雨の日、白の行進。

七屋 糸

第1話 五月雨、スニーカー



雨の日の昼食は決まってストックのカップうどんで済ますわたしを、御堂さんは外へ連れ出した。


五月雨が降りしきる通り沿いに人はおらず、自動車が水溜まりを跳ねながらわたしたちを追い抜いていく。通り過ぎた四階建てのマンションの窓にはほとんど明かりが灯っていて、こんな低気圧の昼下がりに彼はなにをしようというのだろうと思いながらも尋ねることはできなかった。


濡れそぼった景色はどれほど遠くを見渡したところで淀んでいる。スニーカーにくっついた落ち葉を払いたくて空を蹴ると、そのせいで靴紐が緩んで濡れた地面に垂れ下がった。


頭も少し痛くて、昨日の夜更しのせいで身体もダルくて、決して上向きではなかった気持ちが落下していく。それでも御堂さんがずんずん歩くから、仕方なくとぼとぼついていく。


わたしの家の近くにはいくつか小さな公園があった。そのひとつひとつに「梅の花公園」とか「どんぐり児童公園」とかありきたりな植物の名前が付いていて、御堂さんはその中から「ハナミズキ公園」を選んで入っていった。


そこは大した遊具がない代わりに鬱蒼とした雑木林が聳え立ち、アスファルトは明度を一段下げた。それでも彼の足取りは軽やかで、少し濡れた左肩など気にも留めていない様子だった。


「ねぇ、どこまで行くんですか」


「ん、ちょっとそこまで」


そう言って御堂さんは黒々しい木々の間を抜け、芝生が敷かれた広場に立った。公園の中央らしいそこは目の前に小さな池があり、静かに鳥が歌っている。風が吹くと葉の擦れる音が騒がしく耳を絡め取り、それがとても心地よかった。


「こんなところがあるなんて知らなかった、」


「だろ、外からは見えないんだ」


御堂さんはちょっと得意げに笑うと、唐突に空を見上げてぱったりと傘を閉じた。「濡れますよ」と言いながら手を広げると、湿った空気が肌の温度を下げるだけだった。




雨は、とっくにやんでいた。




それから彼はわたしの足元にかがみ込み、緩んでいた靴紐を丁寧に結び直した。左右が対象になった美しい蝶々結びは歩くたびにスニーカーの上で踊る。


鬱々とした曇天はまだ頑固に空を覆っていて、誰かがやってくる気配もない。しかし緑に囲まれた舞台はふたりのために誂えられたみたいで、濡れた景色が匂い立つようにキラキラ輝く。


わたしはまんまと罠にハマったみたいだなと思いながらも、今だけは指輪を外してくれる彼の気遣いが嬉しかった。




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