6:魔炎弾


 悪魔の翼をはためかせ、真っ暗闇が広がる空を、ぐんぐんと上昇していくリオ。

 初めての飛行にしては、かなり上出来だと自分では思うものの……

 実際は、何処からともなく吹き付けてくる強い風と、ジークが呼び寄せた雨によって、右へ左へと体が大きく揺れていた。

 しかし、その目だけは、一心に前を見据えていた。

 そこにある、雷を呼び起そうとしているワイティアの姿を。


 パタパタという、か細い羽ばたきがワイティアの耳に届く。

 ふと視線を眼下に向けると、そこにはふらふらとした動きでこちらに向かって飛んでくる、リオの姿があった。


『小癪な……。此の期に及んでまだ、私の邪魔をしようというのかっ!?』


 身体中に、雷の魔力と闇の魔力を纏ったワイティアは、ギリギリと歯を食いしばる。


「やめるんだっ! ワイティア!」


 叫ぶリオ。


『黙れっ! 人ならざる者の姿を持つお前でさえも、人を守るというのかっ!? 何故だっ!? 人は自然を壊す! 命を奪う! このヴェルハーラを守る為には、人を滅ぼさねばならないのだっ! 何故それが分からないっ!?』


 ワイティアの言葉に対しリオは、初代ヴェルハーラ国王の言葉を思い出していた。

 そして、その言葉を、そのままワイティアに告げた。


「人も自然の一部なんだ、ワイティア! 人と自然は、一つだっ!」


 もしかしたら、その昔、イルクナードが改心した時のように、目の前にいるワイティアも、その誤った考えを改めるかも知れない……

 リオはそう思ったのだ。

 しかし……


『何を馬鹿げた事を……。ならば何故っ!? 人は自然を壊す!? 命を奪う!? 人は己の欲の為ならば、他者の損害、自然の崩壊など、まるで気にしていないではないかっ!? それを、人が自然の一部……、人と自然は一つなどと、戯言をぬかすなぁっ!』


 怒り狂っているかのように、ギュララララ~! と、ワイティアの雄叫びが国中に響き渡った。

 もはやワイティアには、何者の声も届かない。

 だが、リオは諦めずに叫ぶ。


「確かに人は自然を壊すし命を奪う。だけど、決してそれだけじゃないっ! 緑溢れる春を喜び、暑い夏を乗り越えて、実りの秋を謳歌し、寒い冬を耐え忍ぶ……。そしてまた、穏やかな春が訪れる事を幸せと感じる。他の生き物達と、何ら変わりないっ! 人は自然を愛しているんだっ! だからきっと、人と自然は一つだっ! 人だけが自然から省かれるなんて、そんなの間違ってるっ! 人はもっと、善になれる生き物だっ! それを待たずに滅ぼそうとするお前は……、間違っている!」


 懸命に言葉を紡ぎ、訴えるリオ。

 けれども、ワイティアの心の内で燃えたぎる怒りの炎を鎮める事は、不可能だった。


『黙れ……、黙れ黙れ黙れぇっ! お前は人と同等に罪深いっ! 我が雷をその身に受け、地獄へ落ちるがよいっ!』


 ワイティアは、その瞳を青く光らせて、暗雲立ち込める空より無数の稲妻を呼び寄せた。

 それらは全て、真っ直ぐに、リオへ向かっていく。


 ピカッ! ピカピカッ!


「うわぁっ!?」


 黒い雲の一部が光を放ち、強力な稲妻が、いくつもいくつも発生する。

 ゴロゴロゴロ~、と、耳が壊れてしまいそうなほどの轟音が、空から響いてきた。

 不慣れな飛行を続けながらも、なんとかワイティアの攻撃を避けるリオ。

 しかし、リオがかわした雷撃は、王都へと降り注ぐのだ。

 ジークの魔法によって雨は降り続いている為に、王都の炎は鎮火しつつあるものの、雷が落ちれば惨事は広がるばかり……


 これ以上、王都を破壊させるわけにはいかない!


 リオは決心した。

 初代ヴェルハーラ国王が銀竜イルクナードにそうしたように、リオも、対話によってワイティアをなんとか鎮めたかった。

 リオの心の中にある善が、そうするべきだと主張していたからだ。

 だがしかし、それはもう無理だ。

 ワイティアは、リオの言葉などまるで聞いていない。

 間違った答えを信じ、己の怒りに任せて、王都を……、いや、このヴェルハーラの地全土を、壊滅させようとしている。

 それに何より……

 仲間であり、大切な友であったテスラは、リオの目の前で、ワイティアによって亡き者とされてしまったのだ。

 もはや、迷う理由など、リオにはなかった。


「……終わりにしよう、ワイティア。君はもう、この世にいるべきじゃない。僕が、あの世へ送ってあげるよ」


 リオは静かにそう言うと、両の手のひらに描かれている炎の魔法陣に、赤と銀の光を灯した。

 リオの髪が、激しく燃え上がる。

 赤い光と銀色の光を帯びた、特大の魔法陣が宙に浮かび上がって……

 そこには、荒々しい炎と、猛々しい竜の紋章が現れた。

 それと同時にリオの額には、エナルカ、マンマチャック、ジークと同様に、竜の紋章が刻まれた。

 頭の中に思い浮かんだ新たな呪文を、リオは詠唱する。

 ワイティアを亡き者とする為の、今の自分に出来る最大の魔法。


「……燃えろ、ワイティア。銀竜の魔炎弾!」


 真っ赤に燃え盛る銀色の光を帯びた炎の玉を、ワイティア目掛けて、リオは発射した。

 銀竜の魔炎弾

 それは、銀竜イルクナードの心臓を食べたリオのみが行使することの出来る、この世でたった一つの魔法。

 そして、荒ぶる銀竜ワイティアを倒すことの出来る、たった一つの方法であった。


 銀色の光を帯びた真っ赤な火の玉、魔炎弾は、真っ直ぐにワイティアへ向かって行く。

 そのあまりの速さに、ワイティアは避けることができず、真正面からその胸に魔炎弾を受けた。


 ギュララララァ~!?


 苦しげなワイティアの鳴き声が、暗い空の下に響き渡る。

 それでもなお、ワイティアは飛行をやめない。

 その目はまだ、この国を滅ぼさんとする、憎悪にも似た決意に燃えていた。


 ワイティアの心を読み取ったかのように、リオは、その動きを封じ込めようと、何発も何発も魔炎弾を放った。

 マンマチャックの土魔法で生成された土の剣によって、片方の翼が傷ついたままであるワイティアは、その体を空中に留めているだけで精一杯なようだ。

 リオの放った魔炎弾をかわすことが出来ずに、全てをその体に受けた。

 その度に、悲痛な叫び声を上げ、苦しむワイティア。

 しかし、ワイティアの心は、頑なに敗北を認めなかった。


 だが、このままリオの攻撃を受け続ければ、己の身が滅ぶのも時間の問題だと考えるワイティア

 何か策はないものかと、必死に思考を巡らせて……

 そして、ワイティアは思いついた。


『ぐぅ……、良いのか? お前が私を倒せば、テスラも死んでしまうのだぞ?』


 ワイティアの言葉に、リオは攻撃を止めた。


「今、なんて……?」


『ぐはは……、やはり人は情にもろい……。私の体の中にはテスラがいる。お前が攻撃を続け、私が死すれば、それ即ちテスラの死を意味するのだ。お前は、仲間を殺す気か、リオよ』


 はぁはぁと、苦しそうに息をしながら、身体中の痛みに耐えながらも、ワイティアは不気味に笑ってそう言った。


「テスラはまだ、生きているの……?」


『……死んだと思うのか?』


 リオの問い掛けに、問いで返すワイティア。

 実のところワイティアは、そのような問いの答えなど知らずにいる。

 確かにワイティアは、テスラを噛み殺す事はせずに、生きたまま丸呑みにした。

 それは、テスラの中にある力、黒竜の血を引くダース族のみが持つ竜の力を奪うためだ。

 だが今現在、テスラが自分の中で生きているのか、それとも死んでいるのかは、ワイティア自身にも分からない事だった。

しかし、リオの攻撃の手を止める為には、生死が分からない自分の中にいるテスラを使う以外に、ワイティアは思いつく策がなかった。

 ただそれだけの事だった……


 そうとは知らないリオは、持ち前の純粋さから、ワイティアの言葉を間に受けて、まんまとその策にはまってしまう。


 ……どういう事?

 テスラはまだ、生きているの?

 ワイティアの体内で、まだ、生きているのっ!?


 リオは混乱すると共に、先程までの戦意を失ってしまう。

 目の前にいる、今にも翼がもげて地面へと落下してしまいそうなワイティアの中に、テスラが生きてそこに居るのかも知れない。

 そう思うと、これ以上攻撃などできない、してはいけないと、リオは思ってしまった。


 ワイティアは、リオのその表情、思考が止まってしまっている様を見て、ほくそ笑む。


『くくくくく……。優しさほど、無駄な感情はこの世にない。数十年前、私を封印しようとした五大賢者達もそうだった。私の事を憐れんだばかりに、封印の魔法に歪みが生じたのだ。そして、遂には己の身を滅ぼした。お前もそうだ、リオ。その優しさを胸に、死ぬがいい!』


 ワイティアは、ボロボロになったその体で、有りっ丈の魔力を集めて、喉の奥から白い炎を湧き上がらせた。

 次の一撃で、大量の白い炎をリオに浴びせる事で、全てを終わらせようと考えたのだ。

 沸々と、暑い炎が口の中に溜まってくるのを感じながら、ワイティアは心の中で嬉々としていた。

 国を守れず、友すら助けられず、悔しさと恐怖の中で成す術なく死んでいくリオの姿を想像しながら……


 だがしかし、リオは全く別の事を考えていた。


 テスラが、生きている。

 ワイティアの中でまだ、生きているんだ。

 じゃあ……、助けないと!


 そう思った時には、既にリオの体は動いていた。

 真っ直ぐに、ワイティアの口元へと飛ぶリオ。

 鋭い牙が幾本も生え並ぶ、喉の奥から湧き上がる白い炎が溢れてきそうな巨大な口目掛けて、一直線に羽ばたいていく。

そして……


『なっ!? ……うぐっ、ぐほぉっ』


 なんとリオは、ワイティアの口の中へと突っ込んでいった。

 予期せぬリオの行動に驚き、リオのその小さな体が喉の奥へと流れていく異物感から、ワイティアは盛大にむせ込んだ。


 何が起きた!?リオは今、何をした!?

 自らの喉元に手を当てて、考えるワイティア。

 しかし、すぐさま現状を理解して、にやりといやらしく笑った。


『ぐはははは……、がぁ~っはっはっはっはっ! 哀れなものよっ! 血迷ったかぁっ!? 五大賢者の弟子とは名ばかりなっ! なんという馬鹿げた行いかっ!? ぐわっはっはっはっはっ!!』


 ワイティアの高笑いと、分厚い雲の向こう側で轟く雷鳴だけが、辺りに響き渡っていた。

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