僕らは空気を手放せない

そばあきな

僕らは空気を手放せない


 僕の隣を歩く彼女は、小さい頃からずっと側にいた、いわゆる幼馴染の関係だった。どこか頼りない僕、それを支えるしっかりものの彼女、という構図が周りからの共通認識らしい。


 今まで学校や登校班も同じで、クラスが離れたことだって一度もないような僕らだったから、実際には付き合ってはいないけど、よく「恋人なのか?」と聞かれることは多かった。


 毎回律儀に「いない」と答えても、何日かすると別の人に聞かれるので途中から否定するのをやめたと彼女が言っていたので、僕もそれに倣って曖昧に笑って誤魔化すようにしたら、いつのまにか付き合っていることになっていた。

 だからおそらく周りは、ずっと前から僕らの意志関係なく、僕らを恋人に仕立て上げたかったのだろう。


 二人して誰かに想いを寄せることも、他の誰かに想いを寄せられることもなかったので、今のところ慌てて否定する理由もなく、僕らは変わらず偽装カップルじみた関係を続けている。



「ねえ、もし僕に彼女が出来たらどうする?」


 ある日僕がそう尋ねると、彼女が心底おかしそうに笑った。


「アンタに彼女? 荷が重すぎるわよ」

「そんなに重い子と付き合うわけじゃないけど」

「そういう意味で言ったんじゃないわよ。相変わらずバカね」


 彼女は満足そうに笑う。


「……でも、もし、万が一だよ」

「でもも、もしも、万が一もないわよ」


 僕が二の句を告げる前にそう一刀両断されてしまう。

 まるで僕に彼女が出来ることを拒否しているみたいだった。


「アンタも私に恋人が出来たら嫌でしょ?」

「そうだね」

「即答じゃない」


 僕も同じ気持ちだよ、という意で彼女と目を合わせると、彼女がこちらを見て「やっぱりそうよね」と独り言を呟いた。


 僕らは気付いている。これが単純に相手が好きだとか、そんな簡単な言葉じゃない感情で嫌だと告げていることを。



 生まれてから今まで、僕は彼女と一緒に生き続けてきた。彼女も同じで、僕と一緒にいることを生活の一部のようにしていた。



 ――それは、例えるなら空気のようなものだ。



 だから、彼女のいない生活を僕は想像できない。


 生きていられるのかも分からないから、僕は彼女に恋人が出来ることを嫌がり、異性避けになるのならと自分たちが恋人扱いされることも甘んじて受け入れてしまうのだ。


 そして、自惚れてもいいなら、彼女にとっての僕も同じような存在なのかもしれない。


 昔同じクラスの女の子と顔を合わせただけで「睨まれた」と冤罪で泣かれた経験のある鋭い目付きが僕の方をじっと見つめる。



「アンタはそのまま、私がいないとダメな頼りない男でいてよ」



 そう呟いた彼女は、きっと周りが思っているよりも弱い女の子だった。


 でも、それは僕しか知らないことだから、これからも誰にも教えてあげないように聞こえないふりをした。


 頼りないふりをした僕は、弱さを見せられない彼女ににこりと笑う。



「君もそのまま、みんなに怖いと勘違いされていたらいいよ」



 それで僕たちは、明日もきっと生きていくバランスが取れるのだろうから。

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