、とても大人のかっこいいお姉さん感を醸し出していた。
「そう?うちはパーティー出る時もこんな感じだよ」
「そうなんですか。でも前園さんはスタイルが良いのでとてもお似合いですよ」
「ありがとう。北条さんもよく似合ってるよ、その狐耳」
「ありがとうございます……それにしてもこんなものまで扱っているのですか?」
「いいや、今回のために特別に作らせたんだよ」
そう前園さんは今回の衣装を作ってれた有名ブランドを手がける会社の社長令嬢だった。ついでにお互いの衣装は内緒にして置こうと決め、みんなの役割決めまでしてくれたため、自動的に今回の店長的な存在になっていた。
『只今より、第157回龍皇祭を開催いたします……』
「あ、もう始まっちゃった。じゃあ四人共がんばってね……みんなも頼むよ!」
開門を知らせる放送が流れたことで前園さんは俺たちに一言告げると今度はみんなに向けて鼓舞する。
みんなもそれに応え、持ち場に付くと早速外にお客さんがチラホラと見えてくる。
「じゃあ俺たちも行くか」
「そうだな」
涼の言葉に俺がそう返す。千秋さんと北条さんも涼の言葉に頷くと準備にとりかかった。
俺たち4人はホール係になっていた。前園さん曰く見た目の良いみんなは絶対にホール係にしたかったのだとか……そんなこと言って良いのかはわからないが、それならなんで俺が入っているのか不思議に思っている。
俺たち4人の他にももちろんいてクラスの3分の1くらいがシフトとして入っていた。シフト割りとしては1日を三つに分け、二日間計6つの内二つに入るというものだった。
俺は明日にまとめて見て回ろうと思い、今日のお昼の時間を除いた、午前と午後にいれた。
涼と千秋さんは中学の頃の友達が出てる今日の午後の演劇が見たいと言うことで、今日と明日の午前中に入れたのだが、北条さんは特に見たいものとかないので俺と同じシフトにしていた。
これは……明日一緒に回ろうと誘うべきだよなー
「「「いらっしゃいませー」」」
そんなことを考えていると一人目のお客さんが来店した。
来店したのは見学に来た小学生くらいの男の子を連れたお母さんで、今回は千秋さんが最初に席に案内し注文を聞く。お母さんはオムライスと紅茶を、男の子はグラタンとオレンジジュースを頼み、千秋さんがそれをカーテンで区切られた裏スペースに伝える。
すると調理係の子が冷凍された物を冷蔵庫から取り出しレンチンした後ドリンクと一緒に千秋さんに渡し、千秋さんがそれを届ける。
その間にも続々とお客さんが来店する。
見てみると涼が女子高校生の二人組を案内し、注文を取っていた。注文を取り終わったのか立ち去る際に二人に対して涼が微笑みながら「少々お待ちくださいませ」と頭を少し下げながら言うと、二人はきゃーと小さく叫び喜んでいた。
チッ、これだからイケメンわ
今日何度思ったかわからないことを再び思い、じとーと睨む。
涼はそんなそんな俺の様子に気がついたようで苦笑していた。
少し離れたところで笑顔で接客していた千秋さんの目が怖いくらい笑っていないことに、俺と涼は気がつかないふりをした。
すると俺の番になった。俺も案内することになったのは制服を着た女子高校生の二人組だった。
「ご注文はお決まりですか?」
「あ、じゃあ……私ミートソースパスタと紅茶で」
「私は……グラタンと紅茶で」
「かしこまりました。少々お待ちください」
事前に決めてあった台本どうり接客し、涼と同じく微笑みながら頭を下げ、すぐに立ち去る。
俺が立ち去った後二人の女子高生が「今の人かっこいいね」「ねー」と言う会話をしていたのを聞いたのは後の席で接客していた北条さんだけであった。
そんな北条さんの接客は……まあ愛想が良いとは言えないがそれでもとても可愛らしく、男の人にとても人気だった。中には前園さんの生足をじろじろ見たり、北条さんや千秋さんたちのことを不躾な目で見ていたりしている人も結構いた。
俺も男なので気持ちはわかるが、それでも見られる側からすれば気持ちいい物ではないので、ホントはやめて欲しいのだが、衣装を見てもらうのがコンセプトでもあるのでみんな注意できずに困っていた。
当の本人たちはそれこそ昔からのことで慣れているようでもはや気にしていなかったが……
そんな中で行きすぎた行為に出てくる人もいる。写真は遠慮してもらっていて、入る前にもちゃんと注意喚起をするようにしているのだが、接客中にシャッター音が聞こえ、俺もホール係がみんな音のした方を向く。
すると北条さんに向けてスマホを構えている中年くらいのおじさんの姿が目に映る。
たまたま近くにいたこともあってすかさず注意する。
「すみませんお客様、写真はご遠慮いただいておりまして、消していただくようお願いいたします」
しかしそのおじさんは露骨に不機嫌そうにして言い返す。
「ふんっ。私は○□会社の社長だぞ。この文化祭にいくら寄付したと思ってるんだ。黙れ小僧が」
「寄付していただきましたことは、ありがたく思います。ですのでルールの範囲内でお楽しみください」
言い返され、なんなら逆ギレされたがここで負けてはいけないとすかさず言い返す。
「黙れと言っている。不愉快だ。今後は寄付など一銭もしないからな」
おじさんはバンっと床を蹴って立ち上がり出て行こうとする。
思ったよりも大ごとになってしまい少し焦っていたその時ちょうど新しく入ってきたスーツをきた男の人がそのおじさんに話しかける。
「では……○□会社との取引は終了させていただきますね」
「誰だ……なっ!これは南雲社長!これはっ……違いますて……」
「では消していただけますか?写真」
「……はい」
そう入ってきたのは涼のお父さんの明さんだった。明さんのおかげであのおじさんは俺たちの目の前で写真を消した後、外に逃げ出すように足早に出て行こうとした時に、学校の先生がきて連れて行ってくれた。辺りを見回すと前園さんがスマホを手に持っていて、俺が見ていることに気がつくと俺に向けて親指を立てきた。
落ち着いてきた頃に明さんが北条さんに集まっていた俺たちのほうに歩いてくる。そばには涼の妹の凛ちゃんも一緒にいた。
目が合うと、凛ちゃんは俺に向けて軽く頭をさげ一礼してくれたため、俺も返す。
「親父……」
「よう涼。……陽葵ちゃん大丈夫だったかい?」
「はい。南雲さんありがとうございました」
「礼には及ばないよ。……もっとも○□会社との取引はもちろん終了するけどね」
一連の流れを聞いていた周りのお客さんも「あれって……南雲財閥の……」と南雲さんに気がついたようで、中には「うちも○□会社との取引は終わらせてもらおう」とか呟いていたどこかの会社の社長さんらしき人もいた。
あ、終わったな。あのおっさん。
「少し雰囲気を悪くしてしまったね。また後で来させてもらうよ」
今自分がいると騒がしくなると感じた明さんは落ち着いた時にまたくると言って出ていた。
これ以降受付係に再度注意喚起を強めてもらったことや南雲さんの対応が噂として広がったこともあり、このようなことは起こらなかったという。
ちなみに○□会社は大手取引先を失って一ヶ月も立たずに倒産したのはのちのお話。
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