1-15 アンリ王子とジュリエッタ
カツカツカツ・・・
背が高く、騎士として訓練を受けているユベールの歩く速度は速い。私は後を追うのに、半ば小走り状態で必死になってユベールの後を追っていた。時折、彼はチラリと私の方を振り向くも、それで歩く速度を遅くするような人間ではない。彼は必要最低限の気づかいすらしてくれない人物なのだ。彼がこの世で親切にする女性は・・・たった1人しかいないという事を私は良く知っている。
本当ならばアンリ王子の部屋など分かり切っていた。なのでわざわざ呼びに来てもらわなくとも時間だけ指定してくれれば私は1人で部屋に向かったのに・・。
そして彼は自分に合わせることが出来ない人間を酷く嫌う傾向があるのだ。だから私は彼にもう少しゆっくり歩いて下さい・・・と言う些細なお願いすらできなかった。
王子の居住区へと続く渡り廊下を歩いていると途中、バラが咲き乱れる中庭に出た。バラの頭上からは美しい満月が覗いてる。
「綺麗な月・・・」
思わずポツリと呟くと、私の独り言がユベールに聞こえたのか、彼は一瞬足を止めて月を見上げたが、特に何も言うことなく再び歩き始めた。
そして歩き始めてから10分程経過した頃、ようやくユベールは足を止めた。そこは・・かつて繰り返してきたループの中で何度か呼ばれたことのあるアンリ王子の部屋の扉の前だった。初めて見るはずなのに12回もループしてきたので、懐かしく感じてしまう。
コンコン
ユベールはノックすると、扉の奥で声が聞こえた。
「ユベールか?」
それは王子の声だった。
「ああ。シルビア・ルグランを連れてきたぞ」
「中へ入ってくれ」
その言葉でユベールはノブに手をかけ、ガチャリと回した。
キイ~・・
扉が開かれ、部屋の中の様子が見えた。
するとそこにはソファの上に座るアンリ王子と、2人の幼馴染であるジュリエッタがいた。ユベールは躊躇なく部屋の中へと入っていくが、私はどうすればよいのか分からず、その場にとどまっていた。
「何をしている?お前も中に入れ」
その時、初めてユベールが振り返って私に話しかけてきた。
「失礼します・・・」
おっかなびっくり部屋の中へ足を踏み入れると、アンリ王子がすぐに声を掛けてきた。
「シルビア嬢、大丈夫だったかい?突然意識を失って倒れた時には本当に驚いたよ」
「は、はい・・。もう大丈夫です。ご心配おかけ致しました」
パッと頭を下げると、アンリ王子が言った。
「何もそんなにかしこまる必要は無いよ。君はいずれ僕の婚約者候補になるのかもしれないのだから」
すると初めてジュリエッタが口を開いた。
「アンリ様、そんな不確定な事をこの場で言ってはいけないわ。シルビア様が困ってしまうじゃないの。ねえ?貴女もそう思うでしょう、シルビア様?」
男爵令嬢が伯爵家の令嬢に対する口の利き方とは思えない口調でジュリエッタは私に口元に笑みを浮かべながら話しかけてきたが・・・その目は笑ってはいなかった。まるで私を値踏みするような目である。
「こら、ジュリエッタ。そんな言い方をしたら駄目だろう?仮にも彼女は特別枠で招待された女性なのだから」
コツンとジュリエッタの頭を小突きながらアンリ王子は優しい笑みを浮かべてジュリエッタを見つめている。その姿は・・仲の良い恋人同士の姿だった。
その様子から、ここに私を呼んだのは、釘をさすためであるのは容易に判断できた。
恐らくこの世界でも現段階で私が一番アンリ王子の最有力婚約者候補者なのだろう。だからこそ、私を呼びつけ、アンリ王子とジュリエッタの仲睦まじげな様子を見せつけ・・自分たちは愛し合っている、たとえ結婚してもそこに愛は無い・・形だけの結婚になるのだという事を知らしめる為に呼んだのだ。何度もループを繰り返してきた私にはよく分かる。
アンリ王子に注意をされたジュリエッタは言う。
「ええ。そんな事分かっているわ。だけど・・どうしても候補者たちには私の存在を理解してほしいから・・」
甘えた声でアンリ王子にしなだれかかるジュリエッタ。そしてそんな2人を切なげな眼で見つめるユベール。
・・・可哀そうなユベール。
貴方は・・・この世界でも、ジュリエッタに報われない恋心を抱いているのね・・?
私は隣に立つユベールを見て・・6回目のデスループの出来事を思い出した―。
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